03-1-5:ピザ屋で語り合う未来

本文-ヴェーラ編1

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 藍色インディゴの大衆車がカティが初めて手に入れた乗用車だった。無論、中古車であるが、当然のように自動運転オートマ機能がある。玄関でヴェーラとレベッカを乗せ、目的地を確認するために携帯端末モバイルを確認する。ヴェーラがそれを奪い取り、素早くナビゲーションシステムに目的地を指示した。

「……住所まで把握してるのか」

 やや呆れ気味に言うカティに、ヴェーラは後部座席で胸を張る。

「基本だよ、基本!」
「いや、違うと思うわよ?」

 素早く突っ込むレベッカである。カティは苦笑しながらハンドルに手を乗せた。それを見てヴェーラが少し驚いた表情を見せた。

手動運転マニュアルで行くの?」
「練習はしてるから大丈夫だ」
「でも凍ったりしてるし?」
自動運転オートマだから安全っていう保証もないだろう?」

 カティはアクセルを踏み、士官学校の敷地から出る。年明け早々ということもあって、道路には車も人も見当たらない。カティの運転は堅実だった。手動運転マニュアル制限速度を几帳面に守っていたし、凍結路面を前にしても自動車の安定性を生かし切った操作で切り抜けていた。

「カティは乗り物マスターなのかな?」

 ヴェーラがレベッカに訊いている。レベッカは窓の外を眺めて頷いた。市街地に入った今、凍結路面はもう見られない。脇道の雪もすっかり消えていて、今が冬であることを忘れそうなほどだった。

「ていうか、お前たちってホイホイこんなところを出歩いて良いのか? 暗殺や誘拐だって起こり得るんじゃないのか?」
「物騒な話だけど、うん、そうだね」

 ヴェーラが軽い口調で肯定した。車はもう屋内駐車場へと入り始めている。

「私たち、常に護衛の人がついてるんです」
「……とは思うが、こうも見つからないものなんだな」

 カティは車を止めて、二人を下ろす。カティがドアを閉めると、自動的にロックがかかった。レベッカとヴェーラに両サイドを固められながら、カティはまた周囲を見回す。が、誰もいない。車は数台置かれていたが、人の気配はない。

「人間そのものがいるとは限らないよ、カティ」

 ヴェーラはニッと笑いながら言う。

「小説とかドラマだと尾行の達人みたいな人が出てきたりするけど、そんなのは二十年前にはほとんど絶滅だよ」
「そ、そうなんだ」
「そして今は、ありとあらゆる方法で、ありとあらゆる場面のわたしたちが観察されているというわけ。護衛、という名目のもとでね」
「それは……平気なのか?」
「うん、まぁ」

 煮え切らないヴェーラの返事を、レベッカが補足する。

「フェーン少佐が管轄しているので、私たちもある程度の信頼感があるというか」
「へぇ」

 あの強面の人がね。筒形のロボットがカティたちを出迎え、そのまま奥の個室席へと案内する。いつの間にか予約が入っていたようだった。

「ヴェーラか?」
「違うよ。護衛の人のお仕事」
「人っていうかAIよね」

 カティは「なるほど」と相槌を打ちながら、壁にめり込むようになっている半円形のテーブル席に落ち着いた。カティを真ん中に、右にヴェーラ、左にレベッカである。ヴェーラは例の筒形のロボットに対して、素早くピザを三種類注文していた。その電光石火の行動に、レベッカは苦笑し、カティは思わず声を上げて笑ってしまう。

 ほどなくして運ばれてきたピザをヴェーラは手慣れた様子で切り分け、誰よりも早くかぶりついていた。美少女らしからぬ食べっぷりに、レベッカは「あなたねぇ」と言いつつちびちびと食べ始め、カティはアイスコーヒーを飲みながら目を細めた。

「カティはさ」

 一枚目のピザを一人で半分以上片付けてから、ヴェーラが呼びかける。

「何でこんなに優しいかなぁ」
「アタシが優しい?」
「あれだけの経験しててさ、それからもつらかったんでしょ」
「ヴェーラ、あなた」
「いいさ」

 カティはピザを一切れ取って、また目を細めた。紺色の瞳が少し揺らぐ。

「優しく見えるのは多分、そうだな、無関心だからだよ」
「無関心なの? わたしたちにも?」
「いや、お前たちは違うけど」

 カティはアイスコーヒーをまた一口飲んで、小さく息を吐く。

「だってさ、怖いじゃないか」
「怖い?」

 ヴェーラとレベッカの声が重なる。

「軍人になろうってのにどうなんだって思うが、特別な関係になった人間が死んだら、悲しいじゃないか」
「だから距離を?」
「そうさ、ベッキー。あの時に刻まれてしまったんだろうな、そういう性質」
「あ、ロボくんロボくん!」

 そんな話の空気を読まず、ヴェーラは傍を通りかかった筒形ロボットに声をかける。

「食後のデザートちょーだい。ガトーショコラ!」
『三つでよろしいですか?』
「アタシはいらない。二つで」
『かしこまりました』

 ディスプレイにつぶらな瞳を表示させてから、筒形ロボットは去っていく。

「……そんなに食べて、太らないのか?」
「太る!」

 ヴェーラは胸を張ってそう言った。カティの左隣ではレベッカが涙目でむせている。

「美少女は太らないもんだろ?」
「カティ、小説とか読みすぎ」

 ヴェーラが右手を振って言う。レベッカも頷いている。

「わたしたちが美少女なのは事実だけど、太るよ。すごく太る」
「ヴェーラは食べ過ぎなのよ。ピザ食べてソーダ飲んでケーキ食べて……」
「ベッキーは食べなくても太るじゃん?」
「うっ……」

