#03-07: 深い淵に隠した歌

本文-静心

 もう一回お願い――私はそう言っていた。アルマは何も言わずにまたその幸せそうな映像を再生してくれる。やっぱり、それはヴェーラによるプライベートライヴだ。そして私たちは例外なくこの歌を知っているし、当たり前のように歌うことができる。

 そしてこの歌は――遺作だ。ヴェーラが最後に創り、最後に歌った歌だ。

 静かで優しいバラード。しかしそこにある歌詞ことばはあまりにも深くて痛い。ヴェーラが初めて恋をしたのは、敵国アーシュオンのエース戦闘機乗りアビエイター。最終的にはその人は……。

 私は映像を凝視しつつ、前奏でリズムをとっていた。

 ヴェーラ・グリエールがにこにこしながら――でも少し寂しそうな瞳で――レベッカたちを見ていた。この映像が本物だっていう証拠はない。今の映像技術なら、いくらでもこの手のものを作ることはできてしまう。しかしこれは、何のクレジットも注意書きも入っていない、ただの映像だった。

 前奏が終わる。ヴェーラがそっと、歌い始める――。

 舞い散る雪のはなのように 立ち止まったら 消えるもの
 まるで溶けくためだけに わたしの前に現れて
 ろうの翼に祈り託して 羽ばたき一つ きらめかせて
 まるで落ち行く羽根のように わたしを迷い惑わせて

 微笑わらうだけなら お気に召すまま
 声をあげたら 叫んでしまうよ
 だから今 笑いながら手を振るよりも
 みっともないほど 泣きわめきたい

 永遠に あなたにすがって 泣いていたい
 そうさせてって今、誰に言えばいい?

 わたしの願い 弾けて消えた 夢の中でも追いつけない
 あの時 何も言えなかった わたしの心は乾いていて
 二人して微笑みあった その手の温度さえ忘れていて
 最後は そうして手を振った 全て忘れたい、そう口にして

 また会える? けずじまいで
 覚悟の意味も 最後の希望も
 見ずに 聞かずに ただ逃がさないように
 永久とわ別離わかれなんてない そう言って閉じ込めて

 誰に伝えよう? 誰に伝えればいい?
 誰が聞いてくれる? 誰がわかってくれるというの?
 わたしが たたずむ 深い淵に
 わたしが かくした ただひとつの歌

 ヴェーラは囁くようにして歌い終わった。まばゆいほどの笑顔を見せて、ゆっくりとお辞儀をした。白金プラチナの長い髪がふわりと落ちかかり、優しく輝きを返す。映像の端の方で、赤毛の――カティ・メラルティン大佐がレベッカと隣り合って微笑んでいた。レベッカのその微笑みも、ライヴで見せるものとは全然違った。本当に優しい――の、笑顔だった。

「なにこれ……なんなの」

 不意に胸がいっぱいになって――私は泣いてしまった。

「こんなのって、ないよ」

 レオンが抱きしめてくれるのに任せて、私はその胸にすがりつく。そんな私の頭を撫でたのはレニーだった。私のすぐ側で片膝をついているのが見えた。レニーの目は確かに潤んでいた。少し震える声で、レニーが言う。

「これ、カワセ大佐のカメラ映像じゃないかしら。最初ちらっと見えたよね」
「カワセ大佐の……カメラ?」
 
 私の頭上でレオンの声がする。レオンはまだ熱があって、だからとても温かい。レオンは起きてるのもつらいだろうに、私を両腕でしっかり抱きしめてくれている。嬉しい。ありがとう。大好き。そういう思いが胸の中にあって、だけど言葉になってくれない。それがひどくもどかしかった。

「くそっ、マリーのせいであたしまで泣けてきた」

 涙声のアルマ。それはすぐに嗚咽に変わった。私もつられてしゃくりあげる。レオンの腕が震えていた。呼吸が不安定だった。心拍が速かった。私に負けないくらい、レオンも泣いているようだった――声も、涙もなく。

