十二月一日、二二〇〇時――。
誰も何も言わない。レスコ中佐も何も言わない。レベッカもまた、沈黙を守る。無音という喧騒の内側で、私たちは暗黒の海を粛々と進む。
私は艦橋の督戦席で、ぼんやりと闇の空と海を見ている。月明かりもない、何もない海。周囲の艦艇の識別灯があるおかげで、孤独は感じない。艦橋の通信班員が「提督より通信」と告げる。ダウェル艦長が回線展開を指示すると、すぐにメインスクリーンにレベッカの姿が映った。私は督戦席から立ち上がり、敬礼する。
レベッカ・アーメリング提督は、もはや毅然としていた。私のように呆けてはいなかった。まるでこの冬の海のように凍てついたその表情に、私は心から震えた。
『決定事項を伝えます、マリオン・シン・ブラック上級少尉』
「はい」
私は言葉を待つ。レベッカは一瞬眉根を寄せたが、すぐにまた冷たい表情へと戻っていく。
『あなたの任務は、イズーに付き従ったC級および、V級の掃討です』
「私一人……ですか?」
「イエス」
私は思わずよろめいて、督戦席に手をついた。
「レスコ中佐も、レオンも、ハンナ先輩やロラ先輩やパトリシア先輩だっているじゃないですか」
『決定事項です。そもそもイズーの下にはクララとテレサがいます。真正面から当たれば、エディタとてただでは済まされないでしょう』
「私だったらなんとかなると……?」
『そう期待しています』
「そんな――」
『その制海掃討駆逐艦とあなたの組み合わせならば、圧倒できるでしょう』
私は回答できない。イエス・マム。そう言えばいい。のに。
『これは大統領府からの命令です。あなたたちの時代はまだ続く。損耗のリスクは避けるべきだとの提言がありました。よって、エディタたちにはアーシュオンの戦力の殲滅を任せます。私とあなたで、イズーたちを倒します』
「もはや――」
『そうです。イズーが死ぬか、ヤーグベルテが滅ぶか。……こんなことは、出撃時にはわかっていたことですよ、マリー』
「わかっていることと、納得できることは別です」
『文民統制の下では、私たちの思いなど無視されます。そしてそうあるべきなのです。だから、納得なんて……納得なんて』
レベッカの言葉が詰まる。私はじっとレベッカの声を待つ。
『納得なんて、できない、わよね』
「はい」
『マリオン。私はイズーと一騎打ちをすることになります。これは他の誰にも任せられない。絶対に、任せたくない。だから、私はイズーと命を賭けて戦います。もし、最悪の事態に陥ったとしても、あとのことはマリアに任せてあります。ですが、その際には――』
「あなたの血の十字架も引き受けろ……ということでしょうか」
『お願いします』
レベッカは深々と頭を下げる。私は慌ててしまう。何秒経ってもそのままで。
「やめてください」
私がやっとでそう言うと、レベッカはゆっくりと頭を上げた。灰色の髪が緩やかに流れていく。
『マリー。これがね、最前列中央に立つ者の役割なの。今、そこに立っているのは私。そして私は、この場をあなたに引き継ぐことになるの。遅かれ、早かれ』
「やめてください、提督。そんなの――」
『別れの挨拶のようだ、かしら?』
「え、ええ……」
レベッカは微笑んだ。見ているこっちが泣きたくなるほど、美しい微笑だ。
『相手はイザベラ・ネーミア。遺言すらできないかもしれない。だからよ』
「そんなの嫌です」
私の視界の端の方で、ダウェル艦長が頷いていた。レベッカは「そうね」と頷く。
『帰ったら、たくさんお話をしましょう。いえ、たくさん聞いてほしいことがあると思う。だから、予定を開けておいてもらえる?』
「も、もちろんです。何時間でも、何日でも……!」
『よかった。ありがとう。マリー』
「はい!」
私は敬礼してみせた。レベッカは軽く右手を振って、また無言で微笑んだ。そしてフッと通信が終わる。
「微笑うだけなら、お気に召すまま――か」
ダウェル艦長が呟いた。セルフィッシュ・スタンドの一節だった。私は督戦席に戻り、両目をこすった。
「――みっともないほど、泣き喚きたい」
本当に、泣き喚けたら。