04-2-3:核攻撃

本文-ヴェーラ編1

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 そのシミュレーション訓練から約三ヶ月。ヤーグベルテ統合首都にもほのかに春の足音が聞こえて来る頃である。この三ヶ月間、アーシュオンからの小規模な攻撃が止まることはなかった。アーシュオンの誇る潜水艦機動艦隊による神出鬼没な攻撃の連続は、軍はもちろん、国民をも疲弊させた。沿岸部の都市からは逃げ出す人々が列をなし、物流も大いに混乱した。

 海軍も空軍も常に総力を挙げて迎撃にあたっていたが、それら全ての戦闘の主導権イニシアティヴは常にアーシュオンにあり、ヤーグベルテの戦力は確実に摩耗していっていた。唯一健在な戦力というのが四風飛行隊である。アーシュオンは彼らを常に避けるような形で攻撃を仕掛けてきていたからだ。

 そこに投入されたのが、リチャード・クロフォード中佐である。士官学校統合首都校の事実上の責任者から、再び第七艦隊に籍を移したのだ。クロフォードは四風飛行隊を巧みに利用して、アーシュオンの出現位置を割り出した。最初の数戦こそ、第七艦隊は多大な戦果を挙げたのだが、今度は第七艦隊もアーシュオンに警戒され始めた。その結果、クロフォードらの戦闘機会は大幅に減ってしまった。

 丑三つ時に差し掛かった頃、固いベッドの上で目を開けたシベリウスは、即座に服を着替えて部屋を出る。目指す先は本艦・急襲航空母艦リビュエのCIC戦闘指揮所である。

「状況はどうなっている、料理長」

 CICに入るなり、シベリウスは艦長ウィリアムズ中佐にそう声をかける。ウィリアムズは小柄な男だったが、その筋肉質すぎる全身からは強烈な威圧感を放っている。厳つい顔立ちと、シベリウスをも凌駕するほどに鋭い目の力で、彼を知らない人間は誰もが近寄りたがらない。ウィリアムズの前職は料理人である。三十を手前にして軍に入り、エウロスの海上勤務部隊に入り、わずか十年ほどで佐官にまで昇格したという異色の才人である。シベリウスにとっては欠かすことのできない人材でもあった。

「何も起きてはいませんが、空が騒がしい」
「空か」

 二人の会話を、CIC要員たちは「?」を浮かべて聞いている。実際に海は静かなもので、特に何らの警報も情報も入ってきていない。ウィリアムズは浅黒い顔を一層に険しくして尋ねる。

「大佐も感じたのでしょう」
「ああ。嫌な予感がする」

 シベリウスは艦橋の正面上方にあるメインスクリーンを睨む。今は地図が映っているだけで、何も起きていない。だが。

 その時、通信班の班長が声を上げる。

「大佐、参謀部第六課より緊急通信!」
「第六課だと?」
「はっ、第六課ルフェーブル中佐より直接」
「回せ」

 四の五の言ってる暇はなさそうだとシベリウスは判断する。そしてウィリアムズ中佐の隣に備え付けられている椅子に座って足を組んだ。

『音声のみにて失礼する、シベリウス大佐。なにぶん、見せられたではないのでね』
「冗談言ってる暇があるのか、ルフェーブル中佐」

 シベリウスが言うと、第六課統括であるルフェーブルが「だな」と同意する。

「で、ルフェーブル中佐。何も始まってないうちにお前らが出てくるってことは、かなりやばい状況って理解でいいか?」
『肯定だ、残念ながらな』
「で?」
『アーシュオンが同時多発的大規模攻撃を仕掛けてきた。弾道ミサイル十六発を目下だが、状況は極めてまずい』
「迎撃中……!?」

 シベリウスのかすれた声が響く。ルフェーブルは淡々とした口調で続ける。

『一斉発射が確認されたのが四分……五分前。あと二分で迎撃態勢が整う。整うが、着弾予想地点のすべてをカバーするのは土台不可能だ』
「そこまでの飽和攻撃が?」
『肯定だ、シベリウス大佐。圧倒的飽和攻撃だ。残念ながら我々は命の取捨選択を迫られた』
「その貧乏くじをひかされた、ということか」
『そういうことだ』

 苦々しいルフェーブルの声に、シベリウスも渋面になる。このエディット・ルフェーブル中佐という人物を、シベリウスは全面的に信頼している。というより、参謀部全六課で、唯一その能力を認めているのがルフェーブル率いる第六課だ。その二つ名が表す「撤退戦」の指揮能力はもちろん、シベリウスはその人柄にも惚れていた。プライベートはともかく、その実務能力には非の打ち所がない。マシンのように冷静冷徹な判断を下すかと思えば、決定的な逆襲の機会を作ることもある。変幻自在な戦闘指揮には、現場の――たとえばシベリウスやウィリアムズも納得の上で従うことができた。

『ビアリク市に核が落ちた』

 ルフェーブルがそう言った数秒後、情報分析班の班長が声を上げる。

「エウロス本部より通信。ビアリク市に核弾頭、十から十二が着弾したとの報告」
「十……!」

 シベリウスとウィリアムズは顔を見合わせる。人口二十五万の都市に、核弾頭が十……!?

