多弾頭ミサイルの群れが、敵機に襲いかかる。だが、敵は五倍。敵機からも当然、五倍のミサイルが放たれてくる。カティたちは更に散開し、各個に退避行動に移る。隊長機であるカティには全部で二十もの弾頭が迫ってきていた。カティは特集で見た暗黒空域シベリウス大佐の機動を意識しながら立ち回る。
『クリムゾン1、弾幕の影へ!』
レベッカの声が聞こえた瞬間、カティを追っていたミサイルの半数が消滅した。戦艦エラトーからの電磁投射砲による対空砲火だった。カティは「ありがたい」と呟くなり、機体をひらひらと弾幕の裏側へ逃げ込ませる。追ってくるミサイルはことごとく粉砕される。
「助かった、ベッキー」
『対空支援入ります。目標、敵機半数。ヴェーラ、いいわね?』
『了解。ベッキー、FCS!』
『システム接続、完了。FCS、ユー・ハヴ』
『アイ・ハヴ! 同期邀撃行動、開始!』
空が、海が、光る。それはもはや、意志を持った光る蛇だ。うねるようにして叩きつけられる火力は、文字通りにミサイルを飲み込み、迫りくる敵機十数機を撃墜した。
「なんて威力だ!」
カティの声は掠れている。カティの目の前に戦艦たちから送られてきた敵機の情報が浮かんでいる。全てがF/A201。残敵、雷撃装備十二、爆撃装備十、制空装備六。今の一撃で敵機総数の約半数が撃墜されたということになる。対する味方機もすでに半数。カティも含めて六機だ。
雷撃装備の三機が超低空でヴェーラの戦艦・メルポメネへと迫っている。カティは一も二もなくF108Pの機首をそちらに向ける。高度を合わせて海面を叩く。オーグメンタの熱量が海面を炙る。敵機はすでに魚雷投下態勢だ。一刻を争う。
「ヴェーラ、雷装の三機に気付いているか」
『もちろん。でも今は爆撃機への対処に忙しい。カティ、頼みたい』
「わかった」
間に合え!
カティはペダルを全力で踏み込む。海面が衝撃波で断ち割られていく。敵機との距離が見る間に詰まっていく。戦艦の威容が迫る。
30mm機関砲から放たれた曳光弾が、数十発のHVAPを引き連れて敵機に突き刺さる。ジェネレータ部を破壊された敵機が、もんどりうって爆散する。
あと二機。カティは冷静に距離を詰める。さらに一機が爆ぜ散った。
「アブソーバ展開!」
破片から身を守るための対ショックゲルを展開しつつ、もう一気に照準を合わせる。
「しまった!」
魚雷が投下される。カティの機関砲によって粉砕される直前に、四本の魚雷が放たれていた。
「ヴェーラ、しくじった!」
『これだけなら問題ないよ、カティ。上空の爆装機体の撹乱をお願いしたいんだけど、いける?』
「わかった」
カティは機首を上げて、戦艦・メルポメネの巨体を這い上がるようにして上空へと抜ける。高度二万メートルを超えた辺りで、十機の爆装機が爆弾投下のチャンスを伺っている。
眼下を見れば戦艦たちは豆粒のようだ。だが、そこから放たれている破壊の光は実にえげつない量だ。
『カティ』
レベッカのやや硬い声が届く。
『爆装機体を引き受けます。制空装備の六機、おまかせします』
「わかった」
カティは空を駆け上がってくる六機のF/A202を確認して、背面からの急降下を行う。交錯時にお互いの機関砲が放たれる。
見える――!
弾道が見える。カティはその一千発を優に超える弾丸を全て回避する。自分でもどうやったかわからなかったが、とにかく無傷だった。対する敵機は二機撃破されている。
そんなカティの視界の端で、爆装機体たちが高度を下げ、次々と重質量貫通爆弾を投下していく。
『メルポメネ、戦闘モードをハルピュイアイレイザにシフト。目標、マーク! ベッキー、頼む』
『了解。エラトー、FCS、モードシフト。射撃同期完了――ヴェーラ!』
『掃射開始!』
空域が輝いた。投下された爆弾たちが一瞬で蒸発する。戦艦たちの絶対的な防御力だった。
確かにこれはシミュレータだ。実際の戦艦がどうなのかはわからない。だが、カティの知る戦艦と、今見ている戦艦は全くの別物だった。決して「巨大な的」などではなかったし、大艦巨砲主義に拘泥するお偉方の玩具のようにも見えなかった。確かに、これなら切り札と言っても差し支えないだろう――カティは唾を飲む。
『ベッキー、試験項目B』
『了解、試験項目Bに移行』
振り返れば僚機はたったの二機。エレナとヨーンの戦闘ログをフィードバックされている機体だった。だが、どちらも被弾している。あれでは制空装備の機体と渡り合うのは不可能だ。
『……やるかぁ』
『緊張感持って、ヴェーラ』
『はいはい』
何が始まるんだ?
