二〇九八年十一月上旬、訓練航海を終えたイザベラの艦隊は補給を済ませるなりアーシュオンとの中間海域へと取って返した。帰港の際に、アルマたち新人歌姫たちは後方支援任務という名目で作戦行動の見学をさせることにした。これからの実戦に於いては足手まといになるという判断からだ。
「レニー、索敵情報を」
コア連結室の闇の中で、イザベラは先行する戦艦ヒュペルノルへと語りかける。その戦艦の主、レネが即座に応答してくる。
『敵艦隊は通常艦隊。ただ、M型が二隻います』
「哨戒艦隊か」
『そう思われます』
レネの言葉には確信が感じられた。イザベラはセイレネスを発動させ、意識をセイレーンEM-AZの舳先に移動し、そのまま上空へと浮かび上がった。見下ろせば七十隻からなる第一艦隊が完璧な隊伍を組んでいる。一糸乱れぬとはこのことだった。
「マリア、敵は哨戒艦隊のようだ。本隊を探したほうがいいよね」
『そうですね。眼前の哨戒艦隊は近傍の第六艦隊に任せます。被害が出ないようにお茶を濁すような感じですが』
「M型がいるけど、大丈夫?」
『距離を取って逃げ回れば良いので、後は提督次第でしょう』
ふむ。
イザベラは少し考えてから、艦隊に全速前進を命じた。敵の本隊は近い――イザベラの研ぎ澄まされた感覚がそう伝えてくる。イザベラはすぐにそれを信じる。そこに論理回線経由で通信が入ってくる。
『こちら、第七艦隊。クロフォードだ』
「感度良好。久しぶり、提督」
『そうだな』
第七艦隊は完全な秘匿艦隊であり、敵はおろか味方にもその行動が知らされることはない。いつ港で補給しているのかも、イザベラすら知らない。あるいは半舷上陸すらしていないのかもしれなかった。
『挨拶は後だ。隠蔽システムを解除する。こちらの位置情報がわかるはずだ』
「了解」
すぐにイザベラの視界の端に第七艦隊の位置情報が表示される。
「近い! わたしでも検知できなかった……!」
『ヘスティアの隠蔽能力は世界一だからな。セイレネスですら抜けないってことだ。おかげさまで敵のミサイル潜水艦隊本隊を捕捉できたのはいいが、こちらもマイノグーラに発見されてしまった』
「なんだって!」
第七艦隊はおろか、これだけ近くにいるにも関わらず敵の通常艦隊とマイノグーラに気付けなかった。レネですら全く検知できていなかった。
「提督、マイノグーラは何隻!?」
『レーダーに映らないから正確には不明だが、被害から確認して四隻だ』
「……ということは、海域封鎖か!」
イザベラは唇を軽く噛むと、クララとテレサ、そしてその直属のC級たちの艦艇を先行させる。しかしそれだけではマイノグーラ四隻には勝てない。
「提督、よく持ちこたえてくれた。マイノグーラ四隻相手に」
『それがな、奴ら本気でこちらを攻めてくる素振りがなくてな。艦隊本隊の護衛にほとんどのリソースを割いているようだ。おかげでこちらの被害は少ないが、本隊が何を企んでいるのかわからんのがなんとも言えん』
「確かに」
とはいえ、ミサイル潜水艦の使える戦闘手段は限られている。おおかた、SLBMだろう。そして――。
「クロフォード提督、奴らは、核弾頭を使うつもりだ」
『最悪の想定だな。よろしい。参謀部は何と言うかな』
クロフォードの通信に砲撃音が多数混入している。
「マリア、指示を」
『はい、姉様』
マリアのセイレネス経由の通信がイザベラの頭の中に直接響いてくる。
『こちらでも状況を確認したところです。ミサイル潜水艦群への攻撃の要を認めます。姉様、射程内に入り次第攻撃を』
「わたしは万が一ミサイルが上がったときに備えて迎撃体勢で待機する。攻撃の主導権をレニーに渡す」
『承知しました。承認します。ハーディ中佐もそのようにと』
「さすがはハーディ。判断の速さはさすがだ」
イザベラはそう言って即座に戦闘海域に意識を向けた。第七艦隊の状況は芳しくない。マイノグーラが気まぐれに攻撃体勢に入れば、さしものクロフォードの艦隊とはいえ簡単に捻り潰されてしまうだろう。
『こちら、クララ。テレサとともに砲雷撃戦に突入。マイノグーラの壁が厚く、本隊に到達できません』
「うん、構わない。第七艦隊には退避してもらう。きみたちはそのままマイノグーラを引き付けて。潜水艦はレニーが。なんでもいい、時間を稼げ」
『レネ、了解しました。しかし、マイノグーラによる海域封鎖がかなり強力です。本艦をもってしても、潜水艦に有効弾を送り込めていません』
「ちっ」
イザベラは小さく舌打ちする。
『クロフォードだ。海域封鎖だけではないな。敵の潜水艦自体にセイレネスだかオルペウスだかが搭載されている様子だ。こっちの対潜ヘリの攻撃が全く通じていない』
「なんだって……!」
それは予想していなかった。イザベラは一旦意識を暗いコア連結室に戻し、一つ息を吐く。
「セイレネス発動!」
瞬間、イザベラの身体の隅々に至るまで強烈な力が満ちていく。
全主砲、斉射!
