犠牲者は、C級歌姫四名および乗組員。亜音速魚雷の直撃で、全員ほぼ即死だったという。中小破艦もあるにはあったが、レオンもエディタも無傷だった。もちろん私のアキレウスや、旗艦ウラニアも。
私たちは駆けつけた第三艦隊と合流して、修理と補給を受けつつ統合首都の港に帰り着く。それまでの間、私はほとんど誰とも喋れなかった。戦闘後に艦橋に顔を出した私に対して、ダウェル艦長は特に慰めの言葉も、激励の言葉もくれなかった。彼はただ「実に良い夜明けですな」とだけ言った。そしてそれきり何も言ってくれず、私に背を向けてしまった。
一週間少々して、ようやく港に降り立った私を待っていたのは、先に到着していたレオンだった。同期のC級歌姫や、エディタもいた。朝早い時刻、影がまだ長い。
「レオナ、任せて良いな?」
エディタはレオンの肩に手を置くと、頷いて歩き去った。C級歌姫たちの視線には、恐怖のようなものと敵意のようなものを感じた。私がもっと早く動いていれば、四人は死なずに済んだ。死んだのは、私もよく知っている子たちばかりだった。
「ごめん、みんな」
私は俯く。膝の力が抜けていく。私の背後に佇む黒い制海掃討駆逐艦・アキレウスから放たれる圧力が重過ぎた。
「マリーが謝ることじゃない。だいじょうぶ、みんなわかってる」
「レオン、でも——」
「みんな、どこに向けたらいいかわからないんだよ、この痛みを」
レオンの言葉に、C級歌姫たちは下を向く。レオンは私の肩を抱きながら、取り巻いている歌姫に声をかけた。
「さ、みんな。マリーのこの顔を見ても、まだ何か言えるかい?」
肩に置かれたレオンの手が温かくて、私の横隔膜が痙攣を起こしそうになる。顔が上げられない。今すぐ膝をついてしまいたい。そう思うのに、私の身体は動かない。
「戦死者が出たのはつらいさ。だけど、それを、一緒に戦って、一緒に傷ついた誰かのせいにするのはおかしい。違うかい?」
レオンがみんなに向かって語りかけている。私は袖で涙を拭く。でも、みんなを直視する勇気は湧いてこない。
潮騒だけの時間が過ぎる。影がじりじりと動いていく。
「はいはい、そこまで、そこまで」
パンパンと手を叩いて現れたのはイザベラだった。アルマとレニーを後ろに従えている。
「マリーを責めても死んだ四人は帰ってこないよ。初陣で二個艦隊撃破。損害四隻。感情的にはともかく、数値的には大勝利さ」
私とレオンを正面から抱いて、イザベラは「ついてこい」と囁いた。一も二もない。私たちはイザベラの後に続いて、その場を脱出する。C級歌姫たちの底知れぬ闇を感じる視線が怖かった。
私たちは例の大型車に乗り込んだ。私の隣にはレオンとアルマがいる。向かい側、進行方向に背を向ける形で、イザベラとレニーが座っている。運転しているのはタガートさんで、助手席にはジョンソンさんが座っていた。
「あー、うん。ベッキーを恨まないでやってくれよ、マリー」
「恨むなんて……」
「あの時、ベッキーが助けてくれていれば――そう言っているきみの声が、今もはっきりと聞こえているよ、わたしには」
そう。わかってはいても思ってしまう。イザベラの言葉は真実だった。
「きみの気持ちはすごくわかる。伝わってくる。わたしだって泣きそうだ。だけどね、理解してやってほしい。力あるベッキーが、その力を振るわない決断をした勇気を」
「でも、その結果、誰か死ぬのでは、その」
「死ぬんだよ」
イザベラは静かに言った。
「誰であろうと。簡単に。それが戦争。特別な人なんていない。誰も彼も、運が悪ければ死ぬ。これはごっこ遊びなんかじゃない。それはわたしたちの時代で終わったんだ。きみたちの時代は、もう始まっている」
「仲間がどんどん死ぬ時代が、ですか?」
「そうとも言える。そして、正常な時代だとも言える」
イザベラは流れていく景色と、カメラを構えるマスコミの人たちを忌々し気に見遣りながら、アルトの低音域で呟く。
「歌姫の犠牲は、全てきみたちの時代のための生贄みたいなものなのさ、酷な言い方をするとね。きみたち力ある歌姫が、一人の人間として生きられる社会を作るための礎として、絶対に必要だった。わたしたちの時代でカタをつけておくべき問題だったのに、残念ながら間に合わなかった。申し訳ないと思っている」
イザベラは私を正視する。その瞳の色はわからない。
「わたしもベッキーも、きみたちへの贖罪の気持ちでいっぱいなんだ。だけど、バトンはもうわたしたちの手を離れようとしている。だから、ね、アルマ、マリー。きみたちに受け取って欲しいんだ」
「それって」
アルマが硬質な声を発する。
「ヴェーラやレベッカと同じ道を歩めということですか?」
「それはきみたちの考えることだ。無責任との謗りは受けるよ、もちろん。でも、わたしたちはわたしたちの時代のケジメはちゃんとつける。だけどね、終わらないよ。歌が人を殺す時代はね」
私は気付けばレオンの手を握っていた。レオンはじっと黙って、私の手を握り返してくれている。
「私は怖いんです、イザベラ。私のせいで敵が五千人死んだ。私のせいで味方が百人以上死んだ。一緒に訓練して、名前も顔も知ってる歌姫も四人も死んだ」
「そうだね」
イザベラは息を吐く。
車が静かに進んでいく。向かっているのはおそらく参謀部の建物だ。
「それはとても……とても、悲しいことさ」
たっぷりと時間を置いて、イザベラはそう言った。