ミツザキは無遠慮に室内に入ってくると、そのままフォアサイトの隣に腰をおろした。その表情には僅かな陰りが見える。フォアサイトは露骨に迷惑そうな表情を見せたが、さすがに何も言わなかった。
「それで大佐、ご用件は」
「まぁ、そう急くなシルビア。どうせヒマで燻っていたのだろう?」
ミツザキは携帯端末を取り出して、そこに表示されている情報を退屈そうな顔で眺めた。
「実はな、貴様らの部隊に補充が入る」
「補充? やっとですかい?」
「喜べクリスティアン……と言ってやりたいところだが、一概にそうとも言えぬのでな」
ミツザキはシルビアからコーヒーを受け取りつつ、その赤茶の目を細める。軍帽を脱ぐと銀の髪が一掴み、顔の前にはらりと落ちた。
「外に見えるだろう、青紫の機体が」
「ええ。私の機の隣の――」
「そうだ」
ミツザキは頷く。
「あれはレージングの後継機になる予定の試作機、ドローミだ」
ミツザキが携帯端末を操作すると、シルビアの目の前にある空中投影ディスプレイにドローミの立体図が映し出された。スペックもずらずらと書き出されてきている。シルビアは自分のデスクチェアに戻り、その表示情報を穴が空くほど見つめた。
「レージングよりもさらに操縦系が無茶苦茶……」
「ははは! 率直だな、シルビア」
思わず声を上げて笑うミツザキ。
「その通りだ。レージングですら扱えるエースは少ない。もしかしたらドローミの量産化は十年単位で先になるかもしれんな」
「で、大佐。その新入りってのは、このぐっちゃぐちゃなインターフェイスの機体を扱えるってことでいいんですかい」
痺れを切らしたようにクリスティアンが割り込んだ。ミツザキは鋭い視線をクリスティアンに飛ばす。
「まぁ、そういうことだ。名前はヴァシリー・ジュバイル。階級は一応は少佐だが、無視して構わない」
「エースの中にはいねぇ名前っすね」
「ああ、いないだろうな」
「どこのどいつなんです?」
「機密事項だ、クリスティアン」
ぴしゃりと言って、ミツザキはコーヒーを一口飲んだ。
「こいつは一応はマーナガルム4ということになるが、それは第三艦隊にコイツをねじ込むための方便だ。僚機扱いする必要は一切ない」
「大佐、それはその、どういう意図ですか」
シルビアがミツザキの整いすぎた横顔を凝視する。
「少佐であり、これだけの機体を操れるという人物でありながら、私たちの誰もが聞いたことがない名前。機密事項というのならそれには口出し致しませんが、しかし、なぜ我がマーナガルムに? しかも僚機ではない、など、その意図が解せません」
「なに、簡単な話だ。奴は……そうだな、アーシュオンの秘匿部隊の構成員であると考えてもらって構わない。これは奴に対する参謀部の恩情のようなものだ。再戦の機会をくれてやろう、というな」
「再戦……?」
「奴にも色々と事情があってね。その色々の内容については私が明かすことはできないが、ともかくも、空の女帝と因縁があるのは、貴様らだけではない――そういうことだ」
ミツザキはいつもの酷薄な表情を浮かべている。赤茶の瞳がぐるりと動き、シルビアを横目に見た。
「奴にとってはこれが最後の機会。シルビア、お前が再戦を望む気持ちも理解できる。だが、今回は奴に空域を明け渡してやってくれ」
「面白くは、ない、話です」
「そこを敢えて頼む、私はそう言っているのだ」
ミツザキの赤い唇が曲刀のような輝きを見せた。シルビアはおもむろに立ち上がる。
「承知致しました、大佐。ドローミを空域で確認した後は、我々は撤収。よろしいですね」
「それで良い」
ミツザキはコーヒーを飲み干すと、カップをゆっくりとソーサーに戻した。その仕草をフォアサイトとクリスティアンが剣呑な表情で追っている。
「俺たちが露払いとお膳立てをして、そこに悠々登場ですかい、そのヴァシリーとかいう奴は。偉い人なんですなぁ」
「クリス、やめておけ」
シルビアは鋭く注意はしたが、シルビアとてクリスティアンの意見には強く同意するところがあった。
「悪くはない条件だとは思うのだが?」
ミツザキは軍帽を弄びつつ、その赤茶の瞳を光らせる。
「今の貴様らでは三人がかりでも、カティ・メラルティンを撃墜せしめることは不可能だろう?」
「それは――」
痛いところを突かれ、シルビアは口を引き結ぶ。ミツザキはあた凄絶に微笑した。
「ヴァシリー・ジュバイルのおかげで、貴様らのリスクは減る。生き残るチャンスを得られたと思っておくのが得策と思うが、どうだ、シルビア」
「それは――」
「だったら良いんだけど」
シルビアの言葉を遮断して、フォアサイトが頭の後ろで手を組んだ。その目は瞬きもせずにミツザキを凝視している。
「なんか、どーにもいやーな予感がするんだよ、ねぇ?」
「予感? おいおい、預言者様の予感ってのは不吉だぜ」
クリスティアンがうんざりとした表情を作る。ミツザキが「ほう?」と興味を示す。
「具体的には?」
「このあたしをしてこうもやっとした予感がすること自体が異常なんだ。普段はもっとクリアに感じるのに。ヴァシリーって奴もよく見えない。なんなの、こいつ」
「預言者の呼び名もダテではないということか」
ミツザキは愉快そうに口角を上げつつ、立ち上がる。
「だが、ともかくもこの話は終わりだ。あとは中参司の指示に従うように」
フォアサイトは難しい顔のまま、親指の爪を噛んでいた。