04-3-2:見えるモノ、見えないモノ

本文-ヴェーラ編1

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 第一艦隊旗艦・航空母艦ヘスペロス、轟沈。それに続いて第二艦隊旗艦・航空母艦エレクテウス、消滅。バシン、という妙な音が空域を埋め尽くしたと思ったら、エレクテウスは巨大な渦を残して消えていた。ヘリや戦闘機が海上を漂って、そこには一瞬前まで航空母艦が存在したのだということを伝えている。

『大佐、見ました?』

 ナルキッソス1・エリオット中佐が敵航空戦力の最後の一機を粉砕しながら問いかけてくる。

『クラゲみたいなのが海中から現れて、エレクテウスを叩き折ったんすよ』
「クラゲ?」

 シベリウスはその瞬間は見ていなかった。だが、事態が一瞬の間に起きたことは推測できていた。

『リビュエ監視班より、大佐。第二艦隊駆逐艦の海中映像回ってきました。確かに何か巨大な生物が空母を襲ったように見えます』
「生物ゥ!?」

 全長350メートルのくろがねの城を一瞬で粉砕する生物だと?

 シベリウスは駆逐艦からのしつこい対空砲火を掻い潜りながら考える。駆逐艦の艦橋ブリッジをかすめると同時に、フレアを放つ。放たれたフレアは見事に艦橋に直撃し、艦橋要員を一人残らず焼き殺した。

 しかし、エウロスの奮戦虚しく第一艦隊も第二艦隊も指揮系統を喪失したために完全に烏合の衆と化していた。練度に劣るべオリアスとキャグネイの艦隊を相手にしても、数も質も明らかに劣っていた。戦うのもままならず、かと言って退却の判断もできない。肝心の参謀部はだんまりだ。

「リビュエ、今の作戦指揮部署はどこだ」
『第三課です』
「六課じゃねぇのかよ! で、アダムスの野郎は何してやがる!」
『各員、海域を死守せよという命令が出て以後、特に目立った指示は……』
「クソッタレが」

 シベリウスは歯噛みする。第六課、エディット・ルフェーブルの指揮であれば、旗艦を失ったとしてももう少し善戦できているはずだ。アダムスも指揮能力自体は低くはないが、ルフェーブルの防御専心からの痛烈な反撃を見てしまうと、どうやってもどの参謀も一段も二段も劣っていると評価せざるを得ない。そして今は、まさにエディット・ルフェーブルを投入すべき状況だ。参謀部は何を考えている――シベリウスは視線を険しくする。

『リビュエ監視班より、前線。正体不明の敵性体による被害拡大中。対潜爆雷、対潜ミサイルとも直撃確認しましたが、効果なし』
「なんだと……!?」

 シベリウスは驚愕する。効果なし、とはどういう了見だ、と。

 そして接近中のセージ隊のことを考える。彼らは核魚雷を装備している。

 使うべきか。使わざるべきか。使用は現場の責任者に一任されている。そして謎の敵には通常兵器が効いていない。

 教えてくれ、ルフェーブル中佐。どうしたらいい。

 シベリウスの願い虚しく、参謀部はだんまりだ。ルフェーブルがアダムスから指揮権を奪い取るのを祈るしかない。

『リビュエ監視班から、大佐! 至急!』
「どうした」
『アーシュオン領海内から弾道ミサイルが発射されました。推定着弾地点は、今まさに大佐がいる海域!』
「なんだと! こっちには奴らの艦隊も……!」

 そこまで言ってシベリウスは言葉を切った。そうだ、アーシュオンの艦隊ではない。真打ちであるはずのアーシュオン第三十三潜水艦隊など、とっくに撤退しているのだろう。実際にそれらしき影は見えない――クラゲを除いては。

『大佐、その海域は危険です。核だったらすぐに退避を開始しないと間に合いません!』
「わかった。ジギタリス、ナルキッソス、空域を離れろ。セージ隊は距離を維持して待機!」

 それぞれの隊長が「了解アイ・コピー」を返してくる。シベリウスは通信ログを一瞬見て、有用なものがないことを確認する。第一艦隊、第二艦隊に撤退命令はまだ出ていない。最後の一人になっても戦えと、そう言っているのではないかとさえ思える。

『リビュエ監視班、参謀部第三課から艦隊宛ての命令を傍受』
「傍受ってどういうことだ。秘匿回線か」
『肯定です。通常回線では何も検知できなかったため、独断で侵入しました。申し訳――』
「いい仕事だ。それで」
『艦隊には……その場でのミサイル迎撃命令が』
「バカな!」

 想定の中で最もありえない命令だった。交戦中に弾道ミサイルの迎撃をするなど、不可能だ。その態勢に入った途端、敵艦隊の集中砲火を浴びる。

「クソッタレが! アダムスに繋げ! 直接――」
『大佐もその空域を離れてください! 心中の必要はありません』

 敵前逃亡、か。

 シベリウスは舌打ちして、北に進路を変える。

『第一艦隊情報索敵艦ハドリアヌスより、シベリウス大佐』
「……なんだ」
『強力な航空支援に感謝します。一刻も早く退避を。援護します』

 覚悟を決めた通信だった。シベリウスは歯噛みする。凄まじいとしか表現できない対空砲火を掻い潜り続けるシベリウス。未だ被弾はない。しかし、戦闘海域を抜けきれるかと言うと微妙だった。敵の艦隊はシベリウスを弾道ミサイルの破壊範囲に留めおこうというつもりのようだ。

 そこに残存した味方艦隊が援護に入る。自らの防御を顧みずに、敵艦に体当りするような小型艦もあった。

 クソがっ!

