#02-02-02:圧倒的ではないか

静心 :chapter 02 コメンタリー-静心
第二章ヘッダー

これは「02-02: 第二艦隊による蹂躙」に対応したコメンタリーです。

さて、戦闘が開始されました。
エディタの鋭利な指示が飛びます。

『トリーネ、クララ、テレサ! 各自、分艦隊を率いてナイアーラトテップを粉砕しろ。アーメリング提督、自分は通常艦隊をつぶします』
任せるアズ・ユー・ライク

敵には超兵器オーパーツ、ナイアーラトテップがいるというわけです。ナイアーラトテップはなんだかんだ言って難敵であることに変わりはないので、万が一に備えて各V級歌姫ヴォーカリスト+7~8隻のC級歌姫クワイア搭乗戦闘艦艇を向かわせます。盤石の布陣です。もっとも、レベッカが戦艦ウラニアを駆ってぐいっと前に出れば一瞬で決着は付くのですが、レベッカはそれを良しとしません。基本的な戦闘はエディタに任せています。

あと、エディタは重巡洋艦アルデバラン、トリーネは重巡洋艦レグルスで、クララとテレサは軽巡洋艦のカストルとポルックスが与えられています。軽巡洋艦だから弱いとかそういう話ではなくて、重巡洋艦は装甲重視で、軽巡洋艦は機動性重視です。火力的には実はあまり変わりません。歌姫セイレーン用の巡洋艦は、通常艦船としても圧倒的に強力です。

そしてレベッカさん「As you like」と応答していますが、本来であれば「Up to you」くらいが妥当な表現だと思います。ここでわざわざ”As you like”を使ったのは、シェイクスピアの「お気に召すまま(As you like it)」を連想してほしかったからですね。物語をご存知であれば話は早いのですが。あれ、簡単に言うとハッピーエンドなんですね。実に良いエンドを迎える。そのへんの意味がレベッカの脳裏にまずあって、同時に、あの物語の道化が「Touch Stone」というキャラクターなんですが、こいつの意味が「試金石」。レベッカがエディタに対する試金石としてこの舞台を用意してるんだぞ、という意味も込めていたりします。

 レベッカの短い応答には、およそ温度がない。だけど、見てる私たちの温度は上がる。これからエディタたちは大量殺戮を行うのだ。だから、せめて、私はそれを見届けなくちゃならない――義務感みたいなものかもしれない。でも。
「マリー。ヴェーラは、この現実を変えたかったんだ」
 断定口調のアルマ。私は黙って頷く。戦闘は続く。
「戦争を娯楽エンタメにしちゃってるこの現実をね」

マリオンアルマともに眉間にシワを寄せながら話をしているのでしょう。この時点で先の展開を予感させるような描写になっていますね。
レベッカの短い応答には、およそ温度がない――レベッカが自分の主義主張に反した行為をするときは、彼女はたいていこうなります。不器用なので隠せないんですね、この人。まして今はかけがえのない魂の双子とも呼ぶべきヴェーラが重篤な状態。なんにしても心穏やかであるはずもない中、連日連夜の戦闘に駆けずり回っているのですから、そりゃ温度もなくなるというものです。

そして戦争を「娯楽」にしちゃってるとアルマさんは言いますが、これは本編#01-01の「戦争っていつから娯楽エンタメになったんだっけ」というヴェーラの問いかけに見事にシンクロしているわけです。ちなみにヴェーラのこの問いかけはレベッカとのプライベート通信のようなものなので、レベッカ以外の誰一人として聞いていません。

「ヤーグベルテの全国民の命を背負わされてるんだもんね」
 レベッカも、また――。
 ヴェーラが動けない今、ヤーグベルテの十億人の命はレベッカにかかっていると言っても良い。その重責たるやいかばかりか――私には未だ想像すらできない。私がそれをになえるかと言われたら、無理。どう考えても、無理だ。できっこない。

ヤーグベルテの人口は10億。キリよく10億。ヤーグベルテは連合国家なので、いくつもの国家が合わさってできています。EUみたいなものだと思っていいです。ただ、国土は恐ろしくでかいです。エル・マークヴェリア、アーシュオン、ヤーグベルテが大国トップ3で、この三集団だけで人口は50億人を数えます。エル・マークヴェリアは今回出てきませんが、ヤーグベルテと軍事協定を結んでおり、同盟国です。

西のエル・マークヴェリアを後ろ盾としているので、ヤーグベルテは東のアーシュオンだけを向いていれば良い……と言いたいところですが、ベオリアス、キャグネイ、そして最近?裏切ったダールファハスという人口3~8億の国家群が軒並みアーシュオンの同盟国となっており、事実上国家包囲網を敷かれている状態です。この状態をそれぞれの国家の頭文字をとって、「対ヤーグベルテ・ABCD包囲網」と呼ばれています。もっとも、ヤーグベルテの軍事力も相当なものなので、「包囲網? ふーん」という程度の危機感しか無いのですが。ヤーグベルテは資源のたぐいは自給自足することができるため、通商破壊も嫌がらせ程度の効果がありませんし。どころか、報復攻撃の口実になっちゃいますし。

