これは「01-02: 二年後――二〇九〇年八月」に対応したコメンタリーです。
さてさて、第二話の後半です。
アルマはマリオンをグイグイ引っ張っていきます。
「迷子センター」に行こうと提案するアルマに、マリオンは「多分無駄」みたいな反応をするわけですが。
「まーまー、気持ちはわかるよ、マリー。でもさ! だからこそ、今はぶちぶち草刈りしてるだけじゃダメなんじゃない?」
「でも、それでダメだったら……」
「その方法じゃダメだってことがわかるだけじゃん!」
どこまでも前向きなアルマさんです。
アルマさん。力強い思考と行動力を持っている人ですけども、その性格が(10歳にして)醸成された背景というのがあって、これがなかなか壮絶だったりします。まず4歳で一家も何も皆殺しにあっているわけです、ISMTによって。あれは核兵器みたいな兵器ですから、恐ろしいものを見せられたのは想像に難くない。それはマリオンも同じなんですが。
その後、アルマさんはそういう思考を育てざるを得ないような環境の中で生きてきたのです。コレは完全に裏設定ですが、アルマさんが在籍した施設は1つや2つじゃない。いくつもの施設を渡り歩いているんですが、その理由の多くが虐待やいじめです。目立つピンク髪というのもあったし、孤児が爆発的に増えているという時代背景もあります。福祉が行き届く世界情勢でもない。その中でマリオンは「人との距離を取る」ことでじっと耐え忍んだんですが、アルマはそうじゃなくて「自ら考え行動することで」危機を切り抜けるという道を選んだわけです。10歳のこの時に在籍した施設はなかなか優良だったようです。ちなみにこの直前にその前の施設を(事実上)追い出されていたりします。その譲渡先になったのが、今のアルマの施設なのです。
アルマが洞察力や直感力にとても優れているのは前述の通りですが、彼女はその能力を遺憾なく発揮してアクティヴに生きてきたのです。マリオンは防御力全振りで無難に無難に。マリオン、もっと熱くなれよ! アルマはそんなこともあって、後にレニーに対してすごく熱いことを言います。#05-01ですね。ああいう台詞を言えるのも、アルマがそういう人生を歩んできたからこそ、ということなのです。
でもって、そんなこんなで迷子センターに行こうとなりかけたところで、アルマは「黒服の軍人」を見つけます。周囲は多くの海軍の兵士(海軍陸戦隊)で埋め尽くされているのですが、その兵士とは明らかに違う黒服。ヤーグベルテで「黒服(の軍人)」といえば「参謀部」以外にありません。マリオンは知らなかったんですが――マリオン、おまえどんだけ無関心なんだよ。もちろん、我らがアルマさんはそうだと知っています。
「参謀部第六課」というのが、ヴェーラやレベッカの管理組織です。この当時の参謀部第六課の統括は、エディット・ルフェーブル大佐。顔に大火傷の痕がある、かなり迫力のある容姿の御方です。ヴェーラ、レベッカとはメンタルコントロール、マネジメントの観点から同居している超がつくほど優秀な軍人です、エディットさん。本編には名前しか出てこないんですが、「セイレネス・ロンド」の方ではかなりの存在感を示します。ていうか、多分、人としても軍人としても「セイレネス・ロンド」ではトップクラスにできた人じゃないかな、エディット。もちろん、恐ろしく仕事ができる人です。「逃がし屋」とか「アンドレアルフスの指先」ともアダ名されているように、「撤退戦」の達人です。ヤーグベルテはアーシュオンの超軍事力や超兵器の前に長年とことん不利な状況にあったわけですから、必然「撤退」「退却」が多くなるのです。だからこそ、エディットは無茶苦茶に活躍した。元は陸軍の兵士ということもあり、前線兵士からの信頼や期待感も非常に高く、絶望的な戦況でも「第六課が指揮を引き継ぐ」という情報が前線に届くとそれだけで兵士たちは息を吹き返すと言われるほど。人格者にして名参謀なんですね。
あ、この世界、軍の実働部隊は全て「参謀部」の下位組織になります。その時その時作戦の種類や情勢によって、指揮監督を行う参謀部の課が変わります。例外として、歌姫に関するものは第六課の独占指揮下にあるのです。が、このへんはですね、エディットの恋人アンドレアス・フェーン少佐(「セイレネス・ロンド」に登場)らのいろいろな手引があったからです。もちろん、エディットの政治的駆け引きもありました。エディットはヴェーラやレベッカを軍の「道具」にはさせたくなかったのです。そのへんは「セイレネス・ロンド」にて詳らかになっておりますので、興味のある方はぜひ。
でもって、アルマさんはさらに
「しかもあの階級章! 大佐だ! これはやっぱラッキーかも!」
というわけで、階級章(おそらく襟章)を見て『大佐』だと断言します。ちなみに正解です。
そしてアルマはそこでは止まりません。
「あれ? でも参謀部第六課の大佐って、ルフェーブル大佐しかいないはずだけど、違う課なのかな?」
アルマ知識人すぎる件。
ヴェーラ&レベッカ=歌姫→参謀部第六課の管轄→ここにいる黒服は第六課に間違いない→そして大佐→大佐?
という感じ。参謀部第六課には、アルマの言う通りエディット・ルフェーブル大佐以外に大佐はいません。不思議ですね~!
