14-1-1:マイノグーラ

歌姫は背明の海に

 制空権の心配など、最初からしていない。カティたちがれないというのなら、いったい誰にそれが可能だろう。

 問題は六隻のM量産型ナイアーラトテップ。そして、M量産型でもI改良型でもない巨大な潜水艦だ。通常艦隊の戦力そのものは、レベッカたち第二艦隊の前では些末なものだ。攻撃機による対艦攻撃さえしのげれば、もはや脅威にはなり得ない。レベッカはセイレネスにログインし、状況をつぶさに観察してからそう結論づけた。

 そこに「姉様」とマリアが呼びかけてくる。

「どうしたの、マリア」
『敵の新型潜水艦の情報が手に入りました。正式名称・マイノグーラ。開発時は
Xエクストラ型ナイアーラトテップと呼ばれていたようです。E初期型同様に艦載機の搭載能力を有するようです。現時点で入手できている情報はこれだけです』
「マイノグーラ……。わかりました。あれには私が当たります」
『参謀部として承認致します。お気をつけて、姉様』

 マリアの声が遠のくのと同時に、レベッカの中のが圧力を上げた。恍惚感と焦燥感。そんなさざなみが心の中を撹拌していく。

 そしてそれはやがて、昂揚感へと練り上げられていく。

「エディタ、ハンナ! M量産型を任せます!」
『了解です』
 
 二人のV級歌姫ヴォーカリストの声が揃った。

「エディタ、しっかりハンナのサポートを」
『はい、おまかせください』

 エディタは既に幾度もの実戦を経験している。今や頼りになる副司令官だ。だが、ハンナ・ヨーツセンは先日前線配備されたばかりの新人である。荷が重いのは明らかだった。

C級クワイアはエディタの指揮下に。共同でナイアーラトテップを撃沈せしめよ!」
『提督、通常艦隊はいかが致しますか』
「放って置いて良いです。迅速にナイアーラトテップを処理することができれば、彼らは前に出てこられない」
『了解しました。……まずは対空防衛網を敷きます』
「承認します。あの攻撃機隊を即時殲滅してみせなさい」

 レベッカの鋭い声に、エディタは「はっ」と短く応じる。ハンナは消え入りそうな声で「了解しました」と応えた。

 数十機の雷爆装の攻撃機の群れは、一分と経たずに攻撃圏内に入る。レベッカはエディタの号令を敢えて待った。巡洋戦艦にすぎないエリニュスと言えども、レベッカがセイレネスを全開で扱えば、数十機の攻撃機など物の数ではない。しかし、レベッカは傍観を決め込むことに決めた。被害が出るのも計算の内だった。

『全艦艇に告げる!』

 エディタの号令が飛ぶ。

『三隻一組で対空攻撃に当たれ! 弾幕展開、一機も通すな! ハンナ、前に出るぞ!』
了解アイ・コピー。アルネプ、前へ出ます』

 よろしい。

 レベッカはふと息を吐く。エディタの判断は早く、指揮も正確だ。重巡アルデバランとのシナジーにより戦闘能力もある。安心しても良いだろう。

 対空迎撃の砲火が打ち上がる。こと、対空戦に特化したアルデバランの火力は圧巻だった。瞬く間に先頭集団が粉砕され、後続の攻撃機もC級クワイアたちの攻撃を待たずして半壊二まで持っていく。隊列が乱れたところを、ハンナの重巡アルネプが狙い撃ちにし、取りこぼした数十機は待ち構えていたC級クワイアたちの砲火で殲滅されてしまう。

「やるわね……」

 部下たちのはたらきぶりを称賛するレベッカだったが、同時にこれはまだにすぎないことも知っている。アーシュオンが無策で自殺攻撃カミカゼをしてくるとは思えなかったからだ。

 真打ちは、例の新型潜水艦・マイノグーラだ。中には歌姫セイレーンが乗っている。漂い届いた気配で、レベッカはそう確信する。

 論理戦闘か、物理戦闘か。実力的にその選択権はレベッカにある。論理戦闘の方が素早く片をつけられる。しかし、その間物理実態は無防備になる。一方、物理攻撃は致命傷を与えるのは難しくなるが、全体の監督をしながら戦うことができるし、無傷で終われる確率も高くなる。どうするべきか。

 レベッカは数秒の迷いの末、物理戦闘を選択する。トリーネに引き続き、V級ヴォーカリストを喪失するわけにはいかないという万が一を考えた判断だった。

「セイレネス発動アトラクト! モジュール・ゲイボルグ!」

 エリニュスの前方上空で集められたエネルギーが水平線の彼方にいるマイノグーラに向けて飛んでいく。が、それは着弾直前で雲散霧消してしまう。

「やるっ……!」

 M量産型なら確実に決着がついている一撃だ。だが、結果として相手は無傷だ。想像以上の防御力を見せつけられたレベッカは、フッと強く息を吐いて気合を入れ直す。

 マイノグーラから垂直発射式のミサイルが放たれる。

「オルペウス、発動アトラクト!」

 ミサイルは無軌道に飛来し、エリニュスの目前で砕け散った。純粋なエネルギーに化けたのだ。エリニュスの張り巡らせた障壁オルペウスと、マイノグーラのセイレネスが干渉しあい、海域を派手に照らし上げた。

「負けない」

 レベッカの新緑の瞳が輝いた。

 第二、第三の光のエネルギーがエリニュスに襲いかかってくる。

『提督! ご無事ですか!』
「エディタ、あなたはM量産型に注力しなさい」
『りょ、了解致しました』

 心配には及ばない。

 レベッカは不安的な敵方のセイレネスを往なしながら、しかし油断することなく状況を観測する。

「艦長。敵新型との距離を縮めてください」
『問題ありません、提督。ただ本艦では長時間の格闘戦は無理ですよ』
「構いません。速攻で倒します。火器管制を全て回してください」
『アイ・マム。FCSファイアコントロール、ユー・ハヴ』
「アイ・ハヴ。感謝します」

 本気でやらせてもらいます。

 力が入ってしまって硬直していた両手を開き、もう一度握り直す。

 ふぅ――大きく息を吐く。

「レベッカ・アーメリング、巡洋戦艦エリニュス、前へ!」

 レベッカの号令と共に、エリニュスが動き出す――。

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