『残念ながらその情報は正確だ。推定四百五十キロトン。十二。全弾直撃だ』
「壊滅か」
『信じたくはないが、我々の立場からは楽観視もできん』
「……だな」

 シベリウスは立ち上がり腕を組む。鋭い顔立ちが刃のようにギラついていた。ルフェーブルが告げる。

『我が国はこれで三度目の核を許したということになる。約百四十年ぶりに、な』
「あのときの核弾頭の威力は二十キロトン。比較になるか」
『出力の話ではない。民間人の頭上で、非人道的兵器の炸裂を許してしまったことが問題なのだ、シベリウス大佐』
「違いねぇ」

 シベリウスは完全同意する。このルフェーブルという女性は、シベリウスが出会った中で最も女性だった。女性として、というより、人間として強い。シベリウスが感服する人間はそう多くはないが、ルフェーブルは間違いなくその一人だった。ヤーグベルテの裏の守護神――それが大袈裟な表現だとは、シベリウスは思わない。

『イルシア、メーゲン、アイボリックバーグ。都心部に直撃が出た。数十万が蒸発しただろう』
「冷静だな」
『私が取り乱してどうする』
「……確かに。しかし、軍の施設なんてなにもない街じゃねぇか」
『ああ。無差別ということだ。現時点推定死者数は八十万という数値をシステムが叩き出している。さらに増えるだろう』
「ちっ」

 シベリウスは舌打ちし、窓の外で何事もなくさざめいている夜の海を見た。

「俺たちへの指示は?」
『第一艦隊と第二艦隊を援護して欲しい』
「一艦と二艦……戦闘機なら飛ばせるが」
『それで構わない。F108Pパエトーンプラスの航続距離ならそれから十分戦闘ができるだろう』
「まさか、このために配備を急いだのか?」

 シベリウスの問いかけに、二秒ほどの間が空いた。

『数ヶ月前からイスランシオ大佐から情報をもらっていた。このような事態も起こり得ると。参謀本部はそんな可能性はないと耳を貸さなかったが』
「馬鹿な奴ら」
『同意だ、大佐。イスランシオ大佐の方を私は信頼している』
「慧眼、さすがだぜ」
調子が良くてね』
「あんたの冗談はいちいちキツイ」
『よく言われる』

 ルフェーブルは感情を感じさせない声でそう応じた。

『それで、シベリウス大佐。やってくれるか』
「拒否権があったとしても拒否しねぇよ。F108Pパエトーンプラス引き連れて行ってやるよ。敵は?」
『第三十三潜水艦艦隊』
「オーケー、クロフォードとこの前やりあった艦隊だな」
『手強いぞ』
「だからこその、エウロスだろ」
『第三課が譲ってくれたチャンスだ。我々のためにも手柄を立ててくれよ』
「アダムスの野郎、またやばいと見たら逃げたのか」
『いつものことだ。アダムス中佐は保身と出世の天才だからな』
「最悪だな」
『最悪だな』

 ルフェーブルはそう同意した。二人は互いの顔こそ見えなかったが同じような表情を見せていた。傷ついた獲物を前にした肉食獣のような表情だ。

「ルフェーブル中佐、こっちは俺たちでどうにかする。あんたは他をどうにかしてやってくれ。色々ズタボロだろ」
『ああ。酷いものだ。そしてどの課も及び腰だから、我々第六課がすべてを引き受けることにした』
「難儀な性格だな、あんたも」
『なに、おかげで今後がやりやすくなるさ。私は兵士も国民も見捨てない』

 ルフェーブルは全く揺らぎのない声で宣言する。それはとしての矜持きょうじの表れでもあった。

「あんたがいなかったらこの国は滅んでるかもな」
『私がいなければ、私以外の誰かが私を演じるだろう』
「あんたみたいな能力の参謀なんているのかよ」
『私は部下に恵まれている。それだけだ』
「まったく、惚れ惚れするね」

 シベリウスはそう言うと、CICを後にした。

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