02-3-3:一騎打ち

本文-ヴェーラ編1

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 カティが接敵を宣言するのとほぼ同時に、シミュレータルームにクロフォード中佐が入ってきた。エレナたちは揃って敬礼するが、クロフォードは彼女らに一瞥をくれることもなく、パウエル少佐に向かって話しかける。

「ブルクハルト中尉に話があって、向かっている最中だった。丁度いいタイミングだったみたいだな」

 クロフォードはそう言って、巨大なスクリーンに目をやった。パウエルはそわそわと落ち着かない候補生たちを着席させると、クロフォードの隣に並ぶ。

「俺には何が起きているかはちんぷんかんぷんなんだが、つまりこのカティ・メラルティンという候補生というのは天才ということでいいのか」
「私の語彙力ではそうとしか言えませんな」

 パウエルの返答に、クロフォードは「ふむ」と頷く。

「シミュレータ教練は始まったばかりだし、メラルティンの機体は……F108Pパエトーンか。まだシミュレーションデータはできてなかったはずだが」
「ブルクハルト中尉ですよ。彼が三日で組み上げました」
「はは」

 思わず笑うクロフォード。

「彼もまた天才だからな。もっとも門外漢の俺には凄さが一割もわかってはいないだろうが」
「私にもわかりませんな」

 パウエルはもっともらしく頷き、またスクリーンを見上げた。彼の視線の先には、見事な機動マニューバで多弾頭ミサイルの群れを掻い潜るF108Pパエトーンがいる。無論、カティの操縦する機体である。対するF/A201フェブリスは、その武装搭載数に物を言わせて、間断なくミサイルや機関砲を撃ち込んでくる。ハリネズミを彷彿とさせるその攻撃を前に、さすがのカティも接近できずにいる。そして、カティの放つ多弾頭ミサイルも、その弾幕によって阻まれていた。

「防御が厚すぎる……!」

 カティは左手で仮想キーボードを叩き、右手と両足で機体を制御しながら呻く。シミュレータとはいえ、加速度Gも再現されているため、あまり無茶な機動マニューバはできない。天地すらひっくり返る、精巧なシミュレータだ。

 どこへ行った!?

 ヘルメットのバイザーに表示されている情報から、F/A201フェブリス消失ロストする。ECM電波妨害だ。だが、そんなことはカティにも予期できていた。むしろ今までレーダーに映っていたのが不思議なくらいだ。

電探レーダーを頼るか、我が目を頼るか」

 カティは瞬時に決断する。電子の目を復活させる時間はない。仮にレーダーが復旧したところで、次なる論理攻撃があるだろう。今は論理ロジック物理フィジック、両方を相手にしてやれる余裕はない。カティは周囲を見回し、そして両足のペダルを押し込んだ。

「オーグメンタ、点火!」

 胸を殴られたかのような衝撃がくる。思わず息が止まる。機体が加速する。薄ら白い雲が視界を塗り潰す。周囲で近接信管が炸裂する。耐弾防御装置ショックアブソーバの展開で事なきを得る。

 追いすがるミサイルの群れから逃げる。ひたすら逃げる。その間に、敵機の位置を補足する。自律機動ミサイルポッドが間断なく長距離空対空ミサイルを撃ち込んでくる。厄介だ。

 カティは機体を立てて、成層高度まで一息で上がる。呼吸が苦しい。しかし、ミサイルは止まらない。逃げてばかりか。いや。

 一秒の数分の一という単位で進行していく戦闘状況に、カティはほとんど反射神経だけでついていく。意識を認識していては遅い。感じるままに、直感に従って動くしか無い。無意識に仮想キーボードが叩かれ、無意識に視線が動く。シミュレータ初日。しかし、ずっと前からこのを知ってたのではないかというような――。

 立て続けに襲ってくる振動。機体を掠めたHVAP高速徹甲弾が数発。曳光弾が虚しくカティを追い抜いていく。損害ダメージは軽微。取るに足らない。

 カティは機体制動プログラムを書き換える。制動安全装置を解除する。こんな事を実機でやったら怒られるでは済まされないかも知れない。が、今のこの状況を打開するためなら、この行為は必要だった。F108Pパエトーンのメインブースターを停止、同時に両翼ブースターを進行方向に向かせてオーグメンタを点火する。超音速がゼロになる。同時に翼を折りたたみ、自由落下へと持っていく。

 機体が錐揉みを始める。が、これはカティの計算通りだ。カティは躊躇なく最後の多弾頭ミサイルを放った。回転運動をしながら弾頭が分離し、一瞬視界に入った敵機、F/A201フェブリスに向かって飛んでいく。カティは両翼のブースターを正位置に戻すと、さらに安全装置を解除する。ブースター出力の限界値を取り払う。

「行けぇッ!」

 錐揉みを力づくで制し、向かってきていたF/A201フェブリスに突撃する。MCS機体制御システムがアラートを連発する。カティは舌打ちしつつ、それらを全て無視する。

「スカーレット1、フォックス2!」

 近距離空対空ミサイルを真正面から撃ち放ち、同時に30mm機関砲を連射する。F/A201フェブリスも機体各所の機関砲を撃ち込んでくる。多弾頭ミサイルも、近距離空対空ミサイルも全て迎撃されてしまう。機関砲も当たらない。

 ――照準システムがやられてる!