「こんな優しい人たちを、どうして、私たち……!」
「誰が悪いわけでもないわ」

 レニーがまた私を撫でて、離れていく。私は何も言えない。歯を限界まで食いしばって、耐える。レオンの温かい手と胸が、私を癒そうとしてくる。だけど私は――。

 レニーの声が沈黙した部屋にすっと入り込む。

「レベッカとメラルティン大佐。そしてカワセ大佐もきっと。みんなヴェーラが好きだった。そしてヴェーラもみんなを好きだった。ヴェーラは壊れそうになる心を、みんなに寄せて耐えていた」
「でも、だったら、どうして……」
「愛してたからよ、きっと」

 レニーは囁く。私にはその答えの意味がわからない。

「ヴェーラは……みんなを幸せにしたかったのかもしれない」
「でも、死んじゃったら……!」

 私が吐き出した無遠慮な言葉に、レニーは答えてくれない。私はなおも沈黙を汚す。

「そんなの、みんな哀しむだけじゃない!」
「そうとわかっていても――」

 レニーはこれ以上は聞き取れないくらいに小さな声で、言った。

「ヴェーラには、しなければならないことがあったの」

 意味がわからない。私はレオンを見上げた。私はきっとひどい顔をしているだろうけど、それでも良かった。見られても良かった。恥ずかしさ以上に、今はレオンの顔を見たかった。レオンは私を見ていた。ずっと見ていてくれたに違いなかった。

 その時だ。

「あっ……?」

 レニーの驚いたような声が聞こえた。何事かと視線を巡らせると、ちょうどレニーが自分の携帯端末モバイルをテーブルの上に置いたところだった。レニーは服装を整えて、慌てた様子で敬礼している。

 ぶん、と音が鳴ったかと思ったら、軍服姿の黒髪の女性がテーブルの上に浮かび上がった。私は背中の方向だけど、レニーとアルマには顔が見えているだろう。レニーの緊張した表情から察するに……カワセ大佐だ。カワセ大佐は確か、第二艦隊旗艦ウラニアに乗艦しているはずだ。

 私とレオンも急いで立ち上がって、レニーとアルマの中間あたりに膝を付く。

 カワセ大佐のオンライン講演には何度か参加したことがあるから、その顔と名前はすぐに一致した。現、第一・第二艦隊の作戦参謀長でもあり、第六課の意向を汲み、現場の一切を取り仕切る人物でもある。その発言権は提督よりも上で、実際の所、歌姫セイレーンたちの誰一人として意見することのかなわない人だ。

 外見的にはレベッカと同様、二十代半ば。艶のある黒い髪をゆるいセミロングにして流している。妖しい美貌と、謎の威圧感。私たちは揃って緊張した。

『疲れてるところ、ごめんなさいね、レニー』

 開口一番、カワセ大佐はそう言った。

『ああ、そうそう。これはプライベートな通話だから、敬礼も何も要らないわ。リラックスして』

 と、言われましても。私はレオンと顔を見合わせる。

『アルマ、マリオン、それと、レオナもやっぱりここにいたのね』
「やっぱり……とは?」

 レオンが未だ少しつらそうな声で尋ねた。映像の中のカワセ大佐は小さく笑う。

『あなたとマリオンが付き合ってることくらい、参謀部は把握しているわ』
「えっ……?」

 絶句したのは私の方で。レオンは「あちゃ」と頭を掻いている。お、おお、落ち着いてても、いいのかな、これ。

『別に私たちは恋愛を禁じてはいないわ。本件、ハーディ中佐もご存知よ』
「そんなに、有名な……?」
『知らない人のほうが少ないわよ、マリオン』

 カワセ大佐はそう言うと、不意に真面目な顔になった。

『インスマウス』

 その単語に、私たちの間の空気が凍った。カワセ大佐は目を細める。

『あなたたちは、あのナイアーラトテップI型に、何を感じましたか』

 真っ先にその問いかけに答えたのは、アルマだった。

「歌――いえ、が。忘れようにも忘れられないが、聞こえました」
『さすがね、アルマ。そう、よ。アーシュオンの技術は、未だにはなりきれていない』
「大佐、まさか」

 アルマは私を見て、それからレニーの方に視線を送った。レニーが言葉を引き継いだ。

「インスマウスは……特攻兵器……だと、おっしゃいますか」
『イエス』

 カワセ大佐は頷いた。

『ナイアーラトテップ自体が歌姫セイレーン――アーシュオンでは素質者ショゴスと呼びますが――搭載潜水艦であることは、知られている通りです。が、あのI型のような自爆兵器にも、素質者ショゴスを乗せているとは、私たち参謀部も承知していませんでした』

