恐ろしく広大な執務室の中で独り、ジョルジュ・ベルリオーズはつまらなそうにジークフリートの生成した情報群を眺めている。ジークフリートを生み出した張本人である彼の下には、ありとあらゆる情報が集まってくる。
まったくもって独創性がない。
彼は強く落胆していた。彼らならもう少しエンターテインメントとして成立させてくれるかもしれないと思っていただけに、なおのことだ。
アーシュオンによる大量虐殺と、セイレネスの発動。そのことによってヤーグベルテは反撃手段を認識する。
ヤーグベルテに持ち上がる反撃の機運。専守防衛を旨とするかのヤーグベルテが、その信条を翻す。
実に模倣的だ。歴史は繰り返すとはよく言ったものだとベルリオーズは慨嘆する。
「そうであるというのならば、僕は僕のやり方で介入させてもらうとするよ」
ベルリオーズは高い天井の真ん中あたりに声を投げる。
「ふふふ、いいだろう」
ベルリオーズは何事かに納得したのか、そう応えた。そして立ち上がって右手を持ち上げる。
「バルムンク、発動」
室内が一瞬にして暗黒に変わる。ベルリオーズの指先から光が放たれ、やがてその光は膨張する。その白によって世界が塗りつぶされた時、ベルリオーズの眼前に忽然と少女が現れた。黒髪、暗黒の瞳、白磁のような肌。そして豪奢な黒いドレス。そのモノクロームの少女は、全てが作り物じみて見えるほど、美しかった。
「ARMIAを活性化」
ベルリオーズのコマンドに応じて、少女はゆっくりと顔を上げた。全く感情のないその顔を見て、ベルリオーズは満足げに微笑む。
「Ante-Reviced Meta-Intelligence, Apprecator、か。誰がつけたんだろうね。おはよう、AMIRA」
「おはようございます、創造主」
それが彼女の初めて発した言葉だった。
「待たせたね。やっと君の出番だ」
三人目のディーヴァ――。
「彼女はミスティルテインにはなれなかった。でも、エキドナにはなるだろう」
「エキドナ、ですか?」
「そう、母だよ、ARMIA」
「母?」
首を傾げる黒髪の少女。ベルリオーズの左目が赤く鋭く輝いている。
「セイレネスの発動が、第二世代の歌姫たちを覚醒させるだろう。そしてそれは――」
「創造主」
「なんだい、ARMIA」
「世界は、変わりますか?」
その問いかけに、ベルリオーズは声を上げて笑った。
「面白いことを聞くね。君はこのバルムンクの内側で、色々見聞きしていたのか」
「はい。ジークフリートと、金と銀と――」
「なるほど」
ベルリオーズは得心する。ARMIAはベルリオーズを見上げながら言う。
「永劫なるツァラトゥストラの回帰の環があるのだ、と――」
「それを破壊するのが、君たちに与えられたミッションだよ」
ツァラトゥストラが何を語ったか。そんなことはどうでも良い。ただ、永遠に繰り返され続けるだけのこの世界などに、ベルリオーズは用はなかった。彼が与えられたティルヴィングの力。全てを見通す左目の力。そして、ジークフリート。ベルリオーズにとっては、この世界の解放こそが唯一無二の目的だった。
「さぁ、始めようか」
赤く輝く左目が、世界を赤く塗りつぶしていく。
どこまでも、赤く。
セイレネス・ロンド~歌姫は幻影と歌う~・完