#02-02: 第二艦隊による蹂躙

静心 :chapter 02 本文-静心
第二章ヘッダー

 思わず息が止まる私たち。アルマは携帯端末モバイルを開いていたので、すぐにその内容が空中に表示された。どうやらではなさそうだとわかり、少しだけ安心して自分の携帯端末モバイルを確認した。

「また戦闘……か」

 もうさっきまでのアルマの顔じゃなかった。鋭い視線で中継映像を睨んでいる。アーシュオンとの戦闘に関するニュースはもはや日常茶飯事デイリーイベントと言っても良かった。何一つ戦闘関連行動がない日なんて、少なくともこの一ヶ月で数日しかなかったと思う。

 でも、私は少し安心した。安心してしまった。薄情だなって、我ながら思う。「ヴェーラが」というしらせではなく、「レベッカが」という報せを受けて、安心したんだ。そしてたぶん、この国ヤーグベルテのほとんど全ての人が私と同じようにだろう。いや、違う。それどころか、人々は期待している。レベッカが人を殺すことを――。

「みんなして……!」

 アルマが三色の髪の毛を掻き回してイライラとした口調で言った。彼女の携帯端末モバイルの上では、仰々しいテロップが踊っている。アルマは端末をソファの間にあるテーブルの上に置く。アルマが指を鳴らすと同時に空中に、戦闘海域の様子が立体的に浮かび上がった。艦隊がすれ違っている。戦場へ向かうのがレベッカ・アーメリング提督の第二艦隊、戦場から逃げるのがなんとかという提督の第五艦隊だ。

 アルマがもやもやを隠そうともせずに言う。

「第五艦隊が、第二艦隊に戦場を明け渡したな」
「また超兵器オーパーツかな?」
「いつものナイアーラトテップだろうな」
「今はレベ……アーメリング提督しかいないのに」

 アーシュオンD級歌姫ディーヴァが一人しかいない今を好機と考えたのか、襲撃部隊にはほとんど必ず超兵器オーパーツと呼ばれる物を組み込んでいる。超兵器オーパーツの中でも、ナイアーラトテップと呼ばれる潜水艦タイプの艦船には、通常艦隊ではまず太刀打ちできない。

「仕方ないさ。ナイアーラトテップ一隻のために一個艦隊を生贄に差し出すわけにもいかないだろ」
「でも、ほら、この一ヶ月で十二回だよ、アーメリング提督が迎撃に出たのは」
「第一・第二混成艦隊と言っても、提督は一人だからな」

 そう。艦隊司令官であるレベッカは一人だ。その疲労心労は想像を絶するだろう。だけど、人々は――私たちも含めて――信じていた。レベッカがいる限り負けることはないと。圧勝に決まってると。

 レベッカだって、エディタたち四天王だって消耗して摩耗していく。そんなことは当然わかっているはずなのに、誰もが見て見ないふりをする。そんなだから――。

「マリーの考えてることはわかるよ」

 アルマはマグカップを持ち上げながら言う。アルマは恐ろしく洞察力が高くて、私の考えていることは大抵見抜かれてしまう。

「ヴェーラがをしたのも、きっと人々に目を覚ましてほしかったからだろうね。だけど――」
「誰も目覚めなかった」
「あたしたちを含めて、な」

 その鋭い指摘に私は唇を噛む。逃げられないのだ。歌姫セイレーンの歌い上げるサウンドからは、なんぴとたりとも。戦闘システム「セイレネス」を通じて放たれるからは逃げられないのだ、私たち歌姫セイレーン以外は。あのには絶望的なまでの快楽と依存性がある。ヴェーラとレベッカが初めて最前線に出て以来、人々はずっとずっと、強い中毒症状におちいっている。

「この世界がさ」

 アルマは立ち上がる。そして私の隣に腰をおろした。

「あと三年で良い方向に変わるなんて思えない」
「うん」

 三年後には、私たちも戦場にいることだろう。最前線で、人を殺すのだろう。国防のかなめ――なんて言われて持てはやされながら。

 戦闘の中継は続く。第二艦隊が出たら、大抵一撃で片が付く。レベッカ、あるいはエディタやトリーネたちによるセイレネスでの一撃で。それは敵艦隊の超兵器オーパーツを撃破し、そのに、敵通常艦船をも撃沈する。航空戦力などいわずもがなだ。

 アルマは私の肩に手を回してくる。振り払おうとは思わなかった。アルマは囁く。

「この、か」
「始まるね」

 いわば、戦闘準備アウフタクト。そして――。

 映像が輝いた。唸るような低音が響いたかと思うと、そこにレベッカの鋭い声が乗った。

『全艦、セイレネス発動アトラクト!』

 表示されている現地時間は真昼の頃。青く揺蕩たゆたっていた海が、セイレネスによって生み出されたオーロラグリーンの粒子に染まっていく。陽光にすら負けない輝きが、第二艦隊の全艦艇から生み出されている。

