03-07-02:大人の文法、個人の文法

静心 :chapter 03 コメンタリー-静心
第三章ヘッダー

これは「#03-07: 深い淵に隠した歌」に対応したコメンタリーです。

さて、ヴェーライザベラだということが暴露されはしましたが、マリオンさん的には「声があまりにも違う」ので納得行ってない様子。マリオン、耳が良いですからね。でも、それも「見くびられても困る」の一言でおしまいです。マリアがそうだと言ったらそうなんです。マリオンさんは完全に蛇に睨まれた蛙のごとしです。そりゃそうです、マリア怖いですから。

そんな重大な秘密を暴露されたことを受けてレニーが若干抗議の色を出しますが、マリアは言うわけです。

『マリオン、アルマレオナ、そしてレニーにも。あなたたちは今ならまだ引き返せます。セイレネスによって、その手を血に染める前のあなたたちなら』
『士官学校を辞め、一人の国民に戻り、そして戦争を眺めていたいというのならば、それもあなたたちの選択でしょう』

不満や不安があるなら辞めてしまえ、ということですね。もちろんマリオンたちが「辞める」なんて選択肢を持ち得ないことを承知した上での発言です。

しかしそれにカッチーンときたのが我らがアルマさん。雲の上の人であるマリアに食って掛かるわけです。頼りになるな、アルマさん!

「それは国を守るに足るであろう力を持つはずのあたしたちには、あまりに残酷な言葉です」
「あたしたちが、辞められない――いえ、辞めようとしないこと。それは大佐なら、確実にご存知のはずです。それにも関わらず、あたかも私たちに選択肢があるように見せかけるのは、そしてあたしたちに選択権があるように思わせようというのは、それは、です。ヴェーラやレベッカが背負っていたものを、あたしたちが理解できないとでも思われているのでしょうか」

アルマさんてば「ふざけんな、あたしたちを舐めんな」と言っているわけです。その剣幕にマリアも少なからず「ぅぉ!?」ってなったはず。

『……そうね。確かに、大人の文法、ね。悪かったわ』
『私たちには大人の文法も必要なのよ、アルマ。ただ、それをあなたたちに向けるべきではなかったわ。許してもらえると嬉しいわ』

マリアさんが(たとえフリでも)たじろぐのは後にも先にもこの一回です。しかし、なんせマリアさんですから、決して押し負けることはありません。

『では、私の、で語らせてもらっても良いかしら?』
『国民はこの際置いておくとしても、彼らアーシュオンの非人道的行為は、もはやつるぎによって裁かれなければなりません。剣――すなわち、セイレネスによって。
 私たちの生み出した技術であるはずのセイレネスが、アーシュオンに渡ってしまった。いや、或いは、そうあるべくしてそうなったのかもしれない。しかし経緯はどうであっても、彼らの持つ技術がセイレネスそのものであることは紛れもない事実です。
 ゆえに、私たちは彼らの行為おこないを、ありとあらゆる手段でもって止めなければならない。彼らの送り出す、何十人かの特攻部隊の影にある、何千何万もの犠牲者を救うためにも。そして、これ以上の惨劇を許さないためにも。このような彼らの馬鹿げた行為おこないを、確実に終らせる必要があるのです』

ここでマリアが掲げている「敵」はアーシュオンですが、コレは完全に「大義名分」なんですよね。まだマリアはマリオンたちが「と戦うか」を明かしていない。

『国民は今や、歌姫セイレーンによる庇護ひごと復讐――盾と剣。それが彼ら自身のものなのだと、当然のように思っている。平和と娯楽うたが与えられることを自らの当然の権利だと信じて疑わない。そして日々の安寧が歌姫セイレーンに依存しているにも関わらず、現在いまが何の努力もなしに未来あすに続くのだと、無根拠に信じています。ゆえに、私たちは敢えて、セイレネスによる平和を求めるのです。なぜなら――わかる、レニー?』

ここは完全に「恨み節」。マリアは自分が「歌姫計画セイレネス・シーケンス」の首謀者の一人であることは自覚しているんですが、それに本心から賛同しているわけではないし、できるならば歌姫たちに殺戮はさせたくない――そう思っているんですね。でもそうせざるを得ない世情、人々のリテラシー、そういったものに激しく苛立っているというわけです。マリアは創られた背景はともかく、本質はとても慈悲深い人なので。