 アルマが軽く手を挙げる。

「でも、あのは、いかにもそれで――」
『八都市空襲の時のデータからだけでは、そうと断定することはできませんでした。それが今回、トリーネが命がけで採取サンプリングしてくれたを解析することではっきりしたのです』
「でも、歌姫セイレーン……いえ、素質者ショゴスというのは、その、貴重なのでは」

 アルマの言葉に、カワセ大佐はしばらく沈黙した。

『理由があるのです』
「理由?」

 私たちの声がほとんど重なった。

彼らアーシュオンには、素質者ショゴスを使い捨てにできる理由があるのです』

 どういうことだろう。私はレオンと顔を見合わせる。レオンの顔色はすっかりいつものものに戻っていた。私から出ている何かの成分が効いた――ということだろうか。

『これは先程、アーメリング提督、そしてネーミア提督と協議した結果、あなたたちには伝えておくべきだと判断された事項です。あ、レオナ、あなたもそこにいてください』
「良いのですか?」

 レオンが少し掠れた声で訊く。カワセ大佐は頷いた。

『アーシュオンでは、我々の言うC級クワイアのレベルに達さない者でも、素質者ショゴスとして動員しています』

 どういう意味だ? と、混乱する私をよそに、レニーが声を出す。

C級クワイア未満で、どうやってセイレネスを起動するのですか? ブルクハルト教官によれば、セイレネスを起動できる最下限がC級クワイアだと――」
『そのままなら、起動はできません。そのまま、なら』

 どういう意味? 私はレオンにこっそり訊いた。が、レオンは険しい顔をしているばかりで答えてくれない。

『アーシュオンの戦略のもとでは、倫理よりも勝利が優先されるのです』
「それは……どのような意味でしょうか、大佐」

 レニーが代表して訊いてくれた。頼りになる先輩だ。カワセ大佐はまた少し間を置いた。黒い瞳が私たちを見回していく。

『――人体改造』
「改造!?」

 レニーが前のめりになる。

『脳を外科的に改造し、セイレネスを起動できるところまで持っていく。無論、本人の意志が確認されることなど、ないでしょう』
「そんな――」

 私たちの誰かがそう言った。カワセ大佐は手元の方に視線を落とした。

『現在のは九割』

 廃棄、率……!

 私はレオンを見る。レオンはカワセ大佐の方を睨むような目で見ていた。アルマは、自分の膝を見ていて、レニーはソファから腰を浮かせている。

『廃棄者はほぼ全てが組織レベルで再利用されている――という情報も入手しました。ロイガーやナイトゴーントといったUAV無人航空機にも、それらのデータや組織が使われているそうです。ナイトゴーントがセイレネス搭載機であることは判明わかっていましたが、乗っているのはだったというわけです』
「その情報は――」

 レニーが唇を戦慄わななかせている。カワセ大佐は少し目を細めた。

『確かな情報です。彼らアーシュオンは、自国民の人権を蹂躙してでも、我々の歌姫計画セイレネス・シーケンスを止めさせようというのです。しかしながら私たち参謀部、情報部、および保安部は、アーシュオンをことさら非人道的国家であると訴えるつもりはありません。我が国ヤーグベルテの国民に、これ以上の燃料投下は必要ありません』
「しかし、公表することで私たちの戦いの大義名分も――」
『レニー。アーシュオンに、再び核を落とそうとでも?』
「……いいえ」

 レニーは息を吐いてソファに戻る。アルマが硬い口調で呟く。

「確かに今、そんな口実を与えたら、そんな非人道的なことをするとはけしからん。そんな国なんて滅ぼしてしまえって論調になるか……この国は」
『その公算は極めて大。ですから、我々はこの事実を隠匿します。意味はわかりますね?』

