もう少し、もう少しだ。ここを抜ければ格納庫に辿り着くことができる。
カティたちは息を潜めて扉の外をうかがう。
問題はまさに「ここ」だ。この扉を抜けてから格納庫までの数百メートル。遮蔽物は何もない。今もサーチライトが無音で行き交っていて、あれに捕われないように駆け抜けるのも無理筋だった。サーチライトに照らされる地面のそこここに、凄惨な状態の候補生や兵士の亡骸が転がっている。屋上に備え付けられていると思しき火器にやられたに違いなかった。
嫌でも故郷の村の惨劇を思い出す。カティは口に手を当てて何度か呼吸を繰り返した。その背中にヨーンの手が添えられて、それによって幾分落ち着きを取り戻すことに成功する。
ヨーンは目を細めてサーチライトの光を追い、その先にある格納庫の明かりを見る。
「このぶんだと格納庫も危ないな」
「格納庫に行くだけ無駄かもしれない」
カティが言う。そこでエレナがアサルトライフルを構え直す。
「悩んでる暇はなさそう」
「ちっ」
その言葉の意味を悟ったカティは舌打ちする。あの忌々しい足音が聞こえてきたのだ。距離はさほどない。もはや行くしかない。カティも銃を構えて暗い廊下の先を睨む。
先に撃ったのはエレナだった。激しい閃光がカティたちの視覚を焼く。カティもヨーンも、お構いなしに銃を連射した。しかし、銃撃が止まってもなお足音は近付いてきていた。暗い廊下に浮かび上がる黒い影。5.56mmの弾丸をものともしない重甲冑。止まらない影。
「出よう。このままだとアタシたち、誰も助からない」
あの黒尽くめの兵士と戦うのは無謀だった。奴らはどうやっても死なないのだ。対戦車砲でも殺せるかどうかは疑問だった。しかし絶望的なことに、その兵士はカティたちにめがけて飛びかかってきた。手には刃渡り六十センチにもなるナイフが握られていた。
その一撃を止めたのはエレナだ。アサルトライフルで止めていた。
「エレナ! 僕が!」
「二人は先に行って! 私、CQCじゃカティよりも強いんだから!」
「丸腰で何ができる!」
「みんな同じよ! なら、あなた達が行くのが良い!」
エレナはアサルトライフルを巧みに操って、ナイフでの攻撃を次々往なしていく。喰らえば一撃で致命傷になる攻撃を、エレナは正確に見切っている。
「早く! 外にも敵はいる!」
その直後、兵士の攻撃がエレナを襲う。エレナは寸でのところで弾き返す。兵士とエレナの体勢が崩れる。
「いい格好しようとするな、エレナ!」
カティがエレナを突き飛ばして兵士の喉元に銃口を向ける。そして躊躇なく三点バーストを撃ち込んだ。顎が上がっていた兵士は装甲の間隙を貫かれる。普通の人間なら、頭部が吹き飛んでいるような一撃だ。
それはこの化け物兵士にとってもさすがに重大なダメージになったのか、大きな音を立てて仰向けに倒れた。カティは躊躇せずに兵士の大振りのナイフを拾い上げ、装甲の損壊した喉元に深々と突き刺した。刀身を引き抜くと派手に血が吹き上がった。カティは返り血を受けながらも二度、三度とナイフを突き立てる。頸椎を切断したと思しき手応えを感じて、カティはようやく立ち上がる。
「カティ……」
闇に浮かび上がる赤い戦士の姿に、エレナは上ずった声を上げる。カティは顔にかかった血液を乱暴に拭き、「行くぞ」と告げる。
「惚れ直したわ」
「こんなときにバカを言うな」
「こんなときだから――」
エレナの言葉はそこで途切れた。響き渡った銃声にかき消され、倒れた音さえ聞こえなかった。