カティ、エレナ、そしてヨーンの三名がそれぞれにシミュレータで機体を飛ばす。カティたちクリムゾン隊が離陸した直後に飛来した数ダースもの巡航ミサイルが、滑走路や基地施設を破壊する。これで帰る家がなくなった。カティは小さく舌打ちしながら、隣接する基地までの距離を計算する。
『管制よりクリムゾン隊。敵機はFAF221が十二機。全機制空装備であることを確認している』
「クリムゾン1、了解。敵機を視認した。クリムゾン2、3、編隊を崩すな」
『相変わらずすごい目ね。クリムゾン2は視認してない。クリムゾン1、目を』
「了解した、クリムゾン2。アタシの視覚情報を送る」
『助かる。目標確認。ポンコツレーダーね』
『クリムゾン3より全機。情報同期、バトコン最大に』
「了解、バトコン最大。目標ターゲティング、プライオリティ・セット。管制、誘導は可能か」
『管制より、クリムゾン1、答えはネガティヴ。ミサイルで目をやられている。三機でどうにかしてくれ』
無茶を言う。カティは苦笑する。孤立無援とはこのことだ。
「クリムゾン2、3、多弾頭ミサイル、一番二番のミサイルトリガーをこっちに!」
『了解、クリムゾン3、トリガーパスコード送信』
『クリムゾン2、右に同じ、ユー・ハヴ』
「アイ・ハヴ。二人はレーダー照射を開始してくれ。座標は、今指示した」
カティはレーダー照射の開始と同時に、三機それぞれから二発の多弾頭ミサイルを撃ち放つ。恐らくこれでは一機も墜ちない。カティには分かっている。F102のミサイルの単調な動きでは、現役の戦闘機を叩くことはほとんど不可能だ。
案の定、その百を超える小弾頭は、空間の熱量を高めただけに終わる。だが、カティはそれを見越して、もうすでに三機で超低空飛行に移っている。ほとんど地上に腹を擦っているような高さである。相当な技術がなければ、この高度で安定した飛行は行えない。敵機のうち三機がカティたちに狙いを定めて進路を変更する。
「それでいい」
カティは上空を確認し、エレナとヨーンに散開を指示する。敵機が自律機動ミサイルポッドを射出したのを確認したからだ。その直後、上空から雨霰と誘導ミサイルが降り注いでくる。地上すれすれを行くカティたちを掠めたミサイルは、そのまま地上に激突して消えていく。再誘導の余地は与えない。
しかし敵機は次のミサイルポッドを打ち出してくる。カティたちは同じようにして、時に建築物を盾にしてやり過ごす。地上すれすれを飛び続けるカティたちに業を煮やした敵機が高度を合わせてくる。
「よし」
カティはその瞬間に機体を垂直に立てた。その間にエレナとヨーンは模範解答のように左右に散る。カティの機体のノズルが進行方向に向き、盛大に火炎を吹き出した。急制動をかけられた機体はギシギシを音を立て、ほとんど速度ゼロの状態になる。敵機が一瞬でカティを追い抜いていく。カティはオーグメンタを最大にし、反転宙返りを展開して、その尻尾に食らいつく。
カティが解き放った機関砲弾が最後尾の一機の尾翼を傷つける。その間に敵機三機をロックオンし、躊躇なく残りの多弾頭ミサイル二発を撃ち込んだ。通常なら、ここで勝負ありだ。だが、F102のミサイルの性能は低すぎた。敵機が振りまいたフレアにあっさり騙されて、無駄に散っていった。
機体も限界だぞ?
視界のあちこちにダメージレポートが貼り付けられている。あと数分飛べれば御の字だ。
『クリムゾン2より、クリムゾン1。敵機にロックされた。まずい』
「任せろ」
カティは瞬間的に左手でキーボードを叩く。猛烈な運指で発動させられていくプログラムが、機体のリソース占有率をどんどん上げていく。
接続確立!
コード、展開!
論理的にシステムを破壊するためのプログラムだ。このプログラムはボレアス飛行隊隊長、異次元の手・イスランシオ大佐が配布している練習用のものに、ブルクハルトが教えてくれた様々なテクニックを追加して成し遂げた、カティお手製のものだ。FAF221に最適化されたものだ。だから侵入さえできてしまえばどうにかできる――という確信がカティにはあった。
もちろん、その間、敵機も黙ってやられていたわけではない。カティ一機に狙いを定め、波状攻撃を仕掛けてきていた。カティは機体の負荷を気にしながらも、それらの攻撃を一撃一撃冷静に見極めて対処していく。玄人目に見たとしても、それは神業の領域だった。カティには敵機の攻撃の二手、三手先が見えていた。なぜか見えていた。
「クリムゾン2、敵機のロックシステム破壊。復活まで数十秒稼げる」
『クリムゾン3より全機。悪い知らせだ、高熱源体が接近中。F102の解析によると、フェニックスだ』
「なっ……!?」
カティは絶句する。この絶望的な状況に於いて、さらにその濃度が増すというのか。しかも、敵は、この三機の味方機もろともにこっちを撃墜しようというのか。
『クリムゾン3より、クリムゾン1。逃走を提案したいところだ』
「否定、それは許可されない」
『でも、コイツには対核装備なんてない!』
エレナの声が張り詰めている。カティは唾を飲み込むと、いよいよ目視できるようになった超巨大飛行隊を視認する。戦略爆撃機をも凌ぐその巨大さ。そこに搭載された数十機の核ミサイル。正式名称、自律目標補足式多弾頭核ミサイル発射装置搭載無人航空機・フェニックス。公式には使われた記録はないが、そのカタログスペックだけを勘案しても恐るべき兵器であるはずだった。
『クリムゾン3から全機。時間がない。僕がアレを引き受ける。体当たりしかない』
「だめだ!」
カティの鋭い制止しかし、ヨーンはそれに楯突いた。
『分裂前なら仕留められる。全体最適を考えるんだ』
「アタシの部分最適がイエスと言わない!」
カティはそう言って、追いすがる敵機を確認して急減速する。敵機がカティを追い抜くその寸前に、ありったけの機関砲弾を撃ち込んだ。着弾箇所が良かったのか、FAF221が火を吹いた。撃墜には至れないだろうが、継戦能力は奪えた。
『カティ! このままじゃ全員――!』
「わかってる! だが、しかし!」
その時、カティの耳に聞き慣れないアラートが鳴り響いた。
侵入――!?
気付いた時には遅かった。カティの機体の制御システムの二割以上が制圧されていた。もはや細かい機動はできない。
「あの一機は囮だったっていうのか!」
火を吹きながらも飛んでいる一機を恨めしげに見遣りながら、カティは呻いた。打つ手がなくなった。
『クリムゾン3より全機。だめだ、間に合わない。フェニックスが攻撃を開始した』
「くそっ!」
空域が核の熱量に包まれる。
――終わった。
カティはがっくりと項垂れた。