07-1-3:1657時

本文-ヴェーラ編1

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 こと、エディット・ルフェーブル中佐は、なかなか終わらない会議にイライラとしていた。今どき対面型の会議など――とは思うが、そもそもオンラインの情報の信憑性が低くなってしまっている現在、それはやむを得ない。

 しかし、問題は中身だ。戦略的にも戦術的にも、いまさら議論する必要のある内容とは思えないことを、だらだらと続けているだけの会議だ。見せられている資料にも大した価値はない。全てルフェーブルの頭の中にある情報と同じか、それ以下の精度のものしかなかった。

 カラー情報にする必要もない。ルフェーブルは腕組みをすると、義眼の視覚情報をモノクロに切り替えた。聴覚情報もシャットアウトできればより快適なのだろうが、ルフェーブルの聴覚は幸か不幸か生身のそれだった。居並ぶ参謀部将校たちも、軒並み退屈そうな表情で第三課統括のアダムス中佐の長口上を聞いている。

 この会議が終わったら、あいつに電話の一本くらいくれてやるか。あいつは忘れているだろうが、今日はあいつの誕生日だ。恋人として終わったとは言え、その日を忘れたことはなかった。さすがにプレゼントは用意していないが、その言い訳はある。一週間も家に帰っていないほど激忙だったのは、まぎれもない事実だからだ。おかげで花束の一つも用意できなかった。もっとも、あいつは花束をもらって喜ぶような男ではないが。――ルフェーブルは険しい表情を浮かべたまま、そんなことを考えている。

 それにしてもアダムスの野郎。今日はいつもに増して饒舌じょうぜつだ。すでに終了予定時刻から三十分が経過しようとしているが、終わる気配は微塵も感じられない。

「第三課は暇なのか?」

 ルフェーブルは隣で資料をまとめている腹心のハーディ少佐にこっそり声をかける。ハーディは一瞬キータイプの手を止めたが、おもむろに眼鏡に指を当ててクイッと位置を直した。その視線は鋭かったが、長年の付き合いのルフェーブルにはそれで十分だった。それはハーディが苛ついている時に見せる仕草だった。

 ルフェーブルはうっかり頬杖を付きそうになって自重する。そしてまた腕を組んで天井に視線をやる。アダムスの上の天井板が落下してくれないものかと念を送るが、彼女は超能力者の類ではない。

 ややしばらく自身の念動力を呼び起こそうと格闘したルフェーブルだったが、ついに観念してその壮絶な火傷の痕のある顔をアダムス少佐に向けた。

「すまないが、アダムス少佐。貴官はつまり、何を言いたいのだ?」
「テラブレイク計画の概要ですが」
「それは事前資料で読んだ。貴官が今たらたらと喋っている内容に、目新しいものはあるのかということと、君のそのまとまりのない話題がいつになったらサマライズされるのかということに、私は関心を持っている。すでに予定時間も過ぎている。話したいことがあるなら仕切り直していただきたい」
「これは国家プロジェクトですよ、ルフェーブル中佐。あなたの歌姫計画セイレネス・シーケンスと同様に、重要な話です」

 アダムスは神経質そうな顔を歪めて胸をらす。ルフェーブルはその視線を真正面から受け止めて、唇を歪めてみせた。

「なるほど、歌姫計画セイレネス・シーケンスと同じ程度に、か。ならばなお、それほどまでに重要な話であるのならば、それ相応に適切にまとめてあるべきではないのか。いや、資料はギリギリクリアしているが、君の講釈がまずい」

 他の課の参謀たちは揃って沈黙を貫いていた。この二人の侃々かんかん諤々がくがくはいつものことで、口を挟んでもメリットはない。アダムスの逆恨みは迷惑だったし、ルフェーブルに目を付けられるのも御免被る――およそ全員の意見は一致している。それは参謀本部長や副部長も同様だった。

「それともルフェーブル中佐。この後デートの約束でも?」
「ほう?」

 ルフェーブルはその言葉に目を細める。義眼が鈍く光る。

「今日は確かフェーン少佐の誕生日でしたな」
「情報収集力は褒めてやる。だが、単純に気持ち悪いやつだなという感想が先に立つな」

 ルフェーブルがちらりとハーディを伺うと、彼女にしては珍しく口元に冷たい微笑を浮かべていた。

「それで、アダムス少佐。私は今、貴官に私のプライベートまで開示する必要があるのか? 当然、貴官はそれに見合う何かを与えてくれるのだろうな?」
「これは、重大な会議です、ルフェーブル中佐」
「それはさっき聞いた。それでは質問を変える。貴官はこの会議で一体何を得たい。何のコンセンサスだ。WBSの一つもまともに進捗していない状態で、我々全課の参謀を集めて何をかさんや、という話だ。貴官とは仕事の仕方のなんたるかについての勉強会が必要なようだな」

 そう言いながらも、ルフェーブルは目の前に置かれている自分の携帯端末モバイルに意識を向ける。今すぐでも電話がかかってこないかとわずかに期待する。今はどんな些細なものであれ、この無意味な時間と空間から隔絶される理由が必要だった。

 ルフェーブルの隣では、ハーディが几帳面な動きでタイピングを続けている。この実りのない会議でいったい何を書いているのかと思って覗き込んでみると、そこにはびっしりとプログラムが書かれていた。

「それは何だ?」
「陸戦ユニット用の狙撃制御プログラムです」
「内職とは君もなかなかだな」
「恐縮です、中佐」

 ハーディはルフェーブルにしか聞こえない声で応じ、またプログラムの構築作業に戻っていく。ハーディは引退したとはいえ、生粋の狙撃手スナイパーである。この狙撃制御プログラムについても別に軍から発注があったものではなく、単に趣味の延長上にある。とはいえ、彼女が半ば以上趣味で作ったプログラムのいくつかがヤーグベルテ陸軍や海兵隊に正式採用されたという実績があるのも事実だった。

「アダムス中佐」

 ルフェーブルは、再び口を開きかけたアダムスに向けて、厳かとも言える口調で言った。

「十五分だけ猶予をくれてやる。それまでに頭脳派らしく、美しいサマライズまでお願いする。オチの無い話を聞かされると、火傷の痕がうずいてかなわん。美しいオチを待っている」

 そう言い放つと、すっかり冷めてしまったコーヒーを優雅な手付きで口に運んだ。

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