#05-02: ディーヴァとの対面

本文-静心

 それから約一年。私たちはあれよあれよという間に士官学校を卒業する日を迎えてしまった。そんなわけで今、私たちは卒業式後の立食パーティの会場にいる。会場にはレニーとV級歌姫ヴォーカリストが勢揃いしていた。今日に限っては、領海哨戒は第七艦隊および四風飛行隊が総動員であたってくれている。

 そうそう。あの日以来、レニーとアルマは見ていて恥ずかしくなるほど仲睦まじく過ごしていた。しかも、アルマは私とレオンのキスは許してくれなかったくせに、自分はレニーとしばしばキスしたりなんだり……。でも、私は私でレオンと非常によろしくやっていたので、お互い様なのかもしれない。

 よろしくないといえば、アーシュオンの動きだった。レニーの願いも虚しく、アーシュオンは実にいろいろな手段で攻撃を仕掛けてきた。島嶼とうしょ占領は当たり前、漁船の撃沈や領空侵犯、核兵器の使用――とにかく手段を選ばなかった。だけど、今日に限って言えばどうやら安心してもよさそうだった。一週間前の迎撃戦でナイアーラトテップを合計二十六隻撃沈していたからだ。その半数はレニー単独での撃破なのだから、S級歌姫ソリストって本当にすごいんだと思う。

 ぶちぶちと考えながらケーキをつまんでいると、会場の温度が一気に上がった。私の隣にいたレオンが「おでましだ」と言って、私の手を引いて部屋の中央へと移動した。人だかりが入口の方から私たちの方へと移動してくる。その人の山の中にはレニーとアルマも加わっていた。そして二人は仲良く手を繋いでいた。

「マリオン・シン・ブラック上級少尉」

 人の海を割って姿を表したのは、仮面サレットをつけたD級歌姫ディーヴァ、イザベラだ。その後ろにはレベッカもいる。二人はアルマたちと何事か話しながら私の方へとやってくる。私とレオンは同時に敬礼をする。

「ああ、いい、いい。要らないよ、そんなの」

 イザベラは右手を振った。私たちは顔を見合わせて右手を下ろす。

「第一に、きみたちは私の艦隊じゃないしね。だよね、ベッキー」
「そうね。二人は第二艦隊」

 レベッカは眼鏡の位置を直しながら頷いた。私の背中はもう汗まみれだ。今の私は、軍人ではなくて、ディーヴァの単なる一ファンになっている。イザベラはもうヴェーラとは何もかも違ってしまっていたけど、それでも私にはとても大切な人だった。レベッカも言わずもがなだ。

「イズー、未来の司令官たちにアイスティーでもあげてよ」
「はいはい、かしこまり」

 レベッカに促されたイザベラは、慌てて駆けつけてきた給仕係からグラスを二つ奪い取って私とアルマにひょいと差し出した。私たちは勢いに飲まれてそれを受け取る。この一年、私たちはレニーと同様に前線支援に従事していたから、二人の司令官の冷徹な顔をよく知っている。だからそれだけに、この流れには正直あっけに取られた。

 イザベラは仮面サレットのこめかみのあたりをコツコツと叩く。

「戦闘ではいつも世話になってるから、あまり新鮮味はないなぁ。わたしたちからは顔も表情も感情も丸見えだしね」
「この子たちからは見えてないのよ」

 レベッカが素早く突っ込んだ。イザベラは「あ、そうか」と首を振る。

 なんだろう、この軽さ。私はレオン、そしてアルマを見る。よかった、二人とも、私と同じ顔だ。イザベラの隣に移動したレニーだけは、下を向いて笑っている。

「わたしの艦隊の指揮はもっぱらレニーがってくれてるし、わたしは基本的には督戦席でぼけーっとしてるだけだからなぁ」
「ちょっと、イズー。あなた、コア連結室にも入ってないの?」
「だって暗いし?」
「子どもじゃないんだから!」

 レベッカは「鬼もいて逃げ出す」というほどの苛烈な戦い方をする。レベッカは今もなおを貫いていた。正直、私たちはレベッカを怖がってさえいた。なのに今はまるで悪戯ばかりする妹の面倒を見ている姉のようだった。

「まったく、何かあったらどうするつもり?」
「何かある時には、わたしはいつだってセイレネスにいるだろう?」
「……それは、ええ、そうね」

 レベッカは不満げに眉根を寄せた。反論できなかったことが不満だったのか、「うむむ」と腕を組んでみせた。イザベラは「ふふん」と鼻で笑うと、給仕係に向かって人差し指を立ててみせた。文字通り飛んできた給仕係からグラスを受け取り、イザベラは満足げに言った。

「さすがわかってるね。ウィスキーだ」
「この子たちの前で酔っ払わないでよ?」
「ベッキーじゃないんだから。ベッキーこそ間違って変なもの飲むなよ? 何かとさぁ、大変なんだから」
「のっ、飲まないわよっ! アルコールは飲みませんよぉだ!」
「ああ、そうそう! ところでさ、レニーとアルマの話はいつも聞いてるんだけど、きみとレオノールはもう三年付き合ってるって本当?」

 前のめりになって訊いてくるイザベラに、私たちはって頷く。

「いいねぇ、百合百合ゆりゆりしい。大変良いな。ね、ベッキー」
「え、わ、私は別にそんな関心ないし……!」
「ベッキーはわたしのことが大好きだもんね」
「好きは好きでも、私のはそういう意味じゃないわよ。私たちはどっちかっていうと相棒でしょ」
「いいね、相棒バディ。そういう関係も嫌いじゃないね」

 イザベラはグラスを煽る。ウィスキーを一気飲みとか、大丈夫だろうか。

「ネーミア提督は、その」
おかで提督はやめてよ。あと、イザベラとかイズーって呼んでよ。わたしもきみをマリーと呼ぶし、レオノールのことは、レオン?」
「レオナ、です」
「そうか、レオナか。でも、マリーからはレオンと呼ばれてるという情報があるのだけど」
「その呼び方は、愛する人にしか許してません」
「あ、そっか」

 イザベラは「ごめんごめん」と言いながら二杯目のウィスキーを飲んでいる。いつの間に手にしたのだろう?

