13-1-2:カティ vs シルビア

歌姫は背明の海に

 カティの眼下に第二艦隊旗艦、レベッカの座乗艦・エリニュスが見え始める。その両サイドを固めるように、エディタ・レスコの重巡洋艦アルデバラン、新人ハンナ・ヨーツセンの重巡洋艦アルネプの姿が見える。そしてその周囲を幾重にも取り囲むC級クワイアたちの小型艦艇が波しぶきを上げて疾走している。思わず見とれてしまうほど見事な輪形陣である。

「ともあれ、マーナガルムか」

 レベッカたちの行く先には、アーシュオン最強の艦隊、第三艦隊が待っている。随伴航空戦力の中にあのマーナガルム飛行隊がいることも分かっている。制空権を取り損なえば、第二艦隊とはいえ大きな被害を受けることは免れない。今回は以前にV級歌姫ヴォーカリストトリーネ・ヴィーケネスを殺害せしめたI改良型ナイアーラトテップも帯同してきているという。油断して良い布陣ではなかった。

『隊長、敵機来ました。高度一万メートル!』

 エウロス副隊長、カルロス・パウエル中佐が野太い声で報告してくる。

「上の連中は制空部隊だ。下はどうだ、雷爆装の連中が来ていると思うが」
『メラルティン大佐』

 通信に割り込んできたのはレベッカだった。

『敵機艦隊攻撃部隊の発艦を確認しました。が、この部隊に関しては当艦隊戦力で対処します』
「だいじょうぶなのか?」
『実戦訓練の一環です。大佐は制空権の確保に注力していただけると』
「実践訓練か。厳しいこと言うじゃないか」
『仕方ないじゃないですか……』

 そんなレベッカの声を聞きながら、カティは仮想コンソールを操作して上空の敵機を捕捉していく。雲に隠れていて目視はできないが、システムの目は確実に敵機を捕らえている。カティの直感もその情報が正しいと確信していた。

 右手は操縦桿を握りしめ、その人差し指が安全装置セーフティカバーを弾きあげて解除する。仮想コンソールから手を離し、今度はトラックボール状のコンソールを操る。正面に展開されているうんざりするほどの照準円レティクルがぐるぐると動き回る。PPC粒子ビーム砲の発射準備が完了した旨のアナウンスがコックピットに響く。

 よし。

 カティは大きく息を吸う。戦闘が終わるまで深呼吸はだ。

「エンプレス1、エンゲージ!」

 ヘッドオン!

 雲の向こうにいる鉄器に向けて、スキュラの胴体下部に装着された高出力PPC粒子ビーム砲が青白い光を噴出させた。それは空域を薙ぎ払い、一瞬で敵の切り込み部隊十数機を蒸発せしめた。

「使い捨てなのが惜しい」

 カティはそう呟くと、砲身を切り離す。もともと一発しか撃てない試作品だ。

 切り離すと同時に、軽量化されたカティの機体が一段加速した。それと同時に、多弾頭ミサイルが放たれる。後続のエウロス部隊約五十機もそれにならう。無数の小弾頭が空域を覆い尽くす。アーシュオンの航空部隊も応射してくる。たちまち彼我の中心点はミサイル同士が喰らい合う高熱源空域と化す。

 激しい乱気流を難なくくぐり抜けたカティは一瞬だけ空域を目視確認する。

「今ので撃墜くらった間抜けはいないだろうな!」
『全機無事です、隊長』

 さも当然のことのように、副隊長のパウエルが応じてくる。唯一カティと対等に渡り合う実力を有するパウエルは、今は亡きカレヴィ・シベリウスの二つ名を引き継いで「暗黒空域」と称されている。その昇進の速度だけで言えば、実にカティより早い。撃墜数も後発であったにも関わらずほぼ並んでいる。

『隊長、マーナガルムとおぼしき敵部隊を発見しました。四千上空、四機です』
「あれか、承知した」

 カティは常人には到底見えない距離の敵機を目視することができる。薄雲の隙間に、三機の白い戦闘機、レージングの姿を確認する。そこでカティは気がつく。

「最後尾の一機、青紫の奴が離脱していくぞ?」
『アレが今回の補充対象でしょう。しかし、妙ですね』

 パウエルは既に接近格闘戦ドッグファイトに突入しているようだ。カティは目の前の二機を蹴散らし、上空へと進路を取る。

「マーナガルム1はアタシが引き受ける。パウエル中佐、十二機連れてマーナガルム2と3を追いかけ回せ! エリオット中佐、マクラレン中佐、その他大勢をお願いする」
『エンプレス2、了解』
『ナルキッソス1、りょーかいっす!』
『ジギタリス1、承知した』