十二門の主砲が一斉に火を噴いた。それらの弾丸は敵艦隊の上空で弾け、空海域を焼き尽くす巨大な爆炎を発生させた。海が荒れ狂う。
『巻き込むつもりか、ネーミア提督』
「ごめん、余裕ない!」
恨めしげなクロフォードの言葉を一刀両断し、イザベラは主砲に次弾が装填されたのを確認する。海域封鎖を行われている上に、目標はセイレネス搭載艦。生半可な威力の攻撃は通じない。せめてあと十五キロ近ければ……。
「いや、それを言っても仕方ない」
虎の子の艦首PPCは今度こそ味方を巻き込んでしまうだろうから使えない。電磁誘導砲はミサイルが打ち上がってしまった時の唯一の迎撃手段だから発射体制で温存しておく必要がある。
「ええい、主砲斉射しかないか」
イザベラの集中力は研ぎ澄まされた刀のようだった。ありとあらゆるものが鮮明に確認できていた。敵の旗艦、巨大な潜水艦は確かにセイレネス搭載艦だ。気配がある。
「斉射!」
再び前部十二門の主砲が火を噴いた。白銀の艦体が黄金色に染め上げられる。
「レニー、今ので有効打は出たか!」
『いえ、弾かれています。本艦からの近距離射撃も通用しません。マイノグーラの海域封鎖がかなり強力です!』
「クララ、テレサ、どうなってる!」
『駄目です、マイノグーラが回避運動に専念しています。本艦では追いつけません!』
「くっそ、しくじった!」
イザベラは吐き捨てると、電磁誘導砲へのエネルギー充填を開始する。
『ヘスティア観測班より、ネーミア提督! 敵潜水艦群、弾道ミサイルを発射しました! 繰り返します、弾道ミサイルが発射されました!」
「ちっ……!」
レニーですら抑えきれないということは、この戦場にはS級以上の素質者がいるということか。
「レニー、今ターゲットしたやつを仕留めろ。絶対にきみが相手しろ! クララやテレサに回しちゃいけない! 二人もわかったな!」
三名の歌姫たちがそれぞれ了解を返してくる。
その間に打ち上がっているミサイルは全部で十八。
電磁誘導砲が撃ち放たれるのと同時に、イザベラはそれらのエネルギーを捕まえる。そして手のひらに凝集すると、一気に十八機のミサイルに打ち当てた。
空域がたちまちのうちに爆炎に飲まれる。
『クロフォードだ、ネーミア提督。第七艦隊は今から反転、陽動を開始する』
「む、無茶だ! 奴らはかなりの……!」
『今の十八機は囮だ! 次からが本命だぞ!』
「なんだって!」
イザベラは小さく舌打ちする。
電磁誘導砲が再度放たれた。音速の数倍で飛び去っていく弾丸が、弾道ミサイルを破壊していく。しかし、全滅とまではいかない。
「弾かれたッ!」
マイノグーラだけではない。どこかにいる力ある素質者が、イザベラの攻撃を妨害してきている。
「全艦艇、本艦の艦首PPC攻撃範囲から退避! 本命令は全てに優先しろ!」
イザベラはそう怒鳴った。