 カティは舌打ちするや否や、敵機と交錯しながら機体のシステム防壁ファイアウォールを確認する。巧妙に穴が開けられている。機体の防御プログラムが機能していない。

 カティは瞬間的にその穴を塞ぐ。照準システムを直す余裕はない。ズレさえわかればどうにかなる。カティは機首を背面飛行状態で敵機に向ける。機関砲を一連射し、目を細める。

「右に0.5、上に1.5程度か」

 カティは自動照準装置に対して誤差修正の数値を入力する。キーボード入力がもどかしい。

「オーグメンタ点火!」

 ごう、と音が鳴ると同時に、強烈な加速度がカティを襲う。敵機は目前。機関砲誤差修正よし。赤いトリガーを引く。

 が、その瞬間にF/A201フェブリスが視界から消える。いや、カティが追い抜いてしまったのだ。

「逆噴射か」

 F/A201フェブリスの可変ノズルでそんな芸当が出来るなんて聞いたことはないが、カティは目で見たものを優先した。右手の操縦桿を引き、左手をコントロールパネルに移動して機体を捻り上げる。機関砲弾がバタバタと翼下を通過していく。危なかった。

 ともえ戦か。カティは歯を食いしばって加速度を弾き返す。敵機は頭上。そのままひねって追う。敵機も変幻自在の機動で後ろにつけてこようとしている。いや、完全に背面を取られた。カティはほとんど自動的にフレアをいた。目くらましにはなるだろう。

 その駆け引きの間隙を縫うようにして、カティは再び機体制御システムを書き換える。まるで宇宙を目指すかのように機首を上に向け、オーグメンタとブースターを全開にする。

「両翼ブースター、切り離しパージ!」

 燃料を使い切った重量物を切り離したことで、ぐん、と、機体が加速する。敵機は見えない。が、背後にいる。しかし、かなりの距離ができている。

機体制御装置バーニア制御システム、アクティヴェート」

 F108Pパエトーンから搭載されている姿勢制御システムだ。ただ、機体へのダメージが大きく、通常は使用を許可されない……はずだ。

 カティは機体を一気に地表方向へと向ける。まっすぐ下に敵機がいる。カティは重力の助けを借りながら機関砲を乱射する。照準は目視。掃射バラージならばブレがあったほうが良い。敵機も機関砲を撃ち込んでくる。数発が翼に穴を開けた。

「なぜ当たらない!?」

 F/A201フェブリスの運動性能でこんな回避行動が可能だっていうのか?

『よくやるわね。さすがと言っておきましょ』
「ちっ!」

 通信回線を盗まれた。あっちにはそんな余裕があったというのか。こっちには通信遮断の余力はない。

『あなたの実力は十分把握できたわ。お疲れさま』
「対地ロケット!?」

 すれ違いざまに撃ち込まれたその攻撃に、カティは目を見張った。が、それまでだった。シミュレータが暗転し、が開いた。室内灯がやけに暗く見えた。

「……やられた、のか」

 善戦はしたと思う。カティは溜息を吐きつつ、ヨロヨロと立ち上がった。そんなカティに手を差し伸べたのはエレナだった。

「おつかれ」
「ああ」

 加速度にやられたのか、カティの呼吸音にはノイズが混じっていた。そんなカティのところに、クロフォードが近付いた。

「君がカティ・メラルティンか」
「い、イエス・サー」
「何、肩肘張る必要はない。俺は空戦の素人ではあるが、パウエルの興奮ぷりを見ていて、君がどれほどのセンスの持ち主かは理解したつもりだ。今回は相手が悪かった」
「あ、相手。そうだ、今の敵のパイロットは……」

 カティは周囲を見回す。が、部屋の中には見知った顔しかいなかった。パウエルが肩をすくめる。

「彼は別の場所から参加している。その正体は俺もよく知らん」
「クライバーか?」

 クロフォードが尋ねると、パウエルは少し苦い顔で頷いた。クロフォードは大袈裟に息を吐く。

「中央の連中があれこれやっていた件だな。まったく胡散臭いな」
「あの、中佐殿?」
「ああ、いやいや、こっちの話だ。それよりも、その実力ならアレだな。にも耐えられそうだな」

 クロフォードが何気なく口にしたその言葉に真っ先に反応したのは、パウエルだった。

「実戦配備って、中佐。まだこの子たちは一年ですよ」
「敵さんは待っちゃくれない。敵が来た時、逃げていいですよとは言えんのだよ、少佐」
「しかし……」
「ヤーグベルテは今、かつて無いほどの危機にあるのだ、少佐。計画も遅れているしな」

 クロフォードは聞こえよがしにそう言った。そしてカティの方へと向き直る。

「引き続き修練に励んでくれ。の次代を担う英雄をね、我が国は求めているんだ」

 そう言うなり、カティたちの敬礼も確認すらせずにクロフォードはきびすを返して出ていった。

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