 カティは意識を今一度集中する。マーナガルム1を自分に貼り付けておく必要がある。もちろん撃墜できれば御の字だが、慌てて撃墜を狙えば逆にやられかねない。かつてのマーナガルム1・ヴァルター程ではないが、現マーナガルム1・シルビアもやはり超エース級だ。油断して良い相手では、到底ない。

 カティの機体・スキュラが蒼穹を赤く切り上げて、急降下してくるマーナガルム1のPXF-001レージングを迎え撃つ。音速を超える両機が、衝撃波を発生させながらすれ違う。双方の機関砲が火を噴き、バタバタと翼をかすめていく。ひねりこんだ赤と白の二機は、ぐるぐると縦に回りながら上を取り合っていく。徐々に双方の高度が下がり、今度は水面ギリギリでのともえ戦に突入していく。

 機体の生み出す衝撃波が海面を叩き、水の壁が立ち上がる。青い海を白く切り裂く反時計回りの円運動。双方が双方の尾翼を追いかけ、まるで尻尾を食い合う蛇のように執拗に食らいつく。もはや忍耐力と集中力の戦いだ。

「やる……ッ!」

 カティは呟くと、不意に機体を上昇させた。我慢比べに負けた――そういうだ。これだけの緊張を強いられた後だから、マーナガルム1ほどの手練てだれであっても、このには食いつくだろうと予想した。

 案の定、PXF-001レージングは、その白い機体を巧みにねじりあげると、オーグメンタを点火して急上昇を仕掛けてきた。スキュラの眼下二千メートルまで瞬く間に迫ってくる。カティは速度を緩めない。加速度がカティの胸や背骨を押しつぶそうとしてくる。血液が背中側に集まり始める。眼球が痛む。歯を食いしばる。多少の犠牲を覚悟しなければ、マーナガルム1とは戦えない。

 カティは雲海を三万メートルのところまで這い上がったところで、不意に機体を反転させた。至近距離まで迫っていたマーナガルム1の回避行動が遅れる。

 ロックオン――!

 双方ともに相手を捉え、多弾頭ミサイルを撃ち放つ。

 カティは素早く弾頭の機動を計算すると次々とそれらを回避する。直撃コースのそれらについては機関砲で叩き落した。常人には到底不可能な離れ業。しかしそれはマーナガルム1も同様だった。超人同士の戦い――そう言っても差し支えなかっただろう。

 数センチの差でダメージを回避した二機が、間近で交錯する。

 ヘルメットさえなければ表情まで見えたであろう距離で、だ。

 シルビア・ハーゼス、腕を上げたか――カティは口角を上げる。

 その時、パウエルから緊迫した声での通信が入る。

『隊長、一機そっちへ!』
「追いかけ回せと言っただろう!」

 素早くレーダーを確認すると、確かにマーナガルム3、フォアサイトの反応があった。そのすぐ後ろにパウエルの機体がつけている。しかしこの位置関係では、パウエルが追いつく前に、フォアサイトがカティを格闘戦闘距離に捉える。

 このままでは形勢が逆転するぞ……。

 カティは少なからず焦った。心音が高鳴る。

「仕方ない」 
 
 速攻で決める。

 カティはリスクを承知でマーナガルム1に襲いかかった。自分のを無視して、猛り狂う獣のように、カティはマーナガルム1の白い戦闘機に食らいついた。こうする以上一つも手を抜けない。カティ的には現状は背水の陣だ。切れるカードはもう、ない。

 カティはトリガーを引き絞る。機関砲が獰猛な唸り声を上げ、曳光弾を含む数発が、純白の機体に傷をつける。しかし、致命弾には程遠い。

 しかしこの命中弾により、カティはいちはやくを取り戻す。機体を反転させて下に逃げるマーナガルム1を、重力加速度と共に追い立てる。

 二秒後にマーナガルム1が真正面に入る。

 カティの頭脳の冷徹な部分が、トリガーを引く準備をさせ始める。

 恨むなよ……!

 カティはトリガーを引いた。

 たった一つの躊躇ためらいもなく。

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