これは「03-02: 私たちは十字架を引き継ぐことを決めた」に対応したコメンタリーです。
いよいよ大事件がおきます。というか、「その時」が訪れます。
ヴェーラ・グリエールの死去――。
という世界を震撼させるニュースがマリオンたちのもとにも届きます。2096年元日のできごとです。そしてここからの3年間が、ヴェーラ――イザベラの戦いの期間となるわけです。とにかく、2096年1月1日、ヴェーラは死んだのです。
そこでレニーことレネ・グリーグが登場します。ここまでは通信とか話の端々に出てきただけでしたが、ようやく本人登場。マリオン、アルマと同様にS級歌姫です。マリオンとアルマは実際はS級ではないんですけどね。
レニーは実はここに至るまでに、ヴェーラ、そしてレベッカが何を計画しているかを知っているんですな、これが。「セイレネス・ロンド」では、レベッカに呼び出されてイザベラたちの計画を伝えられています。
レニーはとても穏やかで優しい人で、誰もが「素敵」と思ってしまうような人格者です。マリオンもアルマもそう思っていて、「憧れの先輩」のように慕っています。で、そのレニーが沈思しながらコーヒーを飲んでいるのを、マリオンもアルマも遠慮がちに眺めているというシチュエーション。話のできる空気じゃない――と二人は思ったわけです。
が、アルマがぼそっと問います。
「ヴェーラは……」
「本当に、死んだのか?」
「死んだなんて信じたくない」という気持ちとともに、「実際は何か仕込まれているのでは?」という陰謀論のようなものをアルマは感じ取るわけです。さすが鋭敏感覚女史です。レニーも実際に反応しちゃいます。さしものレニーにも、取り繕うことができるような心の余裕がなかったんですね。ここでマリオンにも「あ、なんかあったな?」って気付かれます。マリオンだってそこまで鈍くないんだ! 主人公だし!
で、マリオンはそう悟った上で、遠回しに「ヴェーラがどんな人だったか」と問います。その時のレニーの答え。
「私たちのね、姿や想いをそのまま映し出してしまう人だったわ、ヴェーラは。ずっと年下の私が言うのも変だけど、恐ろしく純粋で、恐ろしく傷つきやすい人だった。なのに、絶対にそういうものから逃げない……そんな人」
この言葉はある意味でとても真実。というか、真実を美しく飾った言葉なんですね。その後でアルマが、
「深淵の奈落みたいな人だった」
と評していますが、実はこれ、レニーの言ってることと同じことを言っています。アルマにはそう見えた、レニーにはそう見えた……それだけであって、つまるところどっちも本質を突いている。だからレニーがこう応える。
「ヴェーラは、全部受け止めてしまう人。全部ね。良いことも、悪いことも、何もかも。人々の仕打ち、戦場、軍の命令――そういったものが少しずつヴェーラを深淵に近付けてしまったんでしょうね」
これは「セイレネス・ロンド」の重要な部分をガッと(少々乱暴に)集約した感じです。「セイレネス・ロンド」は数十万文字かけてヴェーラを追い込む(!)形になる物語なんですが、「静心」ではそのあたりを書く文字数的余裕はなかったので、この人達の会話に凝縮しました。「セイレネス・ロンド」読んでね(゚∀゚)
で、大空襲(=八都市空襲)の話になったり何だりするんですが、その流れで「歌姫」の「歌」について言及されます。ここ大事。とっても大事。
「軍も政府も、あの二人の歌には何らかの麻薬のような依存作用があることを知っていたに違いないの。そうと知っていながら、用意周到に人々の頭の中に歌を染み込ませた」
それに寄って引き起こされた中毒症状を緩和するために、人々は「歌」を求めるのだと、レニーは言うのですな。こんなふうに。
「セイレネスの歌を人々がここまで渇望するのは……」
「中毒、だからよ。そして彼らが求める歌を最も効率よく供給できるのが、戦いの時」
「それじゃ、本当に娯楽のために戦わされている……?」
「歌」に中毒性があるというのは「うはwwwこの歌www無限ループせざるをえないwww」とかそういう話じゃなくて、麻薬よろしく脳内の各種バランスが変性してしまうことで引き起こされる現象なわけです。この現象に対抗できるかどうかは個人の性質に由来するところが大きい。たとえば歌姫として発現している者には「歌」は全く影響を及ぼしません(及ぼすとすれば自家中毒を起こしてしまうし)。
