04-2-2:vs 暗黒空域

本文-ヴェーラ編1

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 シベリウスの強さは圧倒的だった。実戦と全く変わらないシャープな機動マニューバでカティたちを翻弄する。天才とさえ称されるカティが、完全に遊ばれていた。ヨーンやエレナは、ついていくのが精一杯というありさまだ。徹底的に論理的に行動するハルベルトよりも、シベリウスは相手しにくい――カティはそう感じた。シベリウスの行動はとにかく読めない。読んだと思った時には別の回答が提示されている。つまり、撃墜されている。

 そんなミッションもともなれば、さすがに三人は善戦した。オンライン、オフラインで見学していた上級生たちも全く言葉を忘れて見入っている。カティたちの連携攻撃は確実にレベルを上げていたし、あわや命中弾というものも出始めた。だがシベリウスは全く慌てたそぶりもなく、いとも容易く回避する。そしてカティたちの背後に簡単につけてくる。かと思えば後ろにはおらず、下から機関砲の掃射を食らう。側面から攻撃が来たと思って回避してみれば、回避したその先にあり得ない角度から機関砲弾が飛んでくる。

「そうか! わかったぞ!」

 カティは頭の奥で情報を整理しながら声を上げた。その目はシベリウスの機体を捉え続けている。機関砲の一連射を放つが、弾丸は明後日の方向へ滑って行った。気付けばほんのわずかに水平方向に移動させられていた。これでは当たるものも当たらない。予測プログラムの裏をかかれているのかとカティは気付く。

『で、カティ! わかったって、なにが!』

 エレナのF108Pパエトーンプラスがカティの機体に並ぶ。カティは遥か遠くで旋回し始める黒いシベリウス機を見ながら答える。

「データリンクに介入されているんだ。大佐はアタシたちのネットワークに侵入している」
『よくわかったな! そう、筒抜けだ!』

 シベリウス機が急降下する。雲に飲まれて視界から消える。カティはレーダーに視線を送り、気付く。

「おかしい、レーダーが正常じゃない」
『電探がアテにならないのはいつものことでしょ』
「そうじゃない、欺瞞情報だ、これ」
『なんでわかるの?』

 なんでって言われても――カティはそう言いかけて、機体を天地反転させた。

「見えたッ! エレナ、下!」
『えっ! わっ、きゃあっ!』

 エレナ機が爆散する。シベリウス機の放った機関砲弾二連射が全弾命中していた。ひとたまりもない。

「ヨーン!」
『見えてる! ターゲットをロック! FOX2!』
『発射ボタンを押す瞬間に、人間は一番油断する!』

 シベリウスの声が響く。ヨーンはシベリウスを追っていたが、シベリウスは急に機体を反転させた。並の人間なら、自分の発生させた加速度で気絶するような機動マニューバ。しかしシベリウスは戦場でもたびたび同じ技を披露していることを、カティたちは知っている。知っていたのに、ヨーンはまんまと罠にはまった。

『しまった!』

 ヨーン機、大破。実戦なら間違いなく死んでいる状態だった。

 F108P-BLXブラックパエトーン、全体の性能はアタシのとそんなに変わらない。すごいのは操縦追従性だ。カティは瞬間的に仮想キーボードを叩いて幾つかの機動制御プログラムを書き換えた。もっと、もっとアタシに馴染め! カティは今まで使っていたプログラムをすべて上書きする勢いで書き換えていく。その間にも、シベリウスからの攻撃を二度、三度と凌いでいる。

『やるな、動きが変わったぞ』
「大佐、まだ負けない!」
『オーケー、行くぞ、カティ・メラルティン!』

 シベリウス機が成層高度まで駆け上がる。カティも後を追う。シベリウス機が前方へとミサイルを放つ。

「?」

 意図が読めずに混乱するカティだったが、瞬間的に自分も多弾頭ミサイルを打ち放った。シベリウス機の前方に展開したミサイルの弾頭が冗談のような機動をとってカティに向かってくる。カティのミサイルの小弾頭たちとシベリウスの放った小弾頭たちが激突する。空間の熱量が爆発的に上がり、カティの視野をゆらゆらと歪めた。

 カティの驚異的な動体視力は、シベリウスの小弾頭たちが細かく機動を変えているのを見て取っていた。それらが正確にカティの放った弾頭を撃墜していき、やがて残ったのはシベリウスのものたちだった。