 シベリウスは反撃を中止し、一気に弾幕を抜けて北へと逃げようとする。敵のイージス艦たちが対空ミサイルをこれでもかと撃ち込んでくる。が、それもすぐに散発的になった。第二艦隊の軽巡洋艦が袋叩きになりながら敵のイージス艦を仕留めたのだ。が、その軽巡洋艦はその直後に爆砕していた。

「戦闘空域を抜けた。リビュエ監視班、弾道ミサイルは!」
終末段階ターミナルフェイズに突入しました。大佐の予測位置ならば直撃は考えにくいです』
「わかった」

 シベリウスは頷きながらも、機体を加速させる。ここにきて自分が撃墜でもされようものなら、自らを省みずに助力してくれた海軍兵士たちに申し訳が立たない。シベリウスは唇を噛み締めながら唸る。

『生きてるか、レヴィ』
「エイディ……!?」

 突然通信に入り込んできたのは、ボレアス飛行隊隊長、異次元の手・エイドゥル・イスランシオ大佐だ。シベリウスの唯一無二の親友でもある。彼だけがシベリウスのことを「レヴィ」と呼ぶことを許されている。

『その位置なら大丈夫だろう。今落ちてきているのはアーシュオンで開発中だった新型のMIRVだ。おそらく試作品の現地テストということだろう。俺の集めた情報によれば、確実に核を搭載している』
「お前より高い精度の情報を集められるやつなんざいねぇよ」

 シベリウスは背後に気を配りながら北へ北へと飛んでいく。もう少し飛べばジギタリス隊合流できるコースだ。

「アーシュオンはなんでこんな暴挙を。第一艦隊と第二艦隊がそんなに憎いのか」
『だとしたらまだ可愛げがある。敵の新兵器がいただろう。通常兵器が効かないという』
「ああ。クラゲみたいなやつだな」
『そうだ。今回の奴らの作戦は、クラゲの攻撃力と防御性能の実戦テストの可能性がある。となれば、この核兵器の投入は、対核能力を測定するためのものである可能性が高い』
「そのためにこんな莫大な犠牲を!?」
『アーシュオンの兵士も国民も誰も犠牲にならない。クリーンな作戦だろ』
「どこが!」

 シベリウスは吐き捨てる。が、イスランシオの言葉を理解してもいた。

 その直後、シベリウスの背中側から猛烈な光がほとばしった。見なくてもわかる。核弾頭が複数、海域を包むようにして炸裂したのだ。

『無事か?』
「新型機でなけりゃ終わってたかもな」

 この距離があるにも関わらず、計器類が半分おかしくなっている。シベリウスはリアルタイムに補正しながら、なんとか飛び続ける。

『……レヴィ、お前、ハメられたぞ』
「敵前逃亡」
『そうだ。テレビもネットも、どこもそんな論調を展開している。まるで稿な』

 この状況では退却こそが最善。味方の艦隊を救えなかった責任はとっても良いが、味方と心中しなかったからと言って責められるいわれなどない。シベリウスは首を振る。

『アダムスの野郎が裏であれこれやってるんだろうとは思うが。空軍と海軍のパワーバランスを懸念する声もある』

 四風飛行隊が覇権をとって久しい。海軍としては確かに面白くはないだろう。だが――。

「そんなことのために二個艦隊を犠牲にするか、普通」
歌姫計画セイレネスシーケンス。あれのための布石かもしれんよ、レヴィ』
「セイレネスとかいう戦闘システムが実現できたら、二個艦隊程度はどうにでも補えるって?」
『そういう目算だろう』
「すると、黒幕は第六課ってことになるんじゃ」

 ルフェーブルが? いや、それは――。

『と、見えるだろ、レヴィ。分かりやすい構図ってのは、大多数マジョリティを巻き込むために作られた罠だ。実際に世論もそう動くだろう』
「とすると、第六課が損をして喜ぶ奴が怪しいと?」
『海軍の力を落としたい。エウロスの権威を失墜させたい。第六課の動きを封じたい。つまるところ歌姫計画セイレネスシーケンスを敵視している。そこで浮上するのが、テラブレイク計画の話だ』

 テラブレイク計画……。

 超高高度戦略攻撃機の配備計画だ。シベリウスも空軍であるから、当然その話は知っている。そしてその計画の主導権イニシアティヴがあるのは――。

「参謀部第三課……アダムスの野郎か」
『そういうことだ』

 情報についてはあまり断定しようとしないイスランシオが、明確に言い切った。

「クソが。たまったもんじゃねぇぜ」
『帰還後にはもっとうんざりするさ。いままさに第六課が動いているようだが、他の課はせいぜい傍観だ。援護は期待するな』
「……エイディ。ルフェーブル中佐には」
『無理するなと言ったところで彼女には無駄だよ、レヴィ。彼女はその信念と行動力があるからこそ、俺たちからも愛されてるのさ』

 違いねぇな。

「二人は味方がいる事がわかった。実に心強いね」
『俺は掌は返さんよ』
「わかってる」

 シベリウスは憂鬱な気持ちになりながら、自動巡航モードに切り替えて伸びをした。

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