また、先天的に耐性がある人にも効果が薄いんですが、これは「ヤーグベルテの血」が遠いほど効果が薄くなります。セイレネスによる中毒症状は「生粋のヤーグベルテ人」に近ければ近いほど発症しやすくなるというわけです。といっても、これは遺伝情報の話(しかも基準がものすごく昔の話)なので、全世界に例外なく発症者がいます。たとえば日本人の遺伝子って考えても、日系三世とか四世とか、世界中にいますよね。そういうことです。が、日本人の血が一番濃いのはやっぱり日本。同様に、ヤーグベルテはその割合が有意に高いという話ですね。なので「歌姫」の「歌」への中毒症状はヤーグベルテ人に特に有効(?)です。
そして「反歌姫連盟」というネットの亡霊の話。これはまぁ、読んでもらえば分かると思いますが、現代のネット社会への風刺ですね。ええ、風刺です。
「彼らはいわばネットで発生する幽霊みたいなものよ。個々に見れば大したものじゃないけど、いつの間にか束ねられて強固な意志として成立するの。連盟とは言うけど、彼らは互いの顔も名前も知らないのよ。彼らのような存在は百年近く前から、つまり、ネットの発生とほぼ同時期からあったと言われているわ」
百年前というのがざっくり我々の言う「現在」です。まぁ、某ちゃんねるによる誹謗中傷とかそういうのを指していますね。悪口雑言罵詈讒謗、他人が傷つくのを他人事として楽しみ加担して、ともすれば対象を死ぬまで面白半分で追い込んでいく……そういう幽霊の話。なんせ未来ですしネット社会であるのは事実なので、この辺がいないのは不自然だろうと。まぁ、この反歌姫連盟というのは実際には実体を持った組織なんですが、それは「静心」では出てこないです。「セイレネス・ロンド」の方ではまぁ、テロリストですね。
レベッカは、自分とヴェーラの狙いが「軍」「政府」によって感知され、握りつぶされることも予想していました。だから、マリオンが閃いたとおり、レベッカたちは「反歌姫連盟」他、名前も顔もないネット上の悪意たちに格好の燃料を投下したわけです。そうしたら誰がどう弾圧しようが制限しようが燃え上がると知っていたから。
そしてその狙いは的中し、レベッカを名指ししての罵詈讒謗の嵐が巻き起こるわけです。しかし、残念ながらその炎上はレベッカが期待したレベル(の大炎上)にはなりませんでした。が、それでも確実に火種を作り、燻ぶらせることには成功したと言えます。なにより、マリオンたちが「それに気付いた」という事実が大きいのですな。
でもって、(今回の事件の背景やこの後イザベラが登壇してくることを知っている)レニーは、思わせぶりなセリフを言います。
「ディーヴァの時代はまだ続くのよ。あと、数年は」
明確に「数年」と言われたことに、マリオンきょとーん。アルマも「何を言ってるんだこの人は」状態だったと思いますな。そんな二人を見てさすがに説明不足を感じたのか、レニーは言葉を補います。
「私たちS級が、この時代を終わらせるの。D級に依存しすぎているこの時代を、ね。ヴェーラとレベッカの――ディーヴァたちの十字架を引き受けるのよ」
またしても後輩二人組、(‘д’)???? な感じ。でも、マリオンさんは気付くのです。主人公ですからね。主人公ですよ、ええ。マリオンさんは主人公です。
「何か、知ってるの?」
「……いいえ」
その間が答えだった。レニーは私たちが知らない何かを知っている。アルマが幾分鋭利な口調で訊いた。
「年末、レベッカに呼び出されていた日があったよね。特に戦闘もなかったはずだけど」
「ええ」
「あの時に、何かあったんじゃ?」
「……いいえ。何も」
こうしてみると、マリオンさん結構洞察力あんじゃん、みたいな。アルマが言うこの「年末呼び出された」については「セイレネス・ロンド」にて明確に書かれています。そこでは挙動不審になるレニーさんを見ることができます。まぁ、それはマリオンの知る由もない情報ですから、「静心」では完全にオミットしましたけどね。レニーが語るのもおかしな話ですし。
――という感じで後編に続きますよ。どんどんヘヴィ級になっていくっ!