カティは僚機を退避させ、単機で六機の制空戦闘機の前に再度躍り出る。容赦のない弾丸の雨が降り注いでくる。
「ちっ」
右の翼に二発食らった。が、致命傷ではない。機体の自己修復装置がある程度は頑張ってくれるだろう。ロックオンアラートが鳴り響く。文字通り四方八方から短距離対空ミサイルが照準をカティに定めていた。被弾さえしていなければ回避するチャンスはあった。
覚悟を決めたその瞬間に、ヴェーラとレベッカの声が響く。
『セイレネス発動!』
「うっ!?」
青、いや、緑。オーロラのような輝きがカティの視界を覆った。そして意識の内側に、何かの音が満ちてくる。心地よい音は、歌のようにも聞こえた。ついさっきまで延々とがなり立てていたロックオンアラートも聞こえない。どこを見回してもオーロラグリーンの輝きがあるだけで、敵機の姿はない。
「いまのは、なんだ?」
『敵航空戦力、殲滅完了。ベッキー、異常ない?』
『ソフトもハードも異常なし。すごいわね、これ』
すごいで済むのか? 事実上二隻の戦艦だけで制空権を奪った――のみならず、航空戦力を殲滅したんだぞ?
『カティ、これがセイレネスの性能とやら、みたいだよ』
「セイレネス……」
『次は試験項目C。カティたちは空域を離脱……しなくてもいいか。わたしたちより下がっていて』
「わかった」
カティはヴェーラにそう応答し、戦艦・エラトーの後方をぐるぐると回り始める。
『さぁ、始めよう、ベッキー。ターゲティングは任せる』
『エラトー、前に出ます。ヴェーラ、同期用意!』
『メルポメネ、準備完了。共時射撃、いつでも行ける』
『目標、敵前衛部隊。駆逐艦六、軽巡洋艦二!』
この距離から?
カティは目を疑う。どう考えても主砲の有効射程距離から外れている。二百キロは離れているのだ。
『エラトー、主砲装填完了。ヴェーラは?』
『全武装開放。おっと、敵さんがミサイル撃ってきた。ベヒモス7か』
どうするんだ? 最強最悪の対艦ミサイルじゃないか。カティはレーダーを注視する。二百キロもの彼方から高速で飛来してくる影が十ばかり見える。隠す気もないらしい。
『落ち着いて対処しましょう、ヴェーラ。モジュール・ゲイボルグ展開用意。ヴェーラ、シンクロさせて』
『モジュール・ゲイボルグ展開準備完了。ベッキー、トリガー、渡すよ』
『移管確認、行くわ!』
その声。カティが未だ聞いたことがないほどに張り詰めたレベッカの声。カティは目を見開く。オーロラグリーンに輝く海面が、空域が、いっそう眩さを増す。地球上全てを覆い尽くしてしまったのではないかと言うほどの鮮烈なグリーンが、カティの空間認識力を奪い尽くす。
『ミサイル全機撃墜、確認。このまま敵艦隊への攻撃に移行します』
『仰せのままに!』
ヴェーラの言葉と同時に、オーロラが晴れる。カティは機体を旋回させながら戦況を観測し続ける。光の槍が戦艦たちの前に幾本も現れた。にわかに信じがたい光景だったが――。
その槍が不意に消えた。
「!?」
水平線の彼方が輝いた。核兵器がまとめて炸裂したかのような閃光が空を灼いた。
「いったいなにが……」
カティの問いに応じたのはヴェーラだ。
『モジュール・ゲイボルグ、直撃確認。敵艦隊、八隻蒸発。十二隻、中破から大破。勝ったね』
『――敵艦隊、回頭開始。退却のようね』
『これがリアルなら追撃の要を認めるけど、ベッキー、どうする?』
『不要ね。シミュレーション終了よ』
『了解。カティ、ありがと』
ヴェーラの声が聞こえたと同時に、カティの視界が暗転した。