十三機の黒い戦闘機。その先陣を切るのは、無論のこと暗黒空域カレヴィ・シベリウス大佐のF108P-BX2である。現行技術を一つ飛び越えた、脳波コントロールを主体とする操縦系を持つ超攻撃型戦闘機の試作機として作られたものだ。
F108P-BX2は、型番も外観もF108の派生機であるように見えるが、これは偽装工作の結果であり、実際のところはどの系列にも属さない新機軸戦闘機である。シベリウスにとっては脳波コントロール機というのは前の機体F108P-BLXに次ぐ二機目であったが、その二機の技術の差は一世紀ほども離れているのではないかというほどに別物だった。しかし、わずか十時間の慣熟訓練でその操作をモノにしてしまっているのは、ひとえにシベリウスが天才だからだ。
「前方、敵機。F/A201だ。今度は有人らしい。マクラレン、エリオット、蹴散らせ」
『ジギタリス1、了解』
『ナルキッソス1、了解っす。ジギタリス隊の支援に入りまっす』
十二機が多弾頭ミサイルを撃ち放つ。アーシュオンの攻撃機も黙ってはいない。水平線の向こうからうんざりする数の多弾頭ミサイルが飛来する。
彼我のちょうど中央で双方のミサイルが噛み合って消滅する。無論、数に勝るアーシュオンのミサイルがその弾幕を抜けてくる。しかし、エウロス飛行隊の誰にもかすりもしない。
「これでやられた間抜けはいないな? まぁ、墜ちるのは構わんが、隊全員にフルコースを奢らせるからな」
『俺、ハンバーガー一年分がいいっす!』
エリオット中佐が軽口を返してくる。シベリウスはニヤリとして敵機の只中へと突っ込んでいく。アーシュオン側も吶喊してくるのがエウロス飛行隊、それも暗黒空域が来るということは知っていたはずだが、それでも明らかに動揺があった。敵機をかすめるようにしてシベリウスは飛び、そのついでに機関砲で四機を叩き落としていた。そのことごとくが、コックピットを粉砕されていた。シベリウスは決して殺し漏らさない。それもまた、暗黒空域が極めて恐れられる所以だ。戦っても勝てない。負ける時は確実に殺される。アーシュオンの飛行士たちは皆、それを強く刷り込まれている。
「俺は単機先行する。お前ら、この残敵を殲滅してから追いかけてこい」
シベリウスはまた一人をあの世へ送り込みながら言った。
『了解っす。さっさと片付けようぜ、ジギ1』
『言われるまでもない。隊長、ここは余力を持っておいた方が良いですか』
「そうだな、ある程度。セージ隊の援護ができる程度に、だ」
『了解。隊長はいつもどおりですね』
「肯定」
シベリウスは短く応じて、単機戦闘空域を抜けていく。誰もシベリウスを追いかけては来ない。当たり前だ、自ら死ににいくような真似をするはずがない。
程なくして母艦リビュエから衛星画像が送られてくる。そしてレーダーに敵艦隊との交戦海域の座標が表示される。あと五分程度で接敵できる程度の近さだ。
そしてすぐに六機ばかりの敵機が向かってくる。
「こっちに割く戦力があるとはね。一艦も二艦も、航空隊は何やってんだ」
飛来するミサイルを掻い潜って、反撃に多弾頭ミサイルを撃ち込む。それと同時にそれぞれの弾頭の機動制御を行って、敵の直前で炸裂させる。近接信管ではなく、手動でだ。
予想外の爆炎に敵機の隊列が乱れ、その直後に隊長機が粉砕される。シベリウスのF108P-BX2が爆炎を突き破って現れる。そのシベリウス機に向かって、敵艦隊の対空砲が撃ち上がってくる。味方機を巻き込むほどの熾烈な対空砲火だったが、シベリウスは難なく海面すれすれまで逃げ、そのまま機関砲を目の前の駆逐艦に叩き込んだ。機関部を破壊され、駆逐艦は身動きが取れなくなる。そこに第一艦隊に所属する巡洋艦の主砲が直撃する。
