#03-01: ディーヴァの夢は醒めゆく

静心 :chapter 03 本文-静心
第三章ヘッダー

 レベッカの鉄壁の防御、エディタたちの熾烈な攻撃。それがいつもの戦い方のはずだ。だけど、今は艦隊の防御は丸裸も同然だ。

 現地時刻は午前八時。夜もすっかり明けきった大海原で、レベッカの第二艦隊約五十隻が、太陽目掛けて突っ込んでいく。敵は通常艦隊が一つ。そして――。

「ナイアーラトテップが十二!?」

 私たちは同時に声を出す。超兵器ナイアーラトテップ――軍内部では通称・クラゲ、らしい――が、十二隻……。聞いたこともない大戦力だ。にもかかわらず、最強の戦力であるレベッカは最後方に下がって沈黙している。中継のキャスターも戸惑っていた。彼らが期待しているのはであって、スリル溢れる戦いなどではない。それにこのままでは、レベッカのが入手できない。

 しかし、レベッカは歌うことなく指揮権を譲る。

『エディタ、指揮をユー・ハヴ・ザ・タクト
了解アイ・ハヴ前衛アドヴァンストC級歌姫クワイアPTC完全調律コーラス発動レイズ! V級歌姫ヴォーカリスト、および直属部隊、突撃スタンピード!』

 敵の通常艦隊からの航空戦力が第二艦隊に襲来する。PTC完全調律コーラスという新たな戦術の成果なのか、攻撃機たちの攻撃は無力化されていた。ほぼ、だ。レベッカの盾のようにはいっていない。小型砲撃艦コルベットが二隻、爆炎をあげて沈んでいく。

歌姫セイレーンが……」

 唐突にものすごい頭痛がやってくる。頭を抱えて唸ってしまうレベルの頭痛だ。そんな私の背中をさすってくれる手がある。レオンのものだ。やっとで顔を上げると、アルマも唇を噛んでうつむいていた。私にははっきりとわかった。歌姫が二人、死んだことが。頭の中に跳ね回るのは絶望的な叫び――だった。

 第二艦隊は敵艦隊を蹂躙じゅうりんしていく。しかし、C級歌姫クワイアの駆る小型艦がまた数隻犠牲になっている。その度に、私は吐き気がするほどの頭痛に襲われた。

『アーメリング提督! 被害が!』

 エディタの右腕でもあるトリーネの叫び。

『提督――!』
作戦続行キャリー・オン

 レベッカの短い応答は、全てを拒絶しているようにも見えた。
 
「どうして……」

 なぜ、レベッカは歌わない? どうして、味方を守らない?

 私の左肩に回されたレオンの指先。それが私のパジャマに皺を作る。

 また一隻駆逐艦が沈んだ。敵の航空部隊は壊滅させたが、その最後の一機が駆逐艦に体当たりを仕掛けたのだ。脱出もできただろうに――。

 小型砲撃艦コルベット三隻、小型雷撃艦フリゲート一隻、駆逐艦二隻――従来では考えられなかった大被害。そもそも敵は、レベッカ一人ででも十分に蹂躙できる戦力だ。たとえナイアーラトテップが一ダースいたとしても。これほどの被害が出るなんて、誰も考えてもいなかったに違いない。