 カワセ大佐の圧力に、私たちは屈する。カワセ大佐は二度程頷いて、俯き、また顔を上げた。その表情は冷えた鉄のごとしだった。

『数年内にあなたたちも最前線に立つ。ですから、今のうちに、一つ大きな暴露をしましょう』
「大佐、それは――」
『良いのです、レニー』

 カワセ大佐は首を振る。レニーは口をつぐむ。

『これは、レベッカ、イザベラ、二人の意志です』

 何の話だろう? 私はレオンとアルマを見る。二人とも首を傾げている。そしてカワセ大佐は、ゆっくりと、重大な言葉を口にする。

『ヴェーラとイザベラは、です』

 絶句する私とアルマ、そしてレオン。レニーは黙って目を伏せている――知っていたのだ。

「あっ、あの、カワセ大佐」
『なんでしょう、マリオン』
「ヴェーラとネーミア提督は、声の高さはもちろんですけど、質も違います。同一人物とは到底、その信じ――」
『ヴェーラを見くびられても困りますよ、マリオン』

 どうあっても、ヴェーラ=イザベラというセンは変わらないらしい。カワセ大佐は静謐せいひつな視線を私に送っている。私は蛇に睨まれた蛙のように、身動きができなくなる。そんな私の肩に軽く手を当てて、レニーが再び身を乗り出す。

「カワセ大佐。マリーたちはまだ一年。ここに来てから半年しか経っていません。その、それは」
『マリオン、アルマ、レオナ、そしてレニーにも。あなたたちは今ならまだ引き返せます。セイレネスによって、その手を血に染める前のあなたたちなら』

 その言葉に私は身動きができない。声が出せない。

『士官学校を辞め、一人の国民に戻り、そして戦争を眺めていたいというのならば、それもあなたたちの選択でしょう』
「カワセ大佐」

 アルマが低い声を発する。

「それは国を守るに足るであろう力を持つはずのあたしたちには、あまりに残酷な言葉です」
「アルマ……?」

 私は驚く。アルマは私に視線を送りもせず、言い募る。

「あたしたちが、辞められない――いえ、辞めようとしないこと。それは大佐なら、確実にご存知のはずです。それにも関わらず、あたかも私たちに選択肢があるように見せかけるのは、そしてあたしたちに選択権があるように思わせようというのは、それは、です。ヴェーラやレベッカが背負っていたものを、あたしたちが理解できないとでも思われているのでしょうか」
『……そうね。確かに、大人の文法、ね。悪かったわ』

 しかし――と、カワセ大佐は続ける。その細められた目は極めて鋭い。誰かが唾を飲む音が聞こえた。

『私たちには大人の文法も必要なのよ、アルマ。ただ、それをあなたたちに向けるべきではなかったわ。許してもらえると嬉しいわ』
「それは……はい」

 アルマは掠れた声で引き下がった。私は胸を撫で下ろす。カワセ大佐は前髪を軽く払いけ、顔を横に向けて頷いた。その視線の先にいるのはレベッカだろうか。カメラの角度の都合上、見えないけれど。

『では、私の、で語らせてもらっても良いかしら?』

 その問いに頷く私。他のメンバーが頷いたかどうか、確認できるような気持ちの余裕はなかった。カワセ大佐はまた目を細めた。映像から温度が消える。

『国民はこの際置いておくとしても、彼らアーシュオンの非人道的行為は、もはやつるぎによって裁かれなければなりません。剣――すなわち、セイレネスによって。
 私たちの生み出した技術であるはずのセイレネスが、アーシュオンに渡ってしまった。いや、或いは、そうあるべくしてそうなったのかもしれない。しかし経緯はどうであっても、彼らの持つ技術がセイレネスそのものであることは紛れもない事実です。
 ゆえに、私たちは彼らの行為おこないを、ありとあらゆる手段でもって止めなければならない。彼らの送り出す、何十人かの特攻部隊の影にある、何千何万もの犠牲者を救うためにも。そして、これ以上の惨劇を許さないためにも。このような彼らの馬鹿げた行為おこないを、確実に終らせる必要があるのです』
「セイレネスを使って……ですか」

