03-4-2:束の間の

本文-ヴェーラ編1

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 ヴェーラを除く四名は、一日で食べたピザの量記録を更新し、どことなく憂鬱な表情を見せていた。ヴェーラは一人大食い選手権を繰り広げており、それがまた各人の表情を暗澹あんたんとさせていた。

 カティはコーヒーの香りで胸焼けを中和しながら言う。

「しかし良く食うなぁ。ヨーンの三倍食べてるじゃないか」
「カティたちが食べなさすぎなんだよ」
「いえ、それは違うと思うわ、ヴェーラ」

 いつものようにレベッカがツッコミを入れる。レベッカはヴェーラ耐性があるからなのか、カティたちほどつらそうな表情ではない。

 ヴェーラは空になったタバスコの瓶を振りながら、カティを見えた。

「まぁ、それはそうとして、カティはどっちと付き合ってるの?」
「はっ?」

 目を白黒させるカティ。エレナはすかさずカティにしなだれかかり、カティは無意識にその頭に手をやった。その正面でヴェーラはニヤニヤし、レベッカは瞬きも忘れたかのように二人を凝視していた。

 しばらくその微妙な空気は続いたが、やがてエレナが身体を起こしてヨーンを指差した。

「こら、ヨーン。そこはちょっとなんかもっとこう、なんかほら、気の利いたリアクションとかあるでしょ!」
「え、いや、んーと……」

 ヨーンは視線を彷徨さまよわせ、困ったような表情を見せて頭を掻いた。そんなヨーンを見て、エレナはイライラを隠そうともしない。

「もー、ほんっとダメ。そゆとこダメ。カティは俺の女だ、くらい言いなさいよ。カティ、あんたはどうなのさ。そんなふうに言われたらどうなのさ」
「え、アタシ?」

 すっかり他人事ひとごとだと思っていたカティは目を丸くする。エレナ、ヴェーラ、レベッカが、同時に「はぁ」と肩をすくめた。ヴェーラが代表して言う。

「まぁ、カティが好きだって言うならわたしは別にそれでいいよ。でも、わたしは今の所エレナの方がいいなぁ」
「何がだよ、それ」

 カティは微妙な表情を見せて反応する。ヴェーラは「んとねー」とピザの最後の一切れをつまみながら少し間を置く。

「ヨーンはまだ整理できてないっていうか。カティの事がめっちゃ好きなのに、それを自分の中に論理的に落とし込めてないから二の足を踏んでるとか、そういう感じだと思うんだよね、わたし」
「なるほどね」

 レベッカも同意する。

「そういうことって、論理的にどうこうじゃないと思いますけど」
「わかってるんだけど」

 ヨーンは首を振る。

「でも、カティを誰かに取られるのはイヤだな」
「おっ」

 エレナがわざとらしく驚いたリアクションをする。エレナは以前にヨーンからその本心を聞いていたから、別に初耳でもなんでもない話だった。エレナはヴェーラと小さく頷きあってからダメ押しの言葉を発する。

「で、カティはどうなの? ねぇ?」
「どうって、えと、アタシがヨーンを好きかって?」
「わかってるじゃん」

 ヴェーラは意地の悪い笑みを見せて大袈裟に肯いた。レベッカは「こらこら」と口では言いながらも、しっかりとカティたちに関心を向けていた。

「アタシは、その、そんなに大層な人間じゃないし」
「カティ」

 ヴェーラが鋭い声で呼びかける。

「カティが大層か大層じゃないか。それを決めるのはカティ自身じゃないよ。わたしたちにとってどうか。ヨーンにとってどうか。そういう話。わたしたちが決めるべきことをカティが決めつけたりしちゃいけない」
「ヴェーラ……」
「たとえばわたしにとって、カティは絶対に欠くことのできない人だよ。親友とかそういうのも超えてると思ってる。絶対に、離れたくない人なんだ。カティは私のそんな想いも、自分はそんな人間じゃないって言って拒絶するの?」
「それは……」
「カティはたくさん本読んでるから知ってるでしょ。好き、とか、愛してる、とか、そういう想いは、その対象となる人がどう思っているかとかそういう話じゃない。その人はもしかしたら、なんて考えてるんだとしたら、それはただの臆病な自分を弁護するための理由付けでしかないんだよ」

 ヴェーラは一息でそう言い、カティとヨーンをじっくりと眺め回した。ヨーンは小さく息を吐いて水を飲み、カティに身体を向ける。

「この前はさ、カティ倒れちゃって言えなかったけど。ごちゃごちゃ理由つけようとしてたけど。で、タイミングを逸してしまって。だからストレートに言う。僕は君が好きだ」
「わーぉ」