 エディタの鋭い声が飛ぶ。

『クララ、テレサ、敵通常艦隊の殲滅を急げ! トリーネ、クラゲの状況は!』
『四隻が後退開始!』
『了解した、トリーネ。私がやる。レニー、戦術支援!』

 エディタの呼びかけに一瞬の間も置かずにレニーの声が返る。

『レネ、了解。クラゲたちの座標転送。追跡トレース続けます』
『助かる、レニー』

 レニーも戦っている。

『旗艦よりエディタ。私は引き続き督戦します。あなたの全力をお見せなさい』
『……イエス・マム』
『それと』

 しばらく沈黙が流れる。戦闘は続く。

『――殺し漏らさないように』
『捕虜を取らぬと?』
『イエス。、殺しなさい』

 その言葉に私たちは一様に硬直する。そんなことしたら……アーシュオンと同じじゃないか。

『投降は……』
『認めません。全員、その場で殺しなさい』
『お言葉ですが、提督。それは国際法に――』
『戦争に

 硬い声音だった。レベッカ自身、納得している様子ではない――いや、単に私が「そうであって欲しい」と思いたかっただけかもしれない。
 
『しかし、提督……!』
『その責任は全て私が負います。いいですね、一人の捕虜も、一つの遺体も、必要ありません。全てをこの海に沈めなさい』

 その間に、クラゲによって小型雷撃艦フリゲートが一隻沈められた。またあの頭痛が襲ってくる。もう、気が狂いそうだった。わけがわからなかった。

「レベッカは、戦争をにしようとしている」

 レオンが呻く。

「戦争の、に戻そうとしている」
「どういう、こと?」
「エンタメなんかじゃないってことを見せようとしている」

 レオンはそう言うと私を抱き寄せる。私は……なされるがままだ。

「敵も、味方も、戦えば共に大きな傷を負うんだってことを見せようとしている。新しいを作り出そうとしている」
「でも、そんなことしたら、歌姫セイレーンも、乗組員クルーもたくさん死んじゃう」
「……それが、戦争だ」

 レオンの低い声は、少し震えている。

「こっちに攻撃を仕掛けたら、絶対に一人も生きては帰れない――レベッカは全世界にそれを発信しようとしている。同時に、ヤーグベルテの国民には、味方もたくさん死ぬんだぞということを伝えようとしている」
「でもそれじゃ死ななくてもいい人まで!」
「そうじゃないんだ!」

 レオンが怒鳴った。私は思わず身をすくめてしまう。筋肉という筋肉が強張こわばってしまう。アルマは俯いたまま何も言わない。

「死ななくてもいい人ってなんだ? じゃぁ、死んでもいい人がいるのか?」
「そ、それは……」
「なぁ、マリー。違うんだよ」

 レオンは低く掠れた声で、言葉を一つ一つ選びながら、言った。

「これはね、戦争なんだよ。戦争であるべきなんだ。一方的な殺戮劇なんかであるべきではないんだ。お互いに傷を負う命がけの戦いであるべきなんだ」
「あたしたちは――」

 アルマが視線だけを上げる。

「虐殺に慣れすぎた」

 虐殺に――慣れた?

 その言葉の衝撃に、私は口がきけなくなる。

「あたしたちは、ヤーグベルテの国民は、D級歌姫ディーヴァたちに優しくされすぎた。ヴェーラとレベッカを返り血まみれにして、あたしたちは笑っていた。二人が手を汚してあたしたちに平和を作ってくれていることを、あたしたちはなんだと誤解していた。それでもヴェーラとレベッカは、笑顔を作り続けていた。あたしたちはその笑顔の仮面ペルソナを都合よく解釈して――甘えていた」
「ヴェーラが危篤――今こそ最大の好機と踏んだんだろうね、レベッカは」

 アルマとレオンが次々に言った。レオンは私を膝枕しながら続ける。

D級歌姫ディーヴァって事を伝える好機だって。傷つきもすれば死にもする、一人の人間に過ぎない。だから永遠にお前たちを庇護のもとにおいてやることはできない――今回の戦いはレベッカからの強烈なメッセージだ」
「そのために、先輩を大勢殺す……」

 私はレオンの太ももに両目をこすりつける。涙が止まらない。レオンは私を撫でてくれた。

わかりやすい文脈イージー・コンテクストが必要なんだ、国民には。声の大きい少数派ノイジー・マイノリティをも黙らせるに足るだけの簡単な文脈が。それがなければ、誰も目を覚まさない」
「あたしたちだってさ、同じだ」