 致命傷だったようだ。レベッカはジト目でヴェーラを見て、アイスティーのストローをくわえた。ヴェーラは悪い笑みを浮かべつつ、カティに話題を振る。

「カティなんてものすごい筋肉あるんだから、もっと食べた方がいいんじゃないの?」
「それが、そんなに食べなくても筋肉だけはついていく」
「羨ましいです……」

 レベッカがふてくされたような表情で言った。カティはそんなレベッカの肩を軽く叩く。そして運ばれてきたガトーショコラを見て、呟いた。

「懐かしいな、ケーキ。小さい頃、作ってもらったのを辛うじて覚えてる」
「……そっか」

 ヴェーラは手を止めて、カティを見る。空色の瞳がほんのり揺れていた。

「ヴェーラ、だめよ」
「うん」

 レベッカの鋭い声に力なく応え、ヴェーラは「ごめんね」と呟く。カティは「見たのか」と尋ねてから、「いいさ」と首を振った。

「お前たちに隠さなきゃいけないことなんて何もない。だけど、嫌なモノを見たとしても、アタシは責任を取らないぞ」
「わかってる」

 ヴェーラはそう言って微笑んだ。

「でもさ」

 ケーキを片付けて、ヴェーラは一息ついた。

「このまま行ったらさ、ヤーグベルテはどうなっちゃうと思う?」
「え?」
「わたしね、ヤーグベルテはもう限界点にいると思ってる。去年の陸軍の死傷者数は島嶼奪還作戦だけでも五ケタに達している。海軍に至っては、一個艦隊相当が消耗した。死傷者は陸軍の二倍だ」
「ちょっとヴェーラ、今そんな――」
「いい。続けてくれ、ヴェーラ」

 カティの鋭い声音に、ヴェーラは少し表情を固くした。

「海軍の方が圧倒的に深刻なんだ。予算は空軍にほとんど持っていかれているし、しかし艦隊はどんどん損耗する。巡洋艦が沈んで補充されるのはせいぜい駆逐艦。小型砲撃艦フリゲート小型雷撃艦コルベットなんてこともしょっちゅうなんだ。もっともこの台所事情は機密。書類上はね」
「そんなこと、喋っていいのか?」
「だめだよ。だけど、フェーン少佐、いや、軍だって、わたしがカティにこれを話さないでは済まさないことは承知してる。にも関わらず邪魔が入らないってことは、黙認っていうことだよ」

 ヴェーラは目を細める。天井の明かりが鋭くそこに反射した。

「でね。海軍と空軍。明らかに今、空軍が力を持ちすぎているんだ。四風飛行隊という絶対的な看板と、圧倒的な実績があるから」
「……セイレネスっていうのは、海軍の権勢巻き返しの手段だって?」
「そ」

 カティの問いを短く肯定し、ケーキの残りを口に放り込むヴェーラ。一見すると柔らかい表情だったが、その目が微塵も笑っていないことにカティは気が付いていた。

「だから、海軍は現在最も勢いのある参謀部第六課と手を組んだ。正確には、ヤーグベルテ最高の参謀と呼ばれるルフェーブル中佐とね。で、そこを円滑に進めるために、今は参謀部から憲兵隊に転属させられたフェーン少佐をわたしたちの統括にえた」
「フェーン少佐とルフェーブル中佐は、かつて婚約されていたそうです」

 レベッカが情報を補う。

「もう相当以前に別れたとのことですが、仲は良いんです、フェーン少佐とルフェーブル中佐」
「そうなのか」

 カティが言うと、ヴェーラが「うん」と口を挟んだ。

「ちょっと前に一緒に食事したんだけど、なんで別れたのかサッパリわからないくらい仲が良かったんだよ」
「へぇ……」

 フェーン少佐の強面を思い出し、カティは唸る。ルフェーブル中佐の顔はもちろん知っている。顔面の大半に酷い火傷の痕がある女性だが、ニュースでその威風堂々とした佇まいを見た時、カティはなぜか懐かしさのようなものを感じたものだった。そして、毅然たる振る舞いを耳にするにつれ、そして撤退戦を見事に取り仕切る手腕と実績を目にするにつれ、エディット・ルフェーブル中佐という人物に対して興味が湧いてきてもいた。そしてそんな人物と食事ができるということで、ヴェーラやレベッカの、軍に於ける重要人物度合いがいよいよハッキリしてきていた。

「フェーン少佐、めっちゃいい人だよ。見た目は怖いけど」
「それは、そうだろうな」

 カティは頷く。見た目で損をするタイプの人物だということは理解できていた。

「これからもは続くんだ。カティも可能な限りお願いしたい」
「もちろん。戦闘機の訓練にもなる」

 カティは間髪入れずに頷いた。ヴェーラは微笑み、「よろしくね」と言った。

「明日もあるなら、そろそろ解散するか」
「そうだね。カティと一緒に暮らせたらいいのになぁ。ね、ベッキー」
「そうね。カティと一緒なら」

 レベッカはそう言って立ち上がる。手にしたカードを例のロボットにかざし、支払いを完了させる。出遅れたカティに、レベッカは左手を振った。

「経費です。経費。必要経費」
「それで実験が円滑に進むなら安いもんだろって、フェーン少佐が参謀部に掛け合ってくれたんだ。カティを呼ぶ前にね」
「なるほど」

 カティは頷いた。なるほど確かに、フェーン少佐は話の分かる人物らしい。ヴェーラはくるりと一回転して右手の人差し指を唇に当てた。

「わたしたちがいくら食事したって、APDSDS装弾筒付翼安定徹甲弾一発分にすらならないし。将来への投資と思って、納税者の皆々様にはご納得いただかないとね」

 将来への、ね。

 ヴェーラはまた光のない瞳で笑った。

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