02-3-2:フォックス2!

本文-ヴェーラ編1

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 まだまだ自由自在とまでは言えないがッ!

 カティは目の前の敵機を追う。周辺の空域にも神経を張り巡らせ、HUDに表示される情報を意識の奥で読み込みながら、目前の機体に焦点を合わせる。その敵機を支援しようと向かってくる機体もいたが、それは二番機を務めているエレナに全て任せる。目下この隊長機を撃墜することが最重要ミッションだ。

 超音速での接近格闘戦ドッグファイトは、即ち加速度Gとの戦いだ。カティの身にのしかかるエネルギー、振り回される力、身体的ダメージの蓄積。それらをどこまで誤魔化し、どこまでの損害を許容するかの駆け引きだ。限界ギリギリで戦い続けていれば良いというものでもない。カティはそのことはよく承知していた。

『スカーレット2より、スカーレット3。レーダーに敵機追加、三機!』
『スカーレット3、了解』

 カティの編隊から三番機が離れていく。彼の実力なら、三機くらいはどうにかなる――カティは瞬時に判断する。

 そうしている間にも、カティは短距離空対空ミサイルを撃ち放っている。敵機は回避行動を取ろうとするが、その尽くをカティの射撃で封じられた。

 数秒のせめぎあいがあったものの、そのミサイルは敵機もろともにぜ飛んだ。

「スカーレット3、状況を」
『二機撃墜。一機は――』
「目視で確認した。このコースならアタシがとすのが合理的だ。スカーレット2、敵性反応は?」
『そいつで最後、頼むわ』
「了解」

 カティはトリガーに指をかけ直し、はるか彼方に点のように見えている敵機を確認する。カティは仮想キーボードを叩き、残っていた多弾頭ミサイルを放った。敵機も同様におびただしい数のミサイルを撃ち込んでくる。双方の弾頭が迎撃の応酬を繰り広げ、空域を一気に加熱させる。敵機の弾頭が四つ、カティの機体に向かって突き進んでくる。カティは機関砲で一機を叩き落とし、そのまま機体をひねりながら海面に向けて加速した。

 アラートが鳴り響くが、カティは無視する。海面に激突しますよという警告だ。そんな事は理解している。海面激突直前に、カティは機体を起こしてノズルを進行方向に向け、オーグメンタを点火した。強烈な熱量が海面を焼き、機体が見えなくなるほどの水蒸気を生み出した。

「くっ」

 さすがにキツイ。カティは歯を食いしばってそれに耐え、そのままの勢いで空を駆け上がる。

「敵機視認……!」

 レーダーには他の敵は検知されていない。カティの驚異的な視力でも、空はただ青白いだけだ。カティは更に出力を上げ、重力をかなぐり捨てて敵機に迫る。見る間に敵機が大きくなる。慌てて回避行動をとりはじめたようだが――遅い。

 躊躇なくトリガーを引く。HVAP高速徹甲弾が面白いように敵機に吸い込まれ、その右の翼を根本からもぎ取った。カティはそのまま軌道を交錯させ上空へと突き抜けてから、逆噴射をかけて落下する。今度は重力を味方につけて、よれよれと飛んでいく敵機のジェネレータに正確に照準を合わせた。

「スカーレット2、空域情報」
『敵機なし。その一機でラスト』
「了解」

 カティはそう言うなり、とどめの一連射を撃ち込んだ。

「ミッション完了、おつかれ」

 カティがそう言うと、たちまち周囲が暗転した。ゆっくりとが開いて、室内灯の灯りが入り込んでくる。カティは立ち上がると軽く伸びをして、シミュレータの筐体きょうたいから外に出た。

「お見事」

 カティを出迎えたのはがっしりとした体格と浅黒い肌の持ち主だった。カティは一瞬でこの人物が誰であるかを認識し、弾かれたように敬礼をした。空軍教練の主任、つまり、空軍候補生たちの教程の責任者である、エリソン・パウエル少佐だった。