 アルマが掠れた声で言う。

「ヴェーラが自らに火を放ち、今、生死の境を彷徨っている。あたしたちだって、それでようやく気付いたんじゃないか? 最強の歌姫セイレーンもまた、傷つき、折れる事があるって事実に」
「それは――」
「レベッカは今、その事を国民全てに向かって伝えようとしている」
「わかるけど、それはわかるけど、でも」

 私はレオンを見上げる。レオンは困ったような微笑を見せる。

「そのために味方を見殺しにするとか、やっぱりおかしいよ」
「マリーお嬢様」

 レオンがゆっくりと私の頬に触れる。そして訥々とつとつと訊いてきた。

「今日百人を救ったら、明日は千人救えない。今日百人見殺しにしたら、明日は確実に千人救える。今日救う? 明日救う?」
「えっと……それは」
「レベッカは決めたんだよ、きっと。それで、より多くを救う道を選んだんだ」

 レオンの涙が私に落ちる。レオンは慌てたように目をこすり、小さく鼻をすすった。

「多分、マリーとアルマと……私のために」
「今回の……私たちのための犠牲だっていうの?」
「たった三年だ。私たちが戦場に立つまであと三年もない。その時のために、レベッカは――」

 アーシュオンの残存艦艇が逃走しようとしている。だが、それは叶わなかった。エディタは命令に忠実に従い、ありとあらゆる海上構造物を撃滅した。救命ボートすら破壊した。凄惨な映像が何度も流れたが、私は目を逸らせなかった。

 三年たったら、私もこんなことを命じられるのだろうか。抵抗もできなくなった人たちに砲弾を撃ち込めと言われるのだろうか。

「マリー、それ以上考えるな」

 アルマが言う。

「一人や二人で、未来永劫この国を守ることはできない。どれほど力があったとしても、その献身が自己犠牲である限り、必ず限界は来る。摩耗して消耗して疲れ切って、やがて破綻する――ヴェーラのように」
「負ければ国が滅ぶ。何億人もの犠牲者が出るようになる。レベッカは、今、たったの一人でその責任を負っているんだよ、マリー」

 二人にそう言われ、私は何も答えられなくなる。どうしてこの二人は、ここまで冷静でいられるのか――私にはわからない。

「冷静なんかじゃない」

 レオンは私の心を読んだ。そして繰り返す。

「冷静でなんていられるもんか」
「でも――」
「マリーが苦しんでくれているから、私はまだ……耐えている。本当は私だって叫びたい。なぜ、どうして。そんなのおかしい。そう言いたい。けど、マリーがそれをしてくれているから、私は……私、はっ」

 レオンは言葉を詰まらせる。ぽたぽたと私の上から涙が降ってくる。レオンは震えている。全身を強張らせて、耐えていた。私はレオンの頬に手を伸ばして、涙を拭く。でも次々と流れてくる雫の全ては拾えなかった。

 アルマの方を伺うと、彼女はまるで能面のような表情で私たちを見て、ぼそぼそと言った。

「ディーヴァたちが見せてくれていた夢は、もう、そろそろ終わる。あたしたちの一方的な願望、欲求、思い込み――そんなもので作られた塑像プラスティックの夢は壊れ始めた。ディーヴァは……現実を覆い隠す歌を歌うのをやめてしまった」
「……アルマ?」
「始まるのさ」

 アルマはゆっくりと立ち上がった。私の携帯端末モバイルを操作して、映像を消す。

「現実という名前を持った、悪夢がね」

 そうして、重たい足取りで寝室へと向かってしまった。リビングには私とレオンだけが残る。

「現実という名の悪夢か」

 レオンはまたあの荒んだ表情を見せる。だが、涙はまだ止まっていない。声も震えている。私は身体を起こすと、レオンを強く抱きしめた。レオンは私の背中に手を回し、掠れた低い声で語る。

「ヴェーラも、レベッカも。その悪夢から私たちを守っていたのさ。私たちは今まで二人がしてくれていたことに、その行為おこないに、感謝するべきなんだ。私たちの負うべき苦しみの肩代わりをしてくれていたことに対して。だから、あの最強の二人が、その無償の行為おこないをやめたからと言って、そこに罪の所在を認めようとするのは、単なるさのあらわれなんだよ、マリー」
「傲、慢……」

