制空権の心配など、最初からしていない。カティたちが制れないというのなら、いったい誰にそれが可能だろう。
問題は六隻のM型ナイアーラトテップ。そして、M型でもI型でもない巨大な潜水艦だ。通常艦隊の戦力そのものは、レベッカたち第二艦隊の前では些末なものだ。攻撃機による対艦攻撃さえしのげれば、もはや脅威にはなり得ない。レベッカはセイレネスにログインし、状況をつぶさに観察してからそう結論づけた。
そこに「姉様」とマリアが呼びかけてくる。
「どうしたの、マリア」
『敵の新型潜水艦の情報が手に入りました。正式名称・マイノグーラ。開発時は
X型ナイアーラトテップと呼ばれていたようです。E型同様に艦載機の搭載能力を有するようです。現時点で入手できている情報はこれだけです』
「マイノグーラ……。わかりました。あれには私が当たります」
『参謀部として承認致します。お気をつけて、姉様』
マリアの声が遠のくのと同時に、レベッカの中の音が圧力を上げた。恍惚感と焦燥感。そんな漣が心の中を撹拌していく。
そしてそれはやがて、昂揚感へと練り上げられていく。
「エディタ、ハンナ! M型を任せます!」
『了解です』
二人のV級歌姫の声が揃った。
「エディタ、しっかりハンナのサポートを」
『はい、おまかせください』
エディタは既に幾度もの実戦を経験している。今や頼りになる副司令官だ。だが、ハンナ・ヨーツセンは先日前線配備されたばかりの新人である。荷が重いのは明らかだった。
「C級はエディタの指揮下に。共同でナイアーラトテップを撃沈せしめよ!」
『提督、通常艦隊はいかが致しますか』
「放って置いて良いです。迅速にナイアーラトテップを処理することができれば、彼らは前に出てこられない」
『了解しました。……まずは対空防衛網を敷きます』
「承認します。あの攻撃機隊を即時殲滅してみせなさい」
レベッカの鋭い声に、エディタは「はっ」と短く応じる。ハンナは消え入りそうな声で「了解しました」と応えた。
数十機の雷爆装の攻撃機の群れは、一分と経たずに攻撃圏内に入る。レベッカはエディタの号令を敢えて待った。巡洋戦艦にすぎないエリニュスと言えども、レベッカがセイレネスを全開で扱えば、数十機の攻撃機など物の数ではない。しかし、レベッカは傍観を決め込むことに決めた。被害が出るのも計算の内だった。
『全艦艇に告げる!』
エディタの号令が飛ぶ。
『三隻一組で対空攻撃に当たれ! 弾幕展開、一機も通すな! ハンナ、前に出るぞ!』
『了解。アルネプ、前へ出ます』
よろしい。
レベッカはふと息を吐く。エディタの判断は早く、指揮も正確だ。重巡アルデバランとのシナジーにより戦闘能力もある。安心しても良いだろう。
対空迎撃の砲火が打ち上がる。こと、対空戦に特化したアルデバランの火力は圧巻だった。瞬く間に先頭集団が粉砕され、後続の攻撃機もC級たちの攻撃を待たずして半壊二まで持っていく。隊列が乱れたところを、ハンナの重巡アルネプが狙い撃ちにし、取りこぼした数十機は待ち構えていたC級たちの砲火で殲滅されてしまう。
「やるわね……」
部下たちのはたらきぶりを称賛するレベッカだったが、同時にこれはまだ前座にすぎないことも知っている。アーシュオンが無策で自殺攻撃をしてくるとは思えなかったからだ。
真打ちは、例の新型潜水艦・マイノグーラだ。中には歌姫が乗っている。漂い届いた気配で、レベッカはそう確信する。
論理戦闘か、物理戦闘か。実力的にその選択権はレベッカにある。論理戦闘の方が素早く片をつけられる。しかし、その間物理実態は無防備になる。一方、物理攻撃は致命傷を与えるのは難しくなるが、全体の監督をしながら戦うことができるし、無傷で終われる確率も高くなる。どうするべきか。
レベッカは数秒の迷いの末、物理戦闘を選択する。トリーネに引き続き、V級を喪失するわけにはいかないという万が一を考えた判断だった。
「セイレネス発動! モジュール・ゲイボルグ!」
エリニュスの前方上空で集められたエネルギーが水平線の彼方にいるマイノグーラに向けて飛んでいく。が、それは着弾直前で雲散霧消してしまう。
「やるっ……!」
M型なら確実に決着がついている一撃だ。だが、結果として相手は無傷だ。想像以上の防御力を見せつけられたレベッカは、フッと強く息を吐いて気合を入れ直す。
マイノグーラから垂直発射式のミサイルが放たれる。
「オルペウス、発動!」
ミサイルは無軌道に飛来し、エリニュスの目前で砕け散った。純粋なエネルギーに化けたのだ。エリニュスの張り巡らせた障壁と、マイノグーラのセイレネスが干渉しあい、海域を派手に照らし上げた。
「負けない」
レベッカの新緑の瞳が輝いた。
第二、第三の光のエネルギーがエリニュスに襲いかかってくる。
『提督! ご無事ですか!』
「エディタ、あなたはM型に注力しなさい」
『りょ、了解致しました』
心配には及ばない。
レベッカは不安的な敵方のセイレネスを往なしながら、しかし油断することなく状況を観測する。
「艦長。敵新型との距離を縮めてください」
『問題ありません、提督。ただ本艦では長時間の格闘戦は無理ですよ』
「構いません。速攻で倒します。火器管制を全て回してください」
『アイ・マム。FCS、ユー・ハヴ』
「アイ・ハヴ。感謝します」
本気でやらせてもらいます。
力が入ってしまって硬直していた両手を開き、もう一度握り直す。
ふぅ――大きく息を吐く。
「レベッカ・アーメリング、巡洋戦艦エリニュス、前へ!」
レベッカの号令と共に、エリニュスが動き出す――。