『エディタ、指揮をユー・ハヴ・マイ・タクト
了解イエス・アイ・ハヴ。全艦、我に続けレイズ・ザ・カーテン!』

 約五十隻の戦闘艦がレベッカの戦艦を中心に、エディタとトリーネの重巡洋艦を先頭に立てた輪形陣でアーシュオンの艦隊に突っ込んでいく。その先にあるのは、疑いようもない圧勝だ。

 エディタの鋭い指示が続く。

『トリーネ、クララ、テレサ! 各自、分艦隊を率いてナイアーラトテップを粉砕しろ。アーメリング提督、自分は通常艦隊をつぶします』
任せるアズ・ユー・ライク

 レベッカの短い応答には、およそ温度がない。だけど、見てる私たちの温度は上がる。これからエディタたちは大量殺戮を行うのだ。だから、せめて、私はそれを見届けなくちゃならない――義務感みたいなものかもしれない。でも。

「マリー。ヴェーラは、この現実を変えたかったんだ」

 断定口調のアルマ。私は黙って頷く。戦闘は続く。

「戦争を娯楽エンタメにしちゃってるこの現実をね」
「エンタメ、か」
「そう、エンタメ。あの日、あたしたちが震えさせられたのは……ヴェーラの中にのは、だった。このくだらない……だらだら続く戦争と、その最前線に立ち続けなきゃならないことに、ヴェーラは絶望していたんじゃないかな」
「ヤーグベルテの全国民の命を背負わされてるんだもんね」

 レベッカも、また――。

 ヴェーラが動けない今、ヤーグベルテの十億人の命はレベッカにかかっていると言っても良い。その重責たるやいかばかりか――私には未だ想像すらできない。私がそれをになえるかと言われたら、無理。どう考えても、無理だ。できっこない。

 私の視界の隅っこで、アルマは立ち上がる。

「でもさ、ヴェーラとレベッカは、たったの二人で何年も戦い続けてきたんだ」
「うん……」
「ヤーグベルテの人たちは、あたしたちも含めて、ヴェーラ・グリエールっていう一人の人間に、夢を見過ぎていたのかもしれないね、マリー」
「夢?」

 私が問い返すと、アルマは私を見下ろして頷いた。

「そうだよ、マリー。私たちは、ヴェーラのことを、一方的に与えてくれる人だって。無条件にから守ってくれる人なんだって。そんなふうに信じてた。そんな都合の良い夢を、見てた」

 アルマの言葉は正しい。私は黙って聞くしかない。アルマは訥々とつとつと続ける。

「あたしたちはヴェーラのことを何も知らない。知ってるふりをしているだけで、あたしたちはヴェーラのことなんて、何も知ってない」
「だけど、それなのに、私たちはヴェーラとレベッカに憧れた」
「否定できない。あたしも本当に、二人になりたいとさえ思ったよ」

 私は何も言えない。

 アルマの携帯端末モバイルが戦闘の様子を垂れ流している。殺戮だ。ほとんど反撃を許すことのない、苛烈な攻撃が続いている。エディタの駆る重巡洋艦が、航空母艦の一隻を護衛の駆逐艦ごと粉砕する。

 レベッカの声が鋭く響く。

『エディタ、頃合ころあいです』
了解アイ・マム、全艦、単縦陣! 殲滅戦エクスターミネイション用意エナクルーシス!』

 歌姫養成科一期生は、実戦に出てまだ一ヶ月。しかし、もはや熟練の将帥もかくやと言わんばかりの奮闘を見せている。レベッカとエディタたち四天王の張り巡らせているセイレネスの力で敵弾はほぼ無効化させていたし、対するこちらの弾は必中だ。まったくもって一方的だった。アルマは低い声で言う。

「こういうのを見て、あたしたちは歌姫セイレーンたちを偶像化アイドライズしていくんだ。自分たちをその幻想の糸で雁字搦がんじがらめに縛りながらね」
「そして変容した意識の下で、ワガママに叫ぶ、か」
詩的ポエティックだね」
「詩的、か」

 私は苦いコーヒーを一口飲み、首を振る。

「ねぇ、アルマ」

 私は立ち上がってアルマと向き合った。アルマは少しだけ顎を上げて私を正視する。

「ヴェーラは、私たちを恨んでいると思う?」
「まさか!」

 アルマは首を振る。

「人を恨めるような人が、自死なんてえらぼうとはしないさ」
「そう、か……」

 ――かもしれない。

 私は救われたような気分になる。根拠もなく、勝手に。

 そんな私の眼下では、戦闘が終わっていた。戦闘時間はたったの三十分少々。うんざりするほどのスピード感。そしてそのたったの三十分で、敵側アーシュオンの人間は何百人死んだのだろう。いや、何千人かもしれない。

 寝室で、朝六時の目覚ましが作動した。あの古風レトロな目覚まし時計が奏でる音楽は、ヴェーラが親友に贈ったという「空の女帝エアリアル・エンプレス」だった。

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