 また視界が歪んだ。多分、涙がこぼれただろう。レオンは私の後頭部に手をやって、ぐいっと抱き寄せる。抵抗するつもりはなかった。レオンがキスを求めるなら、キスをしよう。そう決めていた。だけど、レオンは自分の左肩に私の顎を乗せさせただけだった。

 私の左耳に、レオンの心地良いアルトが入り込む。

「嗚咽しようが、激怒しようが、絶望しようが――未来はやってくる。その未来をどうしたいのか。どうなっていてほしいのか。力があるはずの私たちは考えなきゃならない。力があるからこそ、人の命を簡単に消し飛ばせる力があるからこそ、私たちは刹那的な憐憫れんびんなんてものは、無理にでも飲み下さなくちゃならないんだよ、マリー」
「レオン、あのね、訊いていい?」
「……何でございましょう、私のお姫様」

 レオンはそう言って耳に息を吹きかけてきた。思わず強張る私に、レオンは小さく笑ったりする。でも、今はいい。それでもいい。

 私は何度か深呼吸を繰り返した。

「私はレオンに死ねなんて絶対に言えない。レベッカみたいな、あんな指揮をることはできない。レベッカみたいな指揮官にはなれない。私、それじゃ、ダメなのかな……」

 V級歌姫ヴォーカリストのエディタは、着任早々に事実上の艦隊司令官になった。だから、その上のランクのS級歌姫ソリストがそうならないという道理はまったくない。

「甘い、とは思うよ」

 レオンは私の頬にふわっとしたキスをした。……全然不愉快な気持ちにはならなかった。

「でも、それはマリーの正義。変わるものじゃない。大丈夫、お膳立ては全部やってくれるよ、レベッカと……ヴェーラが」

 立ち上がりかけたレオンの手を引っ張って座らせる。今、離れては欲しくなかった。

「あのね、マリー」

 レオンは私の両肩に手を置いた。

「私もアルマも、マリーのそのまっすぐな正義に惚れているんだよ」
「ただの……エゴだよ」
「エゴで結構。エゴは嘘をつかないだろ」
「……かもしれないけど」
「マリーの正義エゴを、私もアルマも、信じている。マリーがそれを貫くために、私たちがいるんだ。そしてマリーが今のマリーであり続ける限り、私も、アルマも、絶対に離れていかないよ」
「レオン……」

 胸が痛い。私は息の吐き方を忘れてしまったかもしれない。レオンは私を軽く抱いて、またゆっくりした口調で囁いた。

「でもそうすると、マリーは私に口説かれ続けることにもなるなぁ。それはイヤかな?」
「……そういうやり方、ずるい」
「お姫様を籠絡ろうらくするためには、手段は選べないよ」

 レオンはそう言って今度こそ立ち上がった。そして寝室の方を見て、「ご心配なく」と軽く手を振った。慌てて振り返った時には暗い寝室しか見えなかったが、もしかしたらアルマが見ていたのかもしれない。

「マリー」
「は、はひっ」

 真面目な顔で名前を呼ばれて、なんか変な声が出た。

「もし、私が男だったら。惚れてた?」
「ううん」

 私は反射的に首を横に降った。レオンは小さく息を吐いて、「そっか」と部屋を出ていこうとした。

 慌てて立ち上がって「待って!」と追いかける私。

「うん? おやすみのキスでもしてくれる?」
「キスは……」

 私は少し背伸びして、レオンの頬にキスをする。そして何故か、間髪入れずに言っていた。

「女の子でも、惚れてる……かも」

 必死の思いで呟いた私の頭にレオンは手を乗せてきた。

「いつかそのを取っ払いたいね」
「その……ごめんね?」
「一歩前進。まことに結構」

 レオンはそう言って、ドアの向こうへと消えていった。

 ガランとした部屋が、少し寒かった。

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