08-1-2:記憶の欠落

本文-ヴェーラ編1

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 シベリウスはソファに沈み込みながら、備え付けのテレビで垂れ流されているニュース番組を眺めている。実にどうでも良いニュースがに脚色され、さも重大なそれであるかのように報道されている。かと思えば、「今日の戦闘状況」というミニコーナーで、アーシュオンとの小競り合いの様子が大袈裟に放送される。そこには多分にという名のも含まれている。

 シベリウスの右斜め前に置いてあるソファにはイスランシオが座っていた。携帯端末モバイルとノートPCを駆使して、いつものように何かを探している。

 基地のあったセプテントリオ市が完全消滅してしまったため、ボレアス飛行隊は一時的にエウロス飛行隊の基地を間借りしていた。士官学校襲撃事件の後、なし崩し的にシベリウスの軟禁は解除され、そのため今はヤーグベルテの双璧たるエウロスとボレアスはほとんど万全の状態にあった。しかしそのせいなのか、アーシュオンからの攻撃は鳴りを潜め、偵察機同士が威嚇しあう程度の事件しか起きていなかった。ここのところの激戦、ことアーシュオンの新兵器が登場して以後としては、初めてと言ってもいいくらいのなぎの日々が続いていた。

「まるで待ってるみたいじゃねぇか」

 シベリウスが言うと、イスランシオは「だな」と同意する。

「士官学校襲撃事件。あれで被った被害と国内の混乱。その前の八都市空襲による大被害、艦隊半壊。それらの傷が癒えるのを待ってるみたいだ。ということだろ?」
「そうだ。普通に考えたらいまこそ攻撃の好機じゃねぇか?」
「あるいはアーシュオンにも動けない理由があるかもしれないが、見つからんな」
「見つからない?」
「ということは、何かあるっていうことだ」

 イスランシオは腕組みをすると目を閉じた。

「ところでレヴィ。士官学校襲撃事件だけを取ってみても、違和感しかないんだが」
「どういうことだ? 一部始終はがレポートしてくれただろ? あいつが私的な理由で俺たちを欺くこたぁねぇだろ」
「彼女だって参謀の一人だ。完全に信用するとバカを見るぞ」
「とは言われましても、だなぁ」

 シベリウスは、携帯端末モバイルを展開して、ルフェーブルから送られてきた状況報告を確認する。

「ゴーストナイトっていう特殊部隊に学校がやられた。とんでもねぇ犠牲が出た。あんな校舎内だけで千人以上の死者だってよ。二千いた軍人のほとんどが死傷。候補生も数百人。死者数が判然としないのは損壊がそれだけ激しかったかららしいし」
「知ってる。二人の天才がF102イクシオンに辿り着き反撃した。一気は対空砲で撃墜されたが、もう一機が反撃して敵の屋外部隊を殲滅した。そしてその候補生は隣の基地に無事に到着した」

 イスランシオは「お前が言っていたあのカティ・メラルティンという子らしいが」と付け足す。

「で、エイディ。それのどこがおかしい?」
歌姫セイレーンの件だ。敵性存在の選択的掃討。これは結果がそうだからそうだと言わざるをえない。しかし、あまりにも現実離れしている」
「それは俺も思った。だが、アーシュオンのあの三種の神器を見ちまったら、さもありなんとしか言えねぇよ?」
「だが待ってくれ、レヴィ。戦闘機が撃墜されたのは、セイレネスの発動後だっただろ」
が言うところでは、セイレネスによる初撃で敵の対空砲を打ち漏らした、んじゃなかったっけ」
「だったな」

 イスランシオはそう頷いた。その時、扉が開いて、シベリウスの副官、エルスナー大尉が入ってきた。手にはトレイがあり、その上にはコーヒーカップが二つ置かれている。エルスナーは表情を少し緩めて、二人の前にカップを置いた。

「すまねぇな」
「難しい顔をして何のお話ですか?」

 エルスナーはトレイを抱えながらシベリウスを見下ろした。シベリウスは「それがさ」とカップを取りながら言う。

「エイディがこの状況はおかしいって言い出してさ」
「イスランシオ大佐がおかしいっておっしゃるからには、何かおかしいんだと思いますよ」

 エルスナーはそう言ってイスランシオを見た。イスランシオはエルスナーをじっと見上げて呟く。

「やっぱりおかしい」
「え?」

 エルスナーが眉根を寄せる。シベリウスは身体をイスランシオの方に向けた。イスランシオは二人を見て、「俺は」とカップを持ち上げる。

「コーヒーを飲む習慣がある。しかし、俺はせっかちだからドリップなんてしない。しかし、このコーヒーは――」
「ドリップしたものです」
「だよな」

 イスランシオはそう言ってコーヒーの香りを吸い込んだ。

「なのに、俺はこのコーヒーを飲み慣れている。どういうことだ、レヴィ?」
「そりゃ、誰かがれてくれてたんだろ?」
「誰が?」

 イスランシオの問に、シベリウスとエルスナーが硬直する。シベリウスはコーヒーの黒い水面を睨み、ボソリと言う。

「俺の副官はいなかったのか?」
「そんなはずねぇよ。セプテントリオにいたはずだ」
「俺が副官の顔や名前を忘れるように見えるか? そもそも、俺の副官をお前たちが知らないことがあり得るか?」

 三人の間に沈黙が落ちる。

 その時、テレビがちょうど士官学校襲撃事件の特集を始めていた。最初に出てきたのはF102イクシオンによる空中線の様子だ。全て記録はないから、ある種の想像で作られた映像だった。

 対空砲火で撃墜されたF102イクシオンに乗っていたのは、一年次のエースと呼ばれていた青年だという。実力はあのカティ・メラルティンに次ぐという評価があって……。

「ん?」

 おっかしいな。シベリウスが首を傾げる。

 記憶の中の映像がおかしい。

 シベリウスはカティたちとシミュレータでバトルをしたことがある。何度も挑戦してきたその気概をよく覚えている。カティ・メラルティンと、ヨーン・ラーセン。

「……?」

 二対一? いや、そんなはずはない。二人ではいくらあのカティ・メラルティンが天才的であったとしても、俺とでは勝負にならない。

 シベリウスはカティたちとのシミュレーション戦闘を幾つか思い出そうとする。しかしどれもが二機相手では成立しない。

「クリムゾン、3……」

 そうだ、「クリムゾン3」だ。それでしっくりくる。つまり、相手は三機だった。にも関わらず、カティとヨーンの他にいたはずのもう一人が、どうしても思い出せない。思い出せない理由が探せない。

「なぁ、大尉。俺、士官学校から帰ったあとで色々話したよな?」
「はい、伺いました」
「その時、候補生の見どころがあるやつ、何人いたって言ったっけ?」
「ええと、確か二人……」

 エルスナーの回答に、シベリウスは眉根を寄せる。

「エイディ、これはいったいどういうことだ」
「な?」

 イスランシオはコーヒーに口をつける。

「おかしいだろ?」

 その声には、冷徹なまでに抑揚がなかった。

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