「やるじゃん」
シベリウスは賛辞を送りつつ、また高度を下げる。直上をCIWSの放った徹甲弾が掠めていくが、それ以前にシベリウスはそのすべての照準を歪めている。目視、あるいは手動射撃でない限りまず命中弾は出ない。このレベルの強力なシステム干渉能力は以前の機体にはできなかった。開発にはイスランシオ大佐が多分に協力しており、軍の広報によれば「異次元の手量産化計画」だそうだ。それにはシベリウスも納得せざるを得ない性能だった。
勢いを殺さず、超音速で海面を叩き割りながら、厄介な対空砲を持つイージス駆逐艦を次々と沈めていく。機関部を数発で破壊し、味方艦が沈めるというコンビネーションである。
「あの駆逐艦はハイペリオンか」
やたらといい攻撃をしてくる味方艦艇を見て、シベリウスは合点する。第一艦隊に配備されたばかりの最新鋭攻撃艦だ。駆逐艦といいつつ、その艦体は重巡洋艦を凌ぐ巨体だ。目立ちすぎるために敵艦にも集中的に狙われているが、その堅牢な防御力と火力に相当手をこまねいている様子だ。
「使わせてもらうぞ、ハイペリオン」
シベリウスが通信すると、すぐに応答がある。
『暗黒空域と戦えて光栄です』
「その艦、沈められちゃかなわねぇからな!」
シベリウスはハイペリオンに向けてしつこく垂直発射式対艦ミサイルを打ち込んでいる巡洋艦のミサイル発射艦に向けて対地ロケットを一発打ち込んだ。それで勝負あり、だ。
『リビュエより隊長。聞こえますか』
「感度良好、どうした」
『その敵艦隊、アーシュオンじゃない可能性があります』
「なんだって? キャグネイとかべオリアスか?」
『その可能性が。どうやらアーシュオンの兵力は組み込まれていない模様』
その言葉にシベリウスはしばし考え込む。無論、戦闘機動をとりながらだ。
「しかし、こいつらの装備は紛れもなくアーシュオンだぜ?」
と答えつつ、そういえば、とシベリウスは思う。アーシュオンにしては敵のレベルが低すぎるのだ。アーシュオンの艦隊だとすれば、現在の摩耗した第一艦隊と第二艦隊ではシベリウスの到着までもたなかったようにも思う。冷静に見てみれば、艦隊運動もメチャクチャだ。明らかに練度が低い。
べオリアスとキャグネイというのは、どちらもアーシュオンの同盟国家群である。そしてその三国で対ヤーグベルテ戦線、通称「ヤーグベルテABC包囲網」を張っている。もっとも、同盟とは名ばかりで、事実上どちらの軍もアーシュオンの支配下にあるようなものだ。
だが、この程度の練度相手なら、核は使わなくて済みそうだ――シベリウスはホッと胸を撫で下ろす。その間にもシベリウスは十機の航空機を撃墜し、四隻の駆逐艦を戦闘不能に追い込んでいる。青い空を煤で汚し、輝く海を血と油で汚染する。
機関砲の銃身を冷ますためにいったん上空に逃げたシベリウスだったが、その時ちらっと見えた海面に強烈な違和感を覚えた。
「なんだ?」
妙だ。そして俺の直感は当たる。シベリウスは全神経を尖らせて、戦闘海域を見下ろす。
これは何かおかしい。アーシュオンの艦隊ではない戦力が大規模に投入されている。シベリウスその人が核兵器の使用許可を与えられている。味方艦隊は善戦し、シベリウスが駆けつけて形成は逆転しつつある。まもなくエリオットとマクラレンが率いる計十二機のエウロス飛行隊が駆けつけ、さらに六機の核魚雷搭載機が到着する。
「できすぎてる」
そして海だ。海の中に何かいる。潜水艦かと思ったが、そうでもない。どれほど目をこらしても視認はできない。
シベリウスの視界に、第一艦隊旗艦ヘスペロスが入ってくる。旧型の航空母艦だが、三十年以上に渡ってヤーグベルテの海を守ってきた名艦である。
それが、前触れもなく、沈んだ。