 ヴェーラは何故かレベッカを抱きしめる。レベッカはメガネに手をやりながら少し頬を染めていた。エレナは「よく言った」と腕を組んで頷き、カティは、取り乱していた。

「ほ、本気?」
「本気。カティは僕の理想の人だよ」
「ばっ、なん、なんなんだ、その歯の浮くようなセリフは!」

 カティは頬を髪の毛と同じ色に染め上げながら、ヨーンの肩をげんこつで叩く。力加減を誤ったカティだったが、ヨーンは意にも介せず苦笑している。

「こ、これって、公開処刑みたいな感じじゃないか。なんだよ、この、この恥ずかしい空気は」
「で、カティ」

 エレナ、ヴェーラ、レベッカの声が揃う。ヴェーラが代表して先を続けた。

「あなたの気持ちは?」
「アタシは……」
「迷うな」

 エレナはカティの太ももに触れた。カティはその手に目を落とし、エレナを見る。エレナの栗色の目が笑っていた。カティは自分の心音にわずらわしさを覚えつつ、頭の中で必死に言葉のパズルを解いている。

「あのねぇ、カティ。私たちの今日が、明日も続いているだなんて思っちゃダメよ。状況は時々刻々と移り変わる。私たちの心も同じく、変わり続ける。だから、次の瞬間どうなってるかとか、明日は、来月は、来年は、そんなことを考えてたらいつまでも何も決断できないし、好きな人の想いを受け止めることもできないじゃない? あるいは拒絶かもしれないけど。でも、今のあなたの決断なら、誰もあなたを責めたりしないわ。だから言うのよ、こんな機会でもなければ、あなたたちってきっと何も決められないから」

 エレナらしい言い方で、カティとヨーンに口撃するエレナである。カティの視界の端では、レベッカが何度も頷いて盛んに同意している。

 カティはその言葉の直撃を受けて、「あー、もう!」と髪の毛を掻き回す。

「エレナのことも好きだし、ヨーンのことも好きだし。アタシ、どうしたらいいんだ! 選べって? 選ばないとだめなのか?」
「うん」

 エレナはあっけらかんと応じる。

「私、半端な気持ちで愛されるのはイヤだもん」
「僕も」

 ヨーンがすかさず乗っかった。そこに何故かレベッカが同意した。

「独り占めしたいと思うのは当然ですよね」
「そうだそうだー」

 ヴェーラもそれに被せてくる。集中攻撃を受けて、カティは「ううう」と唸ってしまう。そんなカティに三白眼をお見舞いして、エレナが助け舟を出す。

「まぁ、しょうがないわねぇ。私がカティの一番であるってことは譲るつもりはないんだけど、そうね、期間限定でレンタルしてあげてもいいわよ、ヨーン」
「レ、レンタル……」
「モノ扱いされたくなかったら、あなたの言葉で決めればいいのよ。私はいいのよ? ヨーンに行ったとしても、きっと私のところに戻ってくるって思ってるし。そうじゃないなら、ま、その時よね」

 エレナの勝ち気な言葉に打ちのめされて、カティは首を振る。

「本当の所、アタシ……。エレナはすごく大事で、すごく好きで、頼れて。だけど、それはその、いわゆるその、恋とかそういうのとは違う気がしてる。大事なんだよ、すごく大事なんだ」
「あー、はいはい」

 エレナは頬杖をついて、ニヤニヤしながら相槌を打つ。

「アタシ、色々あって、ずっと誰ともつきあってなくて、そこに出てきたのがヴェーラとレベッカで。次にエレナで。エレナといると、すごく楽しかった。今も、たぶんこの先もエレナとは離れたくないんだ」
「ほぅほぅ」
「もし、アタシが今ヨーンに好きって言ったら、エレナと距離が開いてしまうかもしれないって、だから」
「開かないわよ」

 エレナはそう言って、いきなりカティの頬に口付けた。

「あなたがヨーンを本気で好きで、ヨーンがあなたを本気で大事にするというなら、私は邪魔しないわよ。だからそんなくっそくだらない事をうじうじ考えるのはやめて、自分の心にだけ耳をそばだてなさいな。いい?」
「う、うん」

 思わず子どものように反応してしまうカティ。エレナは「よし」と言って、ヨーンに視線を送った。

「ヨーン、大事にしてよね?」
「もちろん」

 ヨーンは力強く反応した。ヴェーラとレベッカは「わぁ」と歓声を上げている。すっかり出歯亀の二人である。

「というわけだから、あとはカティ。あなたの一存よ。決断しなさいな、クリムゾン1」

 コールサインで呼ばれて、カティは反射的に姿勢を正した。

「ヨーン、あのさ。本当にアタシでいいの? アタシ、案外ねちっこいし、根暗だし、話すの下手だし、短気だし」
「知ってる」

 全員の声が揃う。カティは項垂うなだれた。ヨーンはそんなカティの左肩に手を置いた。

「でも、それも含めて、僕は君が好きだ」
「わぁぉ!」

 ヴェーラの歓声が上がる。レベッカはそれをたしなめていたが、言葉だけだった。

「ア、アタシでよければ、その」

 数多くの恋愛小説を読んできたカティだったが、こういうシチュエーションでヒロインたちがなんて言っていたのかまるで思い出せなかった。結果として、求婚された姫君みたいな反応になってしまった。カティは首を振ると、ヨーンに右手を突き出した。

「よ、よろしくおねがいします」
「こちらこそ」

 ヨーンは穏やかな声で言って、その手を握る。が、ヴェーラとレベッカは気付いていた。その声の奥には極度の緊張があることに。

「先が思いやられるね」

 ヴェーラがレベッカに囁きかけ、レベッカは小さく肩をすくめて見せたのだった。

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