07-1-4:1705時

本文-ヴェーラ編1

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 火炎放射器の劫火が教室を焼き払おうとするまさにその直前、重甲冑を装備したその兵士は、激しい銃撃を食らってバランスを崩した。横殴りの鉄の暴風だったが、兵士は未だ倒れない。

「早く部屋から出ろ!」

 操作権でその黒い兵士に飛びかかったのは、あのアケルマン軍曹だった。火炎放射器という大型火器を持っていた敵兵士はそれに応じることができず、転倒してそのまま廊下を滑った。鈍い金属音が響く。倒れた兵士に向けて追い打ちの銃撃を行ったのはパウエル少佐だ。

「そいつはどこの所属だ」
「少佐、今はそれよりもとどめを」

 アケルマンは頭部を覆うマスクを剥ぎ取ろうとするが、どうしても外せなかった。パウエルは敵兵士の眉間に拳銃を押し当ててトリガーを引こうとした。

「ッ!?」

 まさにその瞬間に、その兵士は跳ね起きて、刃渡り六十センチはあるであろう巨大なナイフを引き抜いた。

「少佐は援護を。候補生、ここは俺たちが引き受ける。お前たちは講堂の方を回れ。外には出るな。屋上が占拠されているから狙い撃ちにされる」
「しかしアケルマン教官……!」

 カティが敵兵士の背中側から、アケルマンに呼びかける。アケルマンは右手にナイフ、左手に拳銃を握っていた。距離を測りながら目を細める。

「死ぬなよ、お前たち」

 ガシャンガシャンという物騒な音が近付いてきていた。カティたちには逡巡しゅんじゅんいとまさえない。パウエルが後ろを警戒しながら叫ぶ。

「行け!」

 頼みます――カティは首を振って、先頭に立って動き始める。

 廊下を少し進んだところで、カティたちは前方に数名の候補生たちを認める。彼らも空軍候補生だ。見知った顔だった。しかし、カティたちが彼らに追いつくことはない。廊下が光ったと思ったら、飛んできたのは彼らの手足、そして頭部だった。

「対人地雷……!」

 エレナがカサカサの声を発する。エレナもカティもヨーンも、血と肉片によって汚染されていた。全員が即死状態だったのは明らかだ。しかし、止まってはいられない。後方では未だに激しい銃撃音や金属音が聞こえている。アケルマンたちが戦っているのだ。しかし、ガシャンガシャンという足音は確実に接近してきている。どこから聞こえているのかは判然としない。しかし、確実に自分たちに接近してきている。

 三人は屍を踏み越え、先を急ぐ。

 数分と進まぬうちに、ヨーンがカティとエレナを近場の教室に放り込んだ。ヨーンもそのまま飛び込んできて受け身を取る。その直後に暗い廊下に強烈な閃光がはしった。カティたちの進行方向の廊下に、突如黒尽くめの兵士が現れたのだ。ヨーンの行動が一瞬でも遅ければ、前を進んでいたカティは今頃死んでいた。

「危なかった……」

 エレナが額の汗をぬぐう。しかし危機は去っていない。今銃撃した兵士の足音が着実に近付いてきている。ガシャンガシャンという音もまた、着いてきていた。

 カティはすぐに我に返るとライフルを構え、ドアの近くで息をひそめる。教室の中にも累々たる屍があった。それは単に射殺されたようなものではなく、明らかに拷問のようなものの痕跡があった。正視に耐えない亡骸ばかりだ。

 ヨーンはその中に陸軍の装備を発見し、二つの手榴弾を手に入れた。

「流石にコイツを喰らえばただじゃ済まないだろう、あの甲冑を着ていても」

 ヨーンは幾分早口で言うと、一つをエレナに手渡した。カティは頷いて、廊下に身を乗り出して銃撃してすぐに身体を引っ込める。その刹那、応射が廊下をいでいく。

「ヨーン、二十メートル!」
「わかった」

 カティの言葉を受け、ヨーンがまず動く。銃撃が止んだ瞬間に敵の兵士にめがけて手榴弾を放り投げた。鈍い音とともに爆発が発生し、爆風が廊下の壁を削っていく。生き残った数少ないガラスが砕ける音も聞こえた。

 その爆風が通り過ぎた瞬間に、エレナも手榴弾を投擲とうてきする。またも爆音が鳴り響く。カティは廊下を伺い、「倒れている」とだけ告げた。二発の手榴弾の直撃を受けてなお、即死したようには見えない。

「どういう構造なんだ、あの甲冑アーマー

 カティたちはその兵士の横を駆け抜けようとして、足を止めた。

「嘘だろ」

 兵士からは大量の血液が流れていた。のだが、その血液が目に見える速度でその兵士の中に戻っていっていた。

「カティ、まずい気配しかしない。早く講堂の方へ行くよ」
「あ、ああ」

 ヨーンに促されて、カティは走り出そうとして動けなくなった。ヨーンの背後に倒れていた兵士が、今まさにゆらりと立ち上がったからだ。

 不気味な呼吸音が、フェイスマスクの奥から漏れ聞こえてくる、それは全く無機的な呼吸音だった。

「ちっ!」

 ヨーンは彼らしからぬ舌打ちすると、後ろを向いてライフルの銃弾を叩き込んだ。しかし、その5.56mm弾は面白いように弾かれてしまう。跳弾が暗い廊下をチカチカと照らしあげただけだった。

「ヨーン、行こう!」
「二人は先に行って! ここは僕が食い止めるから!」
「そんなの、無理だっ!」
「行くんだ、カティ!」

 ヨーンが怒鳴る。その大音声にカティは思わず首をすくめた。エレナがそんなカティの右手を掴み、前方へと引っ張る。

「敵はあいつだけじゃない。まだいるの」
「でも、ヨーンを置いては行けない!」

 カティはエレナを振り払おうとしたが、その瞬間にヨーンの「伏せろ!」と言う声を聞いた。身体が勝手に反応し、カティはエレナを庇うようにして床に伏せた。砕けたガラスがいくつも刺さったが、そんなものに構ってはいられない。

「ヨーン!」
「まだ生きてる」

 ヨーンは身を起こすと、弾が切れたアサルトライフルを投げつける。黒尽くめの兵士は気にする素振りもなく、巨大なナイフを抜き放った。

 屋外では未だに散発的な銃撃音が響いている。

 ガシャンガシャンという足音も、暗い廊下の彼方で幾重にも反響している。

 眼の前の兵士がナイフを構えた。

「打つ手なしかよ……」

 カティはライフルの残弾も気にせずに、引き金を引いた。

「くっ!?」

 こんな時に弾詰まりジャムだって!?

 カティとエレナは、同時に絶望的な表情を浮かべた。

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