「くそっ!」

 カティは迫ってくる三つの弾頭を正確にとらえている。相対速度は秒速一千キロメートル以上にもなる。だが、今のカティにはほとんど止まって見えていた。

 機関砲が火を噴く。一連射、二連射――。

「残りひとつ! 衝撃防御アブソーバ展開!」

 カティはそれを掠めるようにして飛んだ。近接信管が反応して爆発するが、展開した衝撃吸収ジェルのおかげで機体にダメージはほとんど来ない。

『やる!』

 一直線にシベリウスの機体に迫る。シベリウス機は機体を上に立て――。

「同じ手は食らうか!」
『だと思ったろ?』

 シベリウス機はそのまま機体を右回りにひねりこんでくる。カティの反応が一瞬遅れる。機首がカティ機の右斜め前に向けてまっすぐに突っ込んで来る。カティは左下方に逃げようとする。が、踏みとどまって右に機体を傾けた。その瞬間、二機が交錯する。互いに機関砲を打ち込みながら。

 撃ち負けたのはカティの方だった。シベリウスの黒い機体は全く無傷で、カティの機体は爆砕していた。

「くそぉ」

 シミュレーションモードが終了し、筐体の中が真っ暗になる。カティは首を振って筐体から出て、またため息をついた。

「おつかれ」

 すぐそこでシベリウスが待っていた。それに驚いたカティは気合を入れて姿勢を正す。ヨーンやエレナは軽く手を叩いていた。

「すげぇ奴がいたもんだ」

 シベリウスはそう言ってカティの左肩を叩く。カティは目を見開く。

「最後のアレは、俺が油断した。左に逃げると思い込んじまった。ところがお前は向かってきた。あんなこと、俺を相手にする敵がやるなんて、考えたこともなかった」
「大佐……」
「最後のは運だな、まさに運だ。たまたま俺が運を味方につけた。実力、技量の世界じゃなかった」
「きょ、恐縮です、大佐」

 カティはヨーンとエレナを少し戸惑った目で見た。二人は何度も頷いて、また小さく拍手をした。

「しかし、カティ・メラルティン。いや、カティと呼んでいいか」
「あ、は、はい」
「カティは俺のデータリンク介入を見抜いた。多弾頭ミサイルの個別制御を見抜き、あまつさえ撃墜した。そして俺の攻撃パターンを読んだ。あれが実戦でそのまま通用するとは言わねぇが、だが、お前には才能がある。間違いなく」

 それをはたから見ていたパウエルは驚いていた。シベリウスが手放しで他人を褒めることはまずない。ましてや戦闘機での戦闘技術に関しては。

「俺とのシミュレーションに手を挙げなかった奴ら。お前らは一つ、強くなるチャンスを逃がした。どうにかして取り返して、俺のところへやってこい。四風飛行隊に選抜されるだけの実力をどうにかして身につけろ。お前たちが生き残るためには、強くなるしかない。とにかく強くだ。運次第で強くても死ぬ。だが、やられたとしても納得できるか否か、それはな、てめぇがどのくらい強くなれたかにかかってる」

 シベリウスはその場の全候補生に向けて言った。

「強くなれば、守られる側から守る側になれる。誰かを守れる人間なんてのは、ほんの一握りだ。だが、そうなれば、また違う世界が見えてくる。その世界に踏み入れば、さらに強くなれる」

 シベリウスはそう言って、適当な締めの挨拶をするとすたすたと出て行ってしまった。パウエルは慌ててその後を追う。運動性能の高くない義足では、シベリウスの歩行速度に追いつくのは至難の業だった。

「なんだ、まだなんか用があるのか、エリス野郎」
「エリスって呼ぶなよ」
「エリス野郎、あいつらを殺させるなよ」

 シベリウスは振り返って鋭い目でパウエルを睨んだ。パウエルは言わんとするところを悟る。

F102イクシオンの件か」
「ああ。あんなクソみてぇな老朽機で戦えなんて言うんじゃねぇぞ」
「政府には逆らえんよ」
「ざっけんな、エリス野郎。てめぇが守らなくて誰があいつらを守れる。いいな、何があろうとF102イクシオンを飛ばしたらただじゃおかねぇ」

 シベリウスのその剣幕にも、パウエルは動揺しない。

「俺だってあんな粗大ゴミにヒヨッコですらない候補生を乗せたくなんてない。だが、ここはヤーグベルテだ。民主主義の国だろ。シビリアンコントロールが正常に機能していることを見せ続けなきゃいけない国だ。そのために――」
「戦力にもならない候補生たちを無駄死にさせて宣伝工作に使う。それのどこが民主主義だ」
「俺たちは少数派マイノリティだ。正常だろ?」
「ちっ」

 舌打するシベリウス。昔から舌戦ではパウエルには勝てない。

 シベリウスはパウエルに背を向けてから、思い出したように告げる。

「アーシュオンがいよいよ不穏だそうだ。エイディが伝えてきた」
「イスランシオ情報か。確度は高そうだ」
「ああ。よほどの確信がなければあいつは情報を流してこねぇ。気を付けておけ」

 シベリウスはそう言うと、大股で去っていった。

F102イクシオンでも磨いておくか」

 いつ博物館に送ってもいいように。

 パウエルは誰もいない廊下で大袈裟に息を吐いてから、カティたち候補生が残っているシミュレータルームへと戻っていった。

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