大佐さんはセミロングの黒髪を靡かせて、目を細めた。笑ったような気がする。
セミロングの黒髪。セミロングの黒髪です。
後に出てきますが。セミロングの黒髪で参謀部で大佐な人が。
ちなみにその人、この時点ではヤーグベルテの表舞台には出てきていません。
そして誰も、そしてどこにも、この時に彼女が出てきたことを記憶・記録していません。
マリオンの記憶からもほとんど消去されています。アルマはまるきり覚えていないはずです。
ちなみにマリオンは心のなかで「大佐さん」を連呼していますが、この「大佐さん」ていうフレーズは「銀河英雄伝説」が元ネタです。元ネタっていうほどでもないですが、「上級大将のウルリッヒ・ケスラーが、女の子(後の嫁)に大佐さんと5つも下の階級で呼びかけられた」ていうシーンをなんとなくイメージして。それ以来「大佐さん」という呼び名がなんとなくお気に入りです。
で、その大佐さんは言います。
「どうしたの? 小さな歌姫さんたち」
はいきた、歌姫さん発言きた。
もちろんこれ、マリオンたちは「ライヴに来た歌姫ファンたる自分をそういうふうに呼んだのだろう」程度にしか考えていなかったと思いますが、それで終わる私(作者)ではないぞ、ふぉふぉふぉ。もちろんこれ、大佐さん的には「ガチでお前ら歌姫だかんな、まだ知らないと思うけど」みたいなアレがアレしてソレだったのですな。
ちなみに「大佐」といえば、軍の中ではめちゃめちゃ偉い人です。
軍組織に明るくない人はピンと来ないかもしれませんけども、ヤーグベルテの階級制度で言いますと、上から順にこんな感じ。
あくまでこの世界の決めなので、我々の生きるリアルな世界とは定義が違いますよ。
- 元帥(該当者なし)
- 大将(大統領、国防大臣、[陸軍、海軍、空軍、海兵隊]のトップ1名ずつ)
- 中将=海軍で言うところの提督(艦隊司令官)
- 少将
- 准将
- 大佐=現場実働部隊のトップ。参謀部の各課の統括。また航空母艦の艦長など。
- 中佐
- 少佐
- 大尉
- 中尉
- 少尉=士官学校を出るとまずこの階級が与えられる。
- 准尉=曹長 ※役割で変わる。曹長は二等兵からの叩き上げ軍人の階級のゴール。
- 軍曹=兵士たちの束ね役。
- 伍長
- 兵長
- 一等兵
- 二等兵
というわけで、二十代や三十代で大佐だなんて、銀英伝の中だけにして欲しいところですが、ヤーグベルテは幸か不幸か手柄をあげる機会が多く、そのため若くして昇進する人が多いです。良くも悪くも実力主義。というか、実力がないと早死するとも言う。
なお、若くして大佐になりやすいのは、やはり戦場の花形である空軍です。「空の女帝」カティ・メラルティンもさっさと大佐になっています。ていうか、カティさんは圧倒的に規格外なのでエウロスの隊長というポジションにこだわっていなければ一瞬で中将くらいになってる気がします。いや、中将とかなったら戦闘機には乗らんからその想定はないか。こんなにボコスカ撃墜される世界で、大佐が戦闘機に乗っちゃうのはもうエースコンバットの世界ですね。めちゃめちゃ墜ちますからね、戦闘機は。
さて話を戻しますが、大佐さんは名も名乗らずに不思議なことを言います。
席はちゃんとあると。おまいらにはちゃんとライヴを見てもらうぞと。そんな感じで。
で、
「心配しないでいいわ。マリオン・シン・ブラック。それに、アルマ・アントネスク」
と、彼女らの名前をピタリと言い当てるわけです。
マリオンもアルマもさすがにびっくり。二人もこの時になって初めてお互いのフルネームを知ったわけです。もうこの時点で「大佐さん」がどっか超人的な存在なのか、それとも「全部仕組まれていたのか」の二択になるわけです。正解を言えば、両方なんですけどね。両方。この大佐さんが超人的な能力でもって全部仕組んだ、という。
「あたしたちの席って、どういうことですか?」
「そうね。そう。あなたたちの席は、いつだって最前列中央よ」
「えええ!?」私たちはまた同時に変な声を出してしまう。聞き間違えたかと思ったが、大佐さんはすぐに言葉を繋げる。
「あなたたちが嫌だと言っても、あなたたちは常に最前列中央にあるべきなのよ」
「え、でも、最高の席なんて、私には……」
来ました「あなたたちの席は、いつだって最前列中央よ」の台詞。
これはこの大佐さんのいわば「呪いの言葉」なんです。大佐さんに悪意があるとかそういうのじゃなくて「歌姫計画」の一つのイベントを冷徹にこなそうという大佐さんの意志が込められている言葉。
そして『常に最前列中央にあるべき』とも。これもまた「呪いの言葉」なんですね。
でも、この時点ではマリオンたちにはなんのことやらわかりません。
それはマリオンが「センター」を『最高の席』と解釈していることからわかるのではないでしょうか。
マリオンが「そんな席畏れ多い」的な反応をしたのを受けて、大佐さんは少し寂しそうに言います。
「いいえ。そここそ、あなたたちに相応しい場所なのよ」
これもまた、本編読んだ方なら「あー……」となるところだと思いますが、「呪いの言葉」です。もう不穏。不穏すぎますね。ビンビン不穏ですね。大佐さんやばい。
ここで、マリオンの大佐さんについての記憶が終わっているわけです。
顔も声も思い出せないということから、とてもミステリアスな感じがしますよね。するよね? するんだよ。
さて、次は……ヴェーラとレベッカのライヴの描写を頑張ったよ! の回。
――待て、次号!