 パウエルはかつてはかの四風飛行隊の一つ、ボレアス飛行隊に所属した超エース級パイロットの一人だった。現役の超エースであり、国家的英雄でもある「暗黒空域」カレヴィ・シベリウス大佐、「異次元の手」エイドゥル・イスランシオ大佐と並び称されたことすらある人物だったが、四年前の戦闘で右足を失い、戦闘機を降りた。

 パウエルはいかつい顔に愛嬌のある笑みを浮かべてカティたちをねぎらった後、シミュレータ訓練を担当していたブルクハルト中尉に向かって尋ねた。

「中尉、シミュレータ訓練は何回目だ?」
「初回です」
「まさか」

 パウエルは目を丸くする。

「初回でまともに飛んだ上に、敵機を撃墜? 敵機のデータは?」
「そこまで高いレベルで設定したわけではありませんが、アーシュオンの飛行士アビエイターの戦闘行動を学習させたAIによる制御ですね」
「いったいどういうセンスだ」

 パウエルは肩をすくめてブルクハルトを見る。ブルクハルトは「まぁ、そういうこともありますよ」とさらっと応答していた。カティはもちろん、他の早々に墜落したり撃墜されたりした候補生たちも置いてきぼりである。パウエルは頭を掻いてから、カティの方に視線を戻す。

「君、名前は」
「カティ・メラルティンであります」
「メラルティン……か。ユーメラの?」
「肯定であります」

 杓子定規に応じるカティの言葉に、パウエルと、カティの後ろにいたエレナは苦笑を見せる。

「今すぐ四風飛行隊に推薦してもいいくらいの逸材だな。恐ろしいほどだ」
「恐縮です」

 カティは冷静を装うが、実態としては飛び上がりたいほどに興奮していた。かつて四風飛行隊に所属していた伝説的パイロットからそんな評価をされたのだ。嬉しくないはずもない。カティは必死にいつもの無表情を押し通そうとしていたが、カティの内面などパウエルにはお見通しだった。

「この三人はダントツということだな。全く恐ろしい人材が揃ったものだな。ブルクハルト中尉、クロフォード中佐にも今の戦闘データを送っておいてくれ。後で俺から説明する」
「承知です、少佐」

 ブルクハルトは飄々と応じるなり、手元のタブレット端末を操作する。

「参照用パスを送っておきました」
「ご苦労」

 パウエルは頷くと、カティの方を見て一つ頷いた。

「予定外ではあるが、どうかね、メラルティン。彼と一騎打ちなんてのは」
「彼? 一騎打ち、ですか?」

 カティはそう問いながらも、さっきまで乗っていた筐体に乗り込んだ。

『彼は強敵だが、気楽にやってくれ』
「りょ、了解しました。スカーレット1、発艦テイク・オフ

 設定機体は先程と同じ――F108Pパエトーン。先日配備され始めたばかりの最新鋭戦闘機である。その性能は、数値だけを見ればアーシュオンの主力攻撃機F/A201フェブリスを大きく凌ぐ。

 だが、敵機として現れたのは、そのF/A201フェブリスだった。

「これは相当なハンデだな」

 パウエルがブルクハルトに言う。ブルクハルトは端末から目を上げようともせずに「ですかねぇ」と応じた。そのやる気のない反応に、パウエルは苦笑して、他の候補性たちとともにシミュレータルーム正面にある巨大なスクリーンに目を移す。そしてちょうど隣りにいたエレナに声をかける。

「君も初シミュか?」
「はい。全員初だと思います」
「まったく、君たち三人はどこまで成長するのやら、だ」
「恐れ入ります」

 エレナは隣に立つもう一人の候補生と共に言った。そこでブルクハルトがスクリーンを指差して言った。

「少佐、始まりますよ」

 スクリーンにはカティの視界、そして敵機の視界、それらを俯瞰した映像、AWACS早期警戒管制機からの空域情報が映し出されている。

『スカーレット1、接敵エンゲージ!』

 カティの鋭い、しかし落ち着いた声が室内に響いた。

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