07-02-01:微笑うだけなら、お気に召すまま。

静心 :chapter 07 コメンタリー-静心
第七章ヘッダー

これは「#07-02: センター」に対応したコメンタリーです。

そして2098年12月1日深夜。

 誰も何も言わない。レスコ中佐も何も言わない。レベッカもまた、沈黙を守る。無音という喧騒ノイズの内側で、私たちは暗黒の海を粛々と進む。

ここで使っているのは「撞着どうちゃく語法」と呼ばれるものです。『雄弁なる沈黙』とかそういうやつ。矛盾する言葉を使って表現を深くするというやり方です。ここでは「無音という喧騒の」ですね。「うるさいくらいの沈黙」と言い換えてもいいですけども。

そして未だショックから立ち直ってないマリオンに、レベッカが通信を入れてきます。

まるでこの冬の海のようにてついたその表情に、私は心から震えた。

とある通り、レベッカはいつも以上に冷徹なをかぶっている事がわかります。

そしてマリオンにくだされる命令は、「イザベラ以外の歌姫を殺せ」という内容でした。司令部から「捕虜はいらない」と言われてるので、つまりそういうことです。マリオンはそれに怯み、エディタたちを頼ろうとします。が、レベッカは「あなたとあなたの艦であれば、リスクなく撃滅できる」と言うわけです。つまり「【一方的な殺戮になるとわかった上で】マリオン、あなたがやるんです」という事を告げたわけですね。そんなのはマリオンじゃなくても引きます。しかしエディタたち――勿論レオンも――には、アーシュオンの艦隊を「一方的に殲滅しろ」という命令が出るわけです。

レベッカは言います。

『イズーが死ぬか、ヤーグベルテが滅ぶか。……こんなことは、出撃時にはわかっていたことですよ、マリー』

これ、「イズーが死ぬか、私が死ぬか」じゃないところがポイントです。レベッカは自分が死ぬ可能性が非常に高いことを知っています。でも、そこでは終わらない。ヤーグベルテが滅ぶのは、マリオンたちがやられたときだとわかっている。だから、こういうセリフ回しになりました。マリオンはそれどころじゃないので、その言い回しの意図には気付きませんでしたが。

マリオンは言い募ります。

「わかっていることと、納得できることは別です」

この言葉は、レベッカの中にずっとある言葉で。だからこそ、次のことばに繋がるんです。

文民統制シビリアンコントロールもとでは、私たちの思いなど無視されます。そしてそうあるべきなのです。だから、納得なんて……納得なんて』
 レベッカの言葉が詰まる。私はじっとレベッカの声を待つ。
『納得なんて、できない、わよね』

レベッカの理性、論理能力では、どうやっても「腑に落ちる」ことはなかった。だから、レベッカはここで本音を吐露してしまったと。もうずっと、レベッカの心は大時化しけなわけです。千千に乱れてると言っても良いでしょう。そりゃそうだ。

『マリオン。私はイズーと一騎打ちをすることになります。これは他の誰にも任せられない。絶対に、任せたくない。だから、私はイズーと命を賭けて戦います。もし、最悪の事態に陥ったとしても、あとのことはマリアに任せてあります。ですが、その際には――』
「あなたの血の十字架も引き受けろ……ということでしょうか」
『お願いします』

コレは完全に遺言なんですね。本当は遺したくない負の遺産なのに、残さざるを得ない。だからレベッカは言い淀み、マリオンが継いだと。レベッカはここで長々と頭を下げるんですが、ここで泣いてるんです。泣き顔を見せたくないというレベッカの意地と、自分には泣く権利なんて無いと思っている――ということから。

レベッカは見ていて泣きたくなるほど美しい微笑を見せながら言います。

『マリー。これがね、最前列中央センターに立つ者の役割なの。今、そこに立っているのは私。そして私は、この場をあなたに引き継ぐことになるの。遅かれ、早かれ』
「やめてください、提督。そんなの――」
『別れの挨拶のようだ、かしら?』

ここで「最前列中央センター」が出てきました。はい、#01-02の終盤で出てきたこれですね。

「あなたたちが嫌だと言っても、あなたたちは常に最前列中央センターにあるべきなのよ」

コレを受けての言葉なんですね。ここで当時8歳のマリオンさんは「最高の席センター」と解釈しています。確かに最高の席なんですが、そこにいた「大佐さん」が意図していたものは、正に今のこの状況。大佐さんは当時こう言いました。

「そここそ、場所なのよ」

あなたたちがそこに立つことは既定路線なのよと。そして結果、そのとおりになってしまうわけです。「歌姫計画セイレネス・シーケンス」の一環だったわけです、すべてが。

そしてレベッカは最後にもう一つ死亡フラグを立てます。

『帰ったら、たくさんお話をしましょう。いえ、たくさん聞いてほしいことがあると思う。だから、予定を開けておいてもらえる?』
「も、もちろんです。何時間でも、何日でも……!」
『よかった。ありがとう。マリー』

読者さん的にはもうここで「レベッカの死」は避けられないとわかったんじゃないでしょうか。いや、そこをあえて裏切るという書き方もあるけれども。不吉な言葉と分かっていても、レベッカは言わないでいられなかったんでしょうね。死が怖くないかっていえば、レベッカだって怖いんです。そして自分が死なないということは、愛するヴェーラ(イザベラ)をこの手で殺すってことでもあるんですよね。それが恐ろしくないはずがない。しかしながら今、すがれる相手がマリオンしかいない――本当はこんなものは次世代に遺したくないのに――という悲嘆です。

マリオンだって馬鹿じゃないので、この言葉の意味や覚悟は理解しているはず。だからせめてその不吉さを振り払えまいかということで、「何時間でも何日でも」と付け加えたと。もう神頼みしかなかったんですね、この状況。私の世界の神様は大概にして意地悪なのでまずもって助けてはくれませんけど。

微笑わらうだけなら、お気に召すまま――か」

通信を切ったレベッカを見て、マリオンの艦アキレウスの艦長・ダウェルが呟きます。「セルフィッシュ・スタンド」の一節です。この歌は別離の歌。ヴェーラとヴェーラの愛した人の死別の歌なんですね。「微笑むだけならどうにでもなるけれど、本当は、本心は、みっともないほど泣き喚きたい」というフレーズなんですね、これが。

でも、泣き喚くことは、まだ許されてないのだと。

しかし状況はマリオンの予想を超えた方向へ進んでいく……。

→次号

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