「01-01:セイレネス・ロンド」に対応したコメンタリーとなります。
さて、前回までで敵国の航空機部隊が殲滅されてしまうわけですが、その事態を受けて、アーシュオンの三個艦隊は一転逃げを打ちます。
が、ヴェーラもレベッカも非情です。しかし、ヴェーラたちからの身の毛もよだつような警告を受けてもなお、アーシュオンの艦隊は逃げます。されどもヴェーラたちの戦艦は速いのです。とても速い。巨大戦艦はジェネレータもはんぱない。
ヴェーラは「逃げるなら皆殺しにするぞ。ただし正面から戦うというのなら生き残る可能性はまだある」と主張するわけですが、これが彼女たちによる精一杯の妥協案なのです。ヴェーラたちに下っている命令は【華々しい戦果を挙げろ】【そのためには敵はひとり残らず血祭りにあげろ】というようなものです、ざっくりと。なので、可能な限り殺さなくちゃならない。
と、同時に、ヴェーラたちもまた戦争を止めるためにこの戦闘での犠牲はやむを得ないという割り切りをしています。
『こんな中途半端な戦果じゃ、戦争は止められない!』
というように。
誰も殺さない――なんていうような綺麗事が通用する世界ではないということは、悲しいことにヴェーラたちはとっくに知ってしまっているのです。だからこそ、この一戦でアーシュオンの戦意を完全に削ぎ落とし、一時的であれ休戦状態を勝ち取ろうとしているのです。
『今は彼らだけでも叩きましょう。彼らはアーシュオンの最精鋭。彼らが壊滅したら、それだけでしばらくは戦えないはずよ』
『……了解。そうだね。なら、そろそろ始めよう……殲滅戦をね』
『手筈通りに』
最初の台詞はレベッカ(とヴェーラ)の本音。アーシュオンは虎の子の第四艦隊(というのは記述してませんが)を中心とした最精鋭部隊。これらが一日で殲滅されたらさすがに――という思いがありますね。実際そうでしょうよと。だがしかし、残念なことにアーシュオンにはそれは通じないんですね。先の話をすれば、彼らはここで失った戦力を充当するや否や、すぐにまたヤーグベルテの本土を襲ったりなんだりしてくるのです。前回のコメンタリーで「ジョルジュ・ベルリオーズ」ってのが出てきてますが、この辺の黒幕は全部こいつ。
あとここ、2~3行目については、完全に味方の参謀部その他に向けた嫌味です。
あと、「殲滅戦」ってがAnnihilationで、「アナイアレイション」て読むんですが、カクヨムでは「アニヒレーション」てルビ振っています。タクティクスオウガ好きなひとならピンと来ると思いますが、竜魔法の一つですね、アニヒレーション。ソッチのほうが迫力あるかなぁと思って、誤読と承知の上でカクヨムでは「アニヒレーション」てルビってます。一方、ここではアナイアレイション(正しい読み方に近い方)にしてみました。
また、Obey the procedure.ってレベッカの言葉も「おおせのままに」くらいの意味で使っています。これも「(参謀部の)仰せのままに」という感じで、感情のこもらない受け答えです。
そして時間稼ぎのために向かってきた駆逐艦たちを、レベッカが一息に殲滅します。
『モジュール・グングニル発動!』
グングニルとかゲイボルグとかいろんな「モジュール」があるんですが、これがセイレネスの持つ戦闘力の一つですね。ゲーム的に言うと「(攻撃)スキル」と言ってもいい。後に「タワー・オブ・バベル」とかいう大技も出てきますが、よく使われるのはグングニルとゲイボルグです。グングニルは単体攻撃用(と言ってもその単体の攻撃範囲がアホみたいに広いので、結果範囲攻撃になる)で、ゲイボルグは遠距離同時多発的打撃攻撃を繰り出す技。レベッカもヴェーラもあんまり意識して使い分けてない気がしますが、ざっくり「近いときはグングニル」「遠いときはゲイボルグ」くらいです。ちなみにどっちも当たれば駆逐艦や軽巡洋艦程度なら間違いなく轟沈です。空母だと当たりどころによっては生き残るかもしれない。
そして2隻の戦艦はぐんぐんと敵艦隊との距離を縮めて、一気に中継用ドローンのカメラで同一画面内に収まっちゃうところに来てしまいます。
『ねぇ、ベッキー。こんなに近づく必要ってあるの?』
『ないけど、近づかないと一枚の絵に収まらないでしょ』
『戦争って、いつから娯楽になったんだっけ?』
『……今から、なるのよ』
という感じ。
「広報のために戦艦を敵の艦隊に密接させて写真(映像)を確保する」という指令すら出てたというわけです。
で「戦争っていつから娯楽になったんだっけ」という物語の根幹になる言葉がヴェーラから出てきます。
レベッカは嘆息する。幾十年と負け続けてきたヤーグベルテという国家に反撃の狼煙が上がる時が、戦争のパラダイムシフトが発生する瞬間が、今まさに訪れる。この歴史的大事件を人々の記憶に焼き付けるために用意されたのが、この大艦隊を撃滅するという舞台演出だ。そしてそこで、完全なる圧倒性、すなわち無敵であることを証明することが必要だった。それは軍の権威のため、政府の支持率のため——つまり、そういうことだ。
ここまでコメンタリーで書いてきたことをここで一旦集約。舞台演出というところは「この世は全部舞台」というハムレット的なアレを示唆しているところです。「消えよ、消えよ、刹那の灯り」ってやつですね。これ、終盤に出てきます。