なお『マリア』という名前もあの聖母マリアからのマリアですからね。「母」のイメージなわけです。

しかしそこでマリオンが言い募ります。

「その後は!? その後はどうなるんです? セイレネスで平和をもたらす――過程はともかく、結末は良いと思います。しかし、その後、人々はどうなりますか。セイレネスの陶酔トランス効果は、戦闘時のものが圧倒的に強力。それに慣れきった人たちは、戦争の終結を望みますか? 望むと思いますか?」

それに対するマリア。

『ノー』

です。マリアはこの後何度も「ノー」とか「イエス」とか言うんですがそう言っている時のマリアは多分激情に駆られてる。それを抑えに抑えた末に出てきた極限に短い反応が「イエス」とか「ノー」なのですな。

『マリオン。あなたは我が国の人々に、その拳を叩きつけることができるのですか? あなたは我が国の人々に、あなたの剣を打ち振るうことができるのですか?』

ここでマリアは密かにネタバレをかましています。イザベラの反乱の話ですね。イザベラはまさにそれを為そうと言うのだぞ、という。そしてその後お前たちはどうするつもりだ、という。

そしてそこからマリアはマリオンに「覚悟」を矢継ぎ早に訊いてくるわけですね。で……。

『あなたは、誰かに死ねと命じることはできますか?』
「できません」

マリアの問に即答するマリオン。ちょっとだけカッコイイ気がします。マリオン、この点だけは終始一貫してるんですよね。誰がなんと言おうとここだけは曲げない。

『ならば、どうします。限られた人間だけが犠牲となって戦い続ける未来あすを続けますか?』
「それでは、ヴェーラたちと同じ……」
『イエス。ですから、私はあなたに、その……そんな未来を続けますか、と訊いています。歌姫セイレーンばかりが血を流す未来を望みますかと、私は訊いています』
「それは……ノー、です」
『――ならば?』
 私はじっとカワセ大佐を見る。答えなんて何処にもないけど――。
「私は……戦争を終わらせたい」

マリアは容赦がないなぁと改めて。こんなの上からズガガッと矢継ぎ早に問われたら萎縮しちゃうと思うんですよね。でもマリオンも信念があるから曲げられない。でも、このマリオンの考えを引き出すのがマリアの目的だったのかもしれない。言語化することでその信念は現実に近付くものですからね。

マリオンさんの信念てのがこんな。

 人間同士が何十年も憎しみ合い、殺し合うなんて間違っている。殺して殺されて、憎しみをただただ肥大化させていくこんな世界は間違っている。歌姫セイレーンばかりが犠牲になるような、そしてその犠牲さえ娯楽と化してしまうような、そんな世界は間違えている。

若さゆえの正義感と考えることもできるんですが、マリオンは戦災孤児。誰よりも戦争を感じてきた一人だと思うんですね。そしてヴェーラの件。その衝撃の大きさは誰よりも大きかったんじゃないかと。で、そこから生み出された魂の慟哭のようなものが、この信念なんじゃないかなと思うのです。

しかしマリアはまだ容赦してくれません。

『残念ながら、あなたたちがになれる日は、まだまだ来ません』

これ(↑)、第四章のエリオット中佐の演説にかかってきます。信念はエリオットもマリアも(そして他の多くの大人たちも)ほとんど同じところにあるということの暗示です。

『ヴェーラ・グリエールにできなかったことを、あなたたちに託すわ。これはヴェーラとレベッカ、そして、私の意志。ヴェーラのを無駄にしないように。私はそれを強く望みます』

ここでマリアは自分の「役割」ではない、自分の「信念」をマリオンたちに託すわけです。自分は自分の役割からは抜けられないが、自分の心の思うところまでは棄てない。自分にはできなくても、それをできる者たち(マリオンたち)には最大限の力を貸そう――という、マリア流の決意です。

そして最後、レオンがこんな事を言います。

「マリー。ヴェーラ・グリエールは、いかりを巻き上げたんだ」

錨は巻き上げられ炎の時代が始まる――ヤクト・ミラージュですね!!!(FSS脳) レオンも相当な力を持つ歌姫セイレーンですから、直感力には極めて優れています。なのでもうこの時点でビシバシ不吉な予感を覚えていたのでしょうね。ヴェーラ・グリエールの執念のようなものに対して。

レオンらしからぬ態度で部屋を出ていってしまうんですが、それはアレです、レオンにとってその「予感」は可能性の話ではなかったという話ですね~。

というわけで次はいよいよ第四章でございます。

→次号

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