 アルマが鋭い声で言った。カワセ大佐は躊躇ちゅうちょの片鱗も見せずに頷く。

『そうです。セイレネスを用いて、です』
「それは……どういう意味でしょうか」

 レニーがことさらにゆっくりとした口調で訊いた。カワセ大佐は私たちをまたゆっくりと見回した。

『国民は今や、歌姫セイレーンによる庇護ひごと復讐――盾と剣。それが彼ら自身のものなのだと、当然のように思っている。平和と娯楽うたが与えられることを自らの当然の権利だと信じて疑わない。そして日々の安寧が歌姫セイレーンに依存しているにも関わらず、現在いまが何の努力もなしに未来あすに続くのだと、無根拠に信じています。ゆえに、私たちは敢えて、セイレネスによる平和を求めるのです。なぜなら――わかる、レニー?』
国民かれらが求めるから」
「待って!」

 私だ。私が何か喋り始めた。

「その後は!? その後はどうなるんです? セイレネスで平和をもたらす――過程はともかく、結末は良いと思います。しかし、その後、人々はどうなりますか。セイレネスの陶酔トランス効果は、戦闘時のものが圧倒的に強力。それに慣れきった人たちは、戦争の終結を望みますか? 望むと思いますか?」
『ノー』

 カワセ大佐は短く否定した。

「だったら、あの、なぜ……!」
『マリオン。あなたは我が国の人々に、その拳を叩きつけることができるのですか? あなたは我が国の人々に、あなたの剣を打ち振るうことができるのですか?』
「それは……」
『なれば、アーシュオンには?』
「攻めてくるなら、私は……」
『アーシュオン本土に核を落とせと命じられたら?』
「それは……」

 矢継ぎ早にされる問いかけ。そして私は正しい言葉を探せない。戸惑う私を見るカワセ大佐の表情は、少し柔らかかったようにも思う。その艷やかな唇が問いを変える。

『あなたは、誰かに死ねと命じることはできますか?』
「できません」

 私は即答した。考える必要もなかった。カワセ大佐の表情に変化はない。答えを知っていたかのように。

『ならば、どうします。限られた人間だけが犠牲となって戦い続ける未来あすを続けますか?』
「それでは、ヴェーラたちと同じ……」
『イエス。ですから、私はあなたに、その……そんな未来を続けますか、と訊いています。歌姫セイレーンばかりが血を流す未来を望みますかと、私は訊いています』
「それは……ノー、です」
『――ならば?』

 私はじっとカワセ大佐を見る。答えなんて何処にもないけど――。

「私は……戦争を終わらせたい」

 人々の顔色を伺う必要性なんて、どこにもない。人間同士が何十年も憎しみ合い、殺し合うなんて間違っている。殺して殺されて、憎しみをただただ肥大化させていくこんな世界は間違っている。歌姫セイレーンばかりが犠牲になるような、そしてその犠牲さえ娯楽と化してしまうような、そんな世界は間違えている。

『残念ながら、あなたたちがになれる日は、まだまだ来ません』

 でも――と、カワセ大佐は続ける。

『ヴェーラ・グリエールにできなかったことを、あなたたちに託すわ。これはヴェーラとレベッカ、そして、私の意志。ヴェーラのを無駄にしないように。私はそれを強く望みます』

 カワセ大佐はそう言うと、少しだけ微笑を見せてから、通信を切った。

 部屋の空気が、暗い沈黙によって汚染されていく。

「どうしたら、いいんだろう」

 私はレオンを振り返る。レオンは厳しい表情を浮かべていた。

「レオン?」
「マリー。ヴェーラ・グリエールは、いかりを巻き上げたんだ」
「え?」

 レオンは私を強く抱きしめてきた。

「レオン?」
「マリー。君のことは、私が守る」
「ど、どうしたの……?」
「まだわからない。けど、どうしようもなく不安なんだ」

 レオンはそう言って、早足で部屋を出て行った。
 
「レオン……」

 私はレニーとアルマを振り返る。レニーは黙って寝室に行ってしまい、アルマは腕を組み目を閉じたまま、何も答えてはくれなかった。

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