07-1-6:1712時

本文-ヴェーラ編1

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 使い物にならないライフル、そして。視線を送りながら、カティは確かに絶望した。黒尽くめの兵士はナイフを振り上げ――。

 その直後に銃声が響き、兵士は前のめりに倒れ込んだ。派手な金属音が廊下を木霊こだまする。

「全く頑丈な奴らだ」

 ボロボロの通路から姿を表したのは、パウエル少佐と、火炎放射器一式をかついだアケルマン軍曹だった。パウエルは手にした大型拳銃を倒れている敵の頭部に向けて三発撃ち放った。それはヘルメットに弾かれたが、衝撃だけで頭部を破壊するレベルの威力を持っていた。現に今、ヘルメットの内側から大量の血液が流れ出始めている。

「こいつら、どうやっても殺せないが、ダメージは通る。こうしておけば数分は時間が稼げる」

 パウエルは浅黒い顔を殺気立たせながらそう言った。

「じゃぁ、今のうちに」

 エレナが提案するが、それを制したのはアケルマンだった。

「俺はここに残る。一匹厄介なやつが近付いてきているからな。お前たちは早く行け」
「俺も残る。この足では走れない」

 パウエルは義足を叩きながら尖った口調で言った。

「空に逃げればまだ可能性はある。F102イクシオンで隣の空軍基地まで逃げろ。いいな」
「わかりました」

 ヨーンが代表して答えた。その口調はひどく平坦だ――カティはそう感じた。その時、カティの耳に「ガシャンガシャン」としか表現出来ないような音が届き始める。

「やっこさん登場だ。ヒヨッコども、さっさと行け!」
「い、イエス・サー!」

 カティたちは声を重ねて反射的にそう応じた。アケルマンはニヤリと笑い、左手を振る。三人の若者が姿を消したのを見計らって、アケルマンは火炎放射器の投射準備を開始する。

「足止めになればいいんですがね」
「せめてバズーカの一つも欲しかったな」
「88mm速射砲は奪われましたしなぁ」

 そう言いながら、アケルマンはパウエルを横目に見た。

「で、少佐。あなたも行ってください。正直、邪魔です」
「火炎放射器だけでどうするつもりだ、軍曹、奴らには――」
「なぁに、下士官には下士官の戦い方ってものがあるということです」

 有無を言わせぬその口調に、パウエルは従うことに決める。死ぬ場所がここではなくなる――ただそれだけのことだと己を納得させる。数多くの兵士のみならず、候補生たちを死なせてしまった今、自分がおめおめと生きて帰ろうだなどとは思ってもいなかった。

「少佐殿。死ぬことはいつでもできるんですよ。大事なのは、いつ死ぬかなのです。そしてそれまでの間は、人間は貪欲に生きなければならない。それは権利でもあり、義務でもある」
「軍曹――」
葉隠はがくれのパクりですがね。勇気とは、死すべき場にて死し、討つべき場所にて討つ事――」
「そしてそれは義によって成る」
「正解です、少佐」

 アケルマンは左手の親指を立ててみせると、そのまま後ろに引いた。「行け」という合図だった。廊下の彼方に気配がある。向こうからこちらが見えているかはわからないが、見えているとすれば今ごろ蜂の巣になっているだろう。アケルマンは立ち込める土煙と窓があった場所から吹き込んでくる火災の煙に感謝する。

「さぁ、行ってください、少佐」
「しかし軍曹、命を粗末にして良いはずがない」
「どこで死ぬか、いつ死ぬか。その是々非々は誰にもわかりませんよ、少佐。自分は今、ここであいつを食い止めることこそが、自分の存在意義と感じている。それだけです」
「そのためにも、俺に生き残れと」
「少佐が生き残れば、あの三人の候補生が生き残る可能性もわずかに上がる。不満ですか」
「まさか」

 パウエルは首を振ると、意を決してその場を離れ始める。アケルマンはそれを確認すると廊下の床や天井に向けて火炎放射を開始する。薄暗く淀んでいた空気が一気に熱を帯びて輝き始める。パウエルは火炎放射装備を一瞬で脱ぎ捨てると教室の一つに飛び込んだ。直後、廊下をタングステン合金のHVAP高速徹甲弾が薙ぎ払っていく。戦車すら破壊し得る30mmのその弾丸、かすりでもしたら挽肉ミンチ確定の攻撃である。

 アケルマンは教室内で倒れている兵士から、手榴弾を三つ拝借する。せめてあのガトリングだけでも無力化できれば、脅威度は大きく下がる。兵士は殺せなくても、兵器は破壊できるに違いない。

「二十年ぶりの実戦。腕が鳴る」

 情けない戦いはできないぞ、と自分に言い聞かせる。武者震いの類もない。今の自分は最高のコンディションだ。アケルマンは自分の状態を確認しながら呼吸を整える。

 敵の足音がゆっくりと近付いてくる。あれを無事に通すわけにはいかない。少なくとも候補生たちが離陸するまでの時間を稼がなければならない。アケルマンはタイミングを見計らって廊下に身を乗り出して手榴弾を放り投げる。直後、掃射が襲ってくる。壁や床の破片が飛んでくるが大したダメージではない。

 掃射が落ち着くのを待って、アケルマンは再び手榴弾を転がした。炎に包まれた廊下の向こうに黒い兵士が立っている。信じ難いほどの巨体だった。アケルマンは手榴弾の炸裂を待ってから、再度身を乗り出して、今度はその巨人の胸元にめがけて手榴弾を投げつけた。炸裂と同時に教室を飛び出して走り出すアケルマン。狙い通りなら、ガトリングから弾は出ない。

 そして予想通りに弾丸の雨は襲ってこない。代わりに鈍い爆発音が響く。巨人が拳銃か何かのサブウェポンを抜いたのがわかる。アケルマンは「よし」と呟き、先程パウエルが倒した兵士を飛び越えた。

 その直後だった。

「――!?」

 背中を貫いた激痛に耐えかね、転倒するアケルマン。

「くそっ……」

 背中に大振りのナイフが突き刺さっていた。その切っ先は背骨をかすめ、肺を貫いていた。血を吐きながらも身を起こしたアケルマンの額に、銃口が突きつけられた。

 そこには復活したが立っていた。

 それは一切の言葉を発さず、迷いも見せず、引き金を引いた。執拗に。

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