いわば年末――私たちは海軍の査問会に呼び出され、先の戦いのあまりの不甲斐なさについて四方八方から糾弾された。そのどれもが、疲労しきった私とアルマには厳しく、そして同時に本当にくだらないものだった。ヴェーラやレベッカもこんな連中の相手をさせられていたのか――そう思うと胸が痛くなる。怒りも湧いてくる。
「反乱軍の殲滅の見込みは」
「参謀部にご確認ください。戦争は個人でするものではありません」
そう言ったのは、アルマだった。毅然と顔を上げて、顔も見えない将校たちに意見している。
「戦っているのは君たち歌姫ではないか」
「国防と娯楽を両立――つまり、パンとサーカスを国民に与えるために、私たち個人に終わりのない戦争を続けさせている。そういう理解でよろしいですか」
そう言ったのは、私だ。私の意志とは全く無関係に口が動いている気がする。
「君たちに頼らざるを得ないのだ。超兵器には通常艦隊では手が出ない。君たちにしか奴らは倒せない」
「私たちも将兵に無駄死にしろとは言いません。言いたくありません。ですから、超兵器については百歩譲って認めましょう。しかし、あなたたちは今、どこで何をしているのでしょうか。私たちが命を賭けて戦い、同期や先輩と殺し合い、そしてやっとで帰ってきた私たちを、このような場に呼び出して責め立て、挙げ句自らが招いたイザベラの反乱の責任まで私たちに求めて」
「口を慎め、シン・ブラック」
「そうおっしゃる権利があなた方にありますか」
私の言葉に空気が凍る。隣のアルマと顔を見合わせる。アルマはしかし、驚いた様子もなく、静かに二度頷いた。私も頷き返す。私はつとめて静かなトーンを維持する。
「あなた方は手を抜いたんです。私たち歌姫に頼り切り、何年もヴェーラとレベッカを使い続け、摩耗させ、その間、何らの対抗手段も措置も講じなかった。外交は政治の仕事、私たちの原則は文民統制――知っています。しかし、そのことと、軍が全くの無策であったことは完全に別物です!」
「無策ではない! レスコやヨーツセンら、V級を始めとした歌姫たちを増強したではないか!」
「なぜ限られた者しか戦わなくて良い体制になってしまったのか。私はそれを訊いています。あなたたちがこうしてのんびり査問会などを開き、参謀部、情報部、保安部で足を引っ張り合っていられるような、享楽的な体制を作ったのか。私はそれを訊いています。血を流し、死に続けるのは私たち第一、第二艦隊ばかり。あまつさえ、断末魔すら悦楽の素材として搾取される現実があります。そんな体制を、誰が作ったのですか。いったいどなたが望んだのですか」
私の言葉に、誰も言い返さない。私は黙る。もう語ることはない。
アルマが息を吸う。
「ネーミア提督の艦隊は、あたしたちが対処します。厳しいものとなるでしょうし、当然、ネーミア提督は手加減などをして下さるような方ではありません。ゆめゆめ忘れないことです。あたしたちが壊滅した折には、ヤーグベルテは終焉ります。セイレネスは、大量殺戮兵器ですから」
誰かが机を叩き、椅子を蹴って立ち上がった。
その時だ。
「やめたまえ」
バリトンが響く。部屋の扉が開き、がっしりした体格の壮年の男性が――。
「だ、大統領閣下……!?」
この場に居合わせた者たちは例外なく驚いた。もちろん私もだ。
エドヴァルド・マサリク大統領は悠然と査問会の会場を突っ切り、私たちのところへやって来て手を差し出した。勢いで握手してしまう私とアルマだ。
「ご苦労だったね、シン・ブラック君、アントネスク君」
大統領はそう言うと、私たちを指弾していた将校たちに向き直った。
「ここは民主国家だ、諸君。ゆえに言論の自由は保障されるべきだ。君たちも、そして歌姫たちにおいても」
「しかし大統領閣下。これは我々の組織の問題で――」
「現実を見たまえ。自分たちが招いたこの惨状をよく見たまえ」
将校の威圧をものともしない。大統領の大きな背中に、私とアルマは安堵する。私たちはいつの間にか手を繋いでいる。
「我々はこの十数年、国家の安全をヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング、および、イザベラ・ネーミアによって保障させてきた。その現実を否定できる者はいるだろうか? この子たち歌姫は、自らの生命を賭して国家への献身を貫いてきた。そして実際に、あの卑劣なるアーシュオンの攻撃によって幾人もの友人を失いながら、この子たちは我々のために戦ってきてくれた。そして常に我々の期待に応え、希望を繋いでくれていた!」
大統領の朗々たるバリトンに、迷いは一つもない。
「我々はありとあらゆる意味で、歌姫に依存してきた。それなのに何だ、諸君たちのその態度は。不遜不逞の態度は。仲間、或いは憧憬の人との戦いを事実上強制され、それを立派に成し遂げようというこの子たちを、どの口が糾弾できるのか。いったい、どの程度の立派な人間がそれをしているというのか!」
為政者による強烈な一喝に、場の空気が更に凍る。
「私はこの少女たちにありとあらゆる権限を与え、そしてこの状況を打破することを願う」
「しかしながら! 議会を通してもいないでしょう、大統領閣下! それでは文民統制の大原則をも揺るがしかねない!」
「黙りたまえ! これは亡国の危機である!」
「大統領!」
紛糾し始める将校たち。しかし、マサリク大統領の背中は揺らがない。
「文民統制は曲げてはならない国家の信念である。だが、であるにしても、この子たちに大統領たる私の誠意を伝えることが過ちであるとは到底思えない。今まさに。そう、まさに、今。命を賭けているのは我々ではない。剣を取り、命を賭けているのは我々ではない、傷ついた歌姫たるこの子たちだ。
その若い命を我らがために使ってくれと言うのに、何故諸君らは頭を下げようとしないのか! なぜ守られるのが当然と、事ここに至ってなおも思えるのか。矜持ある行為というのは、何の意味も持たない権威を盾にして、この子たちのような献身の体現者を罵倒することでは、到底ない! 必要とあらば手を取り頭を下げ、あるべき未来を手繰り寄せようと努力することだ!
私は言おう。諸君らは愚かな人間であると! イザベラ・ネーミアという怒りの女神を生み出してしまった一因であると! 無論、ヤーグベルテ国民もまた、その責を負うべきであると、私はここに明言する!」
私もアルマも、その演説を前にして圧倒されていた。互いに顔を見合わせはしたものの、何を言えば良いのかわからないし、何かを喋れる空気でもなかった。
「大統領命令として、軍にはイザベラ・ネーミア艦隊の撃破を命ずる。その一方で、私は、一人の人間として、ヤーグベルテの人間として、この若き歌姫たちに、救国を希う」
大統領は私たちを振り返り、深々と頭を下げた。
私たちは唖然としてしまって、ただじっと大統領を見つめるだけだ。大統領は動かない。私たちも動けない。将校たちはどよめいている。
アルマと私はほとんど同時に敬礼した。それ以外、何ができただろう?
大統領はやっとで顔を上げて、また、将校たちの方へと身体を向ける。
「私たちは、この不幸な歌姫たちの輪舞曲を終わらせなければならない。そのためには私はあらゆる権能を振るうだろう!」
そう言い放ち、大統領は私たちを引き連れて会場を後にした。