そして「政府の支持率のため」というところは、これ、後々終盤ですが、マリア・カワセ大佐が激ギレするときに触れていたりする部分です。マリアの長台詞ですね。
そして、ここ。
『ベッキー……覚悟はできてる?』
『あなたこそ、今度こそ私の手を汚させる覚悟はできた?』
かつて何か「大きな出来事」があって、そこでヴェーラはレベッカの「手を汚させない」ことを選んで実行した――ということがわかるんじゃないかなー。わかってくれーと思いながら書いたところ。ヴェーラはそういうところがあるんですよ。汚れ役ならわたしひとりで十分だ、という。「セイレネス・ロンド」の方では(レベッカにではないですが)「きみにはきれいなままでいてほしいんだ」って言う台詞を言ったりもしています。ヴェーラは愛が深すぎるんですよ!! 他人が傷つくくらいなら自分が全部抱え込んだほうがマシだ! という。
でも、そんなヴェーラが今回レベッカにも手を汚してもらおうと判断したのは、何も軍の命令だったからという話だけじゃないということです。ヤーグベルテのJOKERたるヴェーラにしてもレベッカにしても、軍の命令なんてぶっちゃけどうにでもできる立場なんです。この段階から未来への布石を打ち始めているということです、ヴェーラは。まぁ、この時点ではその未来は確定していたわけでもなくて、ただ可能性の一つとしてあっただけなんですが。
そして始まる殲滅の歌。
『シーケンス、8・8・8、突入確認。ヴェーラより参謀部、論理回線スタンバイ、同期でき次第、全システムログを転送する。これより、本艦セイレーンEM-AZおよびウラニアにて、状況を第三段階に移行させる。使用可能なありとあらゆる手段の選択許可を』
『参謀部第六課ハーディより、ヴェーラおよびレベッカ。ルフェーブル大佐より、全システム解放の許可は下りている。速やかに状況を遷移されたし』
ここで、参謀部のハーディ中佐とルフェーブル大佐の名前が登場。参謀部第六課というのがヴェーラたちの監督部署(=セイレネスおよび歌姫取り扱いの責任部署)なのですが、エディット・ルフェーブル大佐がその最高責任者(第六課統括)、アレキサンドラ・ハーディ中佐がその補佐という位置づけです。残念ながらルフェーブル大佐には本作では台詞はありませんが、第四章にて結構重要な役割を果たしてくれたりします。ハーディ中佐は三章で出てきてものすごい毒を吐いてくれたりします。
で、諸々の許可がまとめて出たところで、ヴェーラが言い放つ。
『了解。これよりセイレネス・ロンドを開始する』
ここが「セイレネス・ロンド」の初出ですね。
そして諸々鎧袖一触でアレしてコレして、みんな大好き超必殺技のお時間です。
『セイレーンEM-AZ、セイレネス再起動! 安全装置解除! 全戦闘メソッド解放! メソッド初期化、成功確認! 万事上々、さぁ、剣を抜こう! 天使環、および、装甲翼展開!』
『ウラニア、セイレネス再起動! 制御装置全解放用意。全戦闘メソッド解放! メソッド発動準備完了。全システム異常なし。いきます! 天使環展開、装甲翼、開け!』
これ、二人のセリフが微妙に違うんですが、やってることはまるきり同じです。
ウラニアはセイレーンEM-AZの二番艦で、つまり同型艦なので。
色々アレしてコレするんですが、見どころは「天使環」。これは戦艦の艦橋の後ろあたりに輪ができるんです。水面から付き上がるので半円形。そして装甲翼というエネルギーの炎が噴出するわけです。装甲翼っていうのは翼が装甲なのではなくて、天使環ってのが戦艦の装甲の変形ギミックによって作られるもので、そこから炎が吹き上がるから「装甲(から出てくる)翼」というアレです。はい。
この辺の変形機構については本文にあるので、本文みてね! 本文ね!!!
そして
『雷霆、充填完了。ベッキーは?』
『アダマスの鎌、準備……できてる』
というわけで超必殺技の名前が明かされましたね。明らかにヴェーラのほうが強い名前ですね。ケラウノス=ゼウスの雷、なので。
ちなみにこれ、「アダマスの鎌」っていうのはクロノス(※時の神ではなくて、大地と農耕の神)の武器の名前なんですが、このクロノス、ゼウスのお父さんなんですね。で、色々あってゼウスに討たれてる。ま、深い意味はないですけどね。深い意味は。
『わたしたちの歌で、一隻残らず沈むがいい!』
ヴェーラの声と共に、二隻の戦艦の艦首から強烈な光が放たれた。それはまっすぐに敵総旗艦である航空母艦に突き刺さり、そして、海域を覆い尽くすほどに峻烈に爆ぜた。光の暴風が海上を荒し回り、それに触れた艦船は尽く炎を上げて、輝く海の中にどす黒く沈んでいった。
……超必殺技発動!!!!!
このいわゆる「地の文」は、誰にでも映像化できるようにという注意を払って作ったものです。
仰々しい文体になっているのは、これも「舞台演出」だからです。
で、敵艦隊150隻、壊滅。旗艦とその周辺にいた空母群は、文字通り蒸発します。
これが二人の歌姫の、兵器としての凄烈なデビューだった。
という感じで、第一話終了!
ヴェーラ&セイレーンEM-AZ、レベッカ&ウラニアが「最強すぎる」というところを印象付けたいという目論見。
うまくいったかなー。
というわけで、次回はやっと第二話(#01-02)!
――待て、次号!