「ちょっと、イズー。二杯はダメでしょ!」
「いいじゃん、色ついてるだけの水だよ、水」

 そう言いながら、イザベラは携帯端末モバイルを操作する。周囲には多くのC級歌姫クワイアたちがいるのに、まるでお構いなしだ。エディタたちV級歌姫ヴォーカリストたちはまるで慣れた様子で、少し離れたところに立っている。

「ハロー、マリア」

 マリアってことは、カワセ大佐?

「パーティ中なんだ。うん、そう。でさ、アレの件、もういいよね、伝えても」
「え、イズー、それって。まだ機密でしょ、ダメよ」
「マリアが良いって言えば良いんだよ。で、マリア、どうなの?」

 しばらくの沈黙。ここには百人以上の歌姫セイレーンがいるのに、イザベラ以外、誰一人喋ってない。だけど、当のイザベラも気にした風もない。

「オーケー! さすがマリア。話がわかるね! うん、今から」
「やれやれだわ」

 レベッカは肩を竦めて、眼鏡のレンズを拭きながら言った。

「アルマ、マリー。パーティを抜け出すことになると思う。主役なのにね」
「あ、それは良いんですけど、一体何についてのお話なんですか?」

 私はまだ二人の戦闘時との雰囲気のギャップについていけていない。

「あなたたちのふねだけ、まだ発表されていなかったでしょう? レオナの重巡・ケフェウスが主役みたいになっていたけど」
「完成、しているんですか? 私たちの艦」
「ついさっき、全システム実装完了の連絡が来たのよ」

 レベッカがイザベラを伺いながら言う。イザベラは頷いて「また後で」と通話を終了していた。

「というわけだから、ベッキー。ジョンソンさんに連絡して」
「なんで私が――」
「タガートさんでもいいよ?」
「そうじゃなくって!」

 ……とか言いつつ、レベッカは自分の携帯端末モバイルを操作していた。二人はきっと、ずっとこんな調子でやってきたんだろうな――私はこの短時間で、二人の過去を見た気になっていた。

「ベッキーはね、いつだってわたしにはんだ。それが自分の役目ロールだって思ってるのさ」
「それはあなたがいっつも暴走するからでしょ」
「それは主客転倒だよ、ベッキー。きみがノーと言うってわかっているから、わたしは全力で暴走するのさ」
「まったく……」

 レベッカは眼鏡のブリッジに指を当てて目を閉じる。

「あなたはいつもそうやって! 私に心配ばっかりかけて!」
「ごめんごめん。ベッキーには苦労かけっぱなしだから、そろそろ結婚しようか?」
「けっ、けっ……けっこん!?」
「だめ?」
「な、なに言ってるのよ、あなた」
「だめかな」
「……べ、べつに――」
「残念! 冗談!」
「なっ!?」
「でも本気!」
「えっ!?」

 イザベラがレベッカをもてあそんでいる。私たちは笑うしかない。

「提督方は普段はいつもこうだ」

 その声に思わず緊張する私。エディタ・レスコ中佐がいつの間にか私の隣に立っていた。おそらく、歌姫セイレーンの中で最も恐れられているのが、このエディタだ。何しろ敵にも味方にも容赦がない。エディタは銀髪に青い瞳にしてヤーグベルテの血を強く受け継いでいる純白とも言える肌の持ち主だった。そしてまた、反則級の美女だ。

「そうなんですか……」
「結婚云々は、確か去年もやってたな」
「ネタなんですかね?」

 レオンが訊いている。すごい勇気だな、レオン。私はガチガチで声が出ないよ?

「他にもいろんなバリエーションがある。大抵はイザベラがレベッカを翻弄するんだが」
「……でしょうね」

 あの鬼もかせるレベッカがいいように翻弄されているなんて、正直言って信じられない。

「あ、ジョンソンさんたちが車回してきてくれたわよ」

 レベッカが携帯端末モバイルを見ながら言った。イザベラは三杯目のウィスキーを飲み干すと、「よし行こう」と私とアルマの肩を叩いた。

「レニー、あと、レオナ、この場を任せる」
「了解です」

 レニーはにこやかにそう言って、私たちに小さく手を振った。レオンは少し不服そうだったが、さすがの彼女も意見することはできなかったようだ。

「一応最高軍事機密だからね、特別だぞ」

 そのままイザベラに肩を組まれて連行される私たちである。

「イズー、ちょっと! 二人が困ってるじゃない」
「じゃぁ、きみにはマリーをあげよう」
「そっ、そういう意味じゃないし!」

 二人は車に乗り込むまで、延々とこんなやり取りを続けたのだった。

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■本話のコメンタリー

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