まぁ、そんな感じで不毛な外交合戦の末に、なんの進展もないままダラダラ戦争続けているわけですね、ヤーグベルテは。それもこれも歌姫計画セイレネス・シーケンスのせいなんですが。計画は「超AI・ジークフリート」が登場してすぐに(実際はそのはるか以前からなんですが、それは人間の知るよしもないことでして)動き出していて、しかし、誰一人としてそれを知らないという。まぁ、悪いのはたいていがジョルジュ・ベルリオーズ。そう思っておけばこの世界では間違いありません。

そこでまぁ、アルマとマリオンはボソボソやっています。
このへんでアルマさんの真面目っぷりがすごくわかるんじゃないかな! めちゃめちゃ考える子なんです。

 アルマの携帯端末モバイルが戦闘の様子を垂れ流している。殺戮だ。ほとんど反撃を許すことのない、苛烈な攻撃が続いている。エディタの駆る重巡洋艦が、航空母艦の一隻を護衛の駆逐艦ごと粉砕する。

いかに歌姫たちが一方的に戦っているかが描かれています。航空母艦ですら瞬殺します。もちろん、2090年ですから、航空母艦をはじめ、あらゆる艦艇の防御力も飛躍的に向上しています。実弾砲の直撃も数発程度なら無効化するような装甲をまとっていますし、反撃の火力もえげつない。太平洋戦争的にいえば、空母にも46cm砲や酸素魚雷が満載されているような感じです。防御力もCIWSの超発展型があるため、ぶっちゃけ実弾砲の弾頭すら叩き落としてきます。どのくらいの精度で迎撃するかと言うと、一分間5000発の速度で30mm弾を撃ち込んでも、90%以上の弾頭を迎撃・無力化するくらいの精度です。しかし、歌姫セイレーンにはそんなものすら通用せず、ばったばったと叩き切られて沈んでしまいます。最下位の階級であるC級歌姫クワイアであっても、同クラスの艦艇であれば鎧袖一触で沈めてしまいます。

敵艦隊が半壊状態に陥った時、レベッカが冷たく言います。

『エディタ、頃合ころあいです』
了解アイ・マム、全艦、単縦陣! 殲滅戦エクスターミネイション用意エナクルーシス!』

単縦陣。「艦これ」やってる人ならおなじみですね。文字通り、艦艇を一直線に並べる布陣です。で、ここではそのまま中央突破からの殲滅を行おうとしています。文中では明示されてませんが、ここでは最も防御力に優れたエディタが先頭に立っています。無茶苦茶な火力と防御力を持った艦を先頭に立てて、半壊状態の艦隊に突っ込むわけです。アーシュオンの艦隊にしてみれば、たまったものじゃありません。文字通り「殲滅戦」。ここで「エナクルーシス(anacrusis)」と言っていますが、これは音楽用語。なお、「アナクルーシス」と書くのが一般的です。「(ある行動の前の)準備行動」という意味があって、音楽的には「弱起」という意味で「アウフタクト」とも同じです。アウフタクトは私の作品では頻出語なので覚えておいてね。……こんな具合に、本作(および「セイレネス・ロンド」)では、数多くの音楽用語が登場します。

そしてその圧倒的一方的虐殺劇を見て、アルマが嘆息します。

「こういうのを見て、あたしたちは歌姫セイレーンたちを偶像化アイドライズしていくんだ。自分たちをその幻想の糸で雁字搦がんじがらめに縛りながらね」
「そして変容した意識の下で、ワガママに叫ぶ、か」
詩的ポエティックだね」

マリオンさん、度々「詩的だね」って言われるんですが、実際に堅苦しい・回りくどい表現が多いのも彼女の特徴。あと、マリオンさんは多分意外と読書家。

戦闘が驚くほどスピーディに進むのを「いつものように」眺めながら、マリオンはぽそりと訊きます。

「ヴェーラは、私たちを恨んでいると思う?」
「まさか!」
 アルマは首を振る。
「人を恨めるような人が、自死なんてえらぼうとはしないさ」

ここでもアルマの過去がちらっと見えているはず。15歳(あるいは16歳)にしてそういうことがポッと口から出る。ここにいたるまでに、おまいさん、どんだけ苦労してきたんだよっていう。
センシティヴな話ではありますが、「自殺」と言わず「自死」と言っているところも重要です。

そして戦闘はなんと30分で終わっちゃいます。
この戦闘でアーシュオンは三千名以上の兵士を喪失します。救助されたものも幾らかはいますが。
マリオンは死んだ(であろう)敵兵に思いを馳せます。これはこの後も変わらず、「敵も味方も死ぬべきではない論者」のマリオンさんは深く悩むわけです。

 寝室で、朝六時の目覚ましが作動した。あの古風レトロな目覚まし時計が奏でる音楽は、ヴェーラが親友に贈ったという「空の女帝エアリアル・エンプレス」だった。

レトロ目覚まし、きました。
ヴェーラの歌が収録されているんですね。その中でも「空の女帝」はかなりアップテンポな曲のはずなので(多分)、マリオンは朝のKIAIのためにこの曲をセットしているのでしょうね。

というわけで、#02-02はおしまい!
次はいよいよ、後のマリオンの恋人、レオノール・ヴェガさんが登場します!
――待て、次号!

→次号

タイトルとURLをコピーしました