これは「#06-02: セッティング」に対応したコメンタリーです。
さて、イザベラに導かれて会議室にやってきたマリオンとレオン。イザベラ様はさっさと立ち去ってしまいます。後で出てくるけど。
「マリーは頑張った。二隻ちゃんと沈めたじゃないか」
「私が頑張ったら何千人も死ぬんだ。私みたいな親のいない子が生まれたりもするんだ。そして、改造されたりしちゃうんだ……」
落ち込みモードのマリオン。何をどう考えてもネガティヴに落ちていってしまう状態ですね。人間、ある程度以上の落ち込み状態になると這い上がってこられなくなっちゃうじゃないですか。シュバルツシルトの領域に踏み込んでしまったかのように。
そこでレオンが言います。
「マリー。世界中に神様はたくさんいるよね」
このフレーズはですね、元ネタがありまして。ZABADAKの「FAKE」っていう歌をオマージュして作った部分なんですよ。歌詞この辺。↓の意味がもっと分かるはず。
「どんな神様も、世界を平和にはできなかった。古き神様――核兵器。それにとって代わる神様。それが私たち。だけど、私たちは兵器なんだ。この戦いで私もはっきり理解した。歌姫は、兵器以上でも、兵器以下でもないことをね」
兵器以上でも兵器以下でもない、ということは「歌姫」とはなんぞやっていう話になると思うんですが、ここのニュアンスは「歌姫=兵器」ということです。レベッカも「私たちは大量破壊兵器です。誰が何と言おうと」と言っていますからね。
「私たちがヤーグベルテで出来ることと言えば、徹底的に守り抜くことだけなんだって。改めて私はそう思ったよ。誰もが敵対することを諦めるまで、ひたすら守って守って守り抜くこと」
「そうすれば戦争は終わる?」
「わからない。終わっても敵はすぐ現れる。でも十年、二十年くらいは平和がくるかもしれない――政治方面の人が頑張ればね」
守って守って守り抜く。政治に関与することができるわけでもない歌姫たちが「外交」できるわけもなく。「外交」の結果や手段として「戦争」があるわけで。だから「歌姫」たちが「戦争を諦めさせられるだけの力を有すること」で、敵対する事を諦めさせる。武力行使が無駄だと知らしめる。……ことができるんじゃないかとレオンは言うわけです。が、実際、アーシュオンってほとんど無限の戦力を有してしまいつつあるので(素質者の量産で)、この望みは実はとても儚いものなのです。もっとも、この時のマリオンもレオンも、そこまで事態が悲惨化しているとは想像できていません。
で、「十年、二十年くらいは平和が~」というのは、これは「銀河英雄伝説」のヤン・ウェンリーのセリフを強くオマージュしています。
要するに私の希望は、たかだかこの先数十年の平和なんだ。だがそれでも、その1/10の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。
「銀河英雄伝説」――田中芳樹
このセリフに出会ったのはもうかれこれ27、8年くらい前だと思うんですが、すごい衝撃でしたね。「永遠の平和」とかを願う物語は多くても、ここまで「たかだか数十年の平和」とか明言してる作品はなかったと思う。ものすごくリアルなセリフで、だからこそ刺さったと言うか。その数十年のために命をかけて戦う虚しさも感じつつ、しかし、「自分の子供達の時代だけでもせめて平和に」と願うリアルさに共感しつつ。
というわけでレオンはこういう事を言いますが、同時に「兵器は戦争を終わらせられない」自覚もあるので、「政治方面の人が」と揶揄的な意味を含めて言っているわけです。今のこの戦争継続は政治方面の人が頑張った結果なのですけどね。無論、レオンはそんなことは承知の上です。
で、精神的にもズタボロのマリーに、「ちょっと寝ろ」とレオンさんは言うわけです。眠れと言われて眠れれば苦労しないんですが、レオンのナイスアシストでうっかり眠りに落ちちゃうマリオンさんでありました。
で、目を覚ますと、目の前にはメガネを外したレベッカさんが。一瞬何が起きたかわからなかったマリオンと大笑いしているレオン。まぁ、これはイザベラ提案のドッキリみたいなものです。
レオンはドッキリ成功に満足して、マリオンとレベッカを二人放置して出ていっちゃうわけですね。それもこれも、「マリオンとレベッカの会話」イベントを強制的に発生させるためです。あの戦闘後、マリオンとレベッカはロクに会話してないので。
「私に言いたいことがあるのではない?」
レベッカはまっすぐに私を見つめている。レンズが天井灯を柔らかく反射している。
「確かに、味方を見殺しにしたとか、私には荷が重い課題だったとか、いろいろ思いました。でも、それって言っても仕方ないじゃないですか」
「恨まないの?」
「私たち、戦争、してるんですよね」
「納得してないわね?」
「できませんよ」
マリオンさん、多分寝不足で判断力とか自制心が下がっているんだと思うんですけど、結構スパッと言い返してます。その一言一言がレベッカに突き刺さっているはずですが、レベッカはそんなことでは揺らぎません。既に諦観の域にいるからですね、これが。マリオンたちが入学した直後に見せたあの戦闘を決意したときから、非難批判が巻き起こることは承知の上だったのですね。だから今更心が波立つこともないと(表向きは)。
そんなふうに「言葉」を躊躇しないマリオンに、レベッカは言います。
「言葉を棄てちゃだめなのよね。そう、だめなのよ。言葉を使わずに誰かと分かり合えたとしても、誰かに分からせることが出来たとしても、それはただの思い込みに過ぎないのよね」
これはとてもリアルな言葉だと思っています。多分こうだとか、この人ならこう考えてくれるに違いないとか、そういう思い込みをしながら「人間関係ができている」とか思うと、結局みんな不幸になるよねと。
レベッカは訊きます。
「マリー、今、つらい?」
「……はい。でも——」
「なんでつらいって言わないの? レオナには言った?」
「私だけがつらいわけじゃない……ですよね」
「それはね、欺瞞っていうの」
「欺瞞……ですか」
欺瞞ていうのは「騙す」っていうことです。ここでは「自己欺瞞(自分を欺くこと)」というのが正しいのですが、そこは言わなくても通じるだろうということで「自己」をオミットしたわけですな~。
「不器用だから、私、そんなに上手に話せない。だけど、あなたは次の司令官。司令官になってしまったら、つらいだなんて言えなくなる。今はまだ、あなたは私に不満や不安をぶつける権利がある。あなたは、つらいんでしょう? なら、つらいって。そう言って。誰のことも考えなくていいの。去年、レニーは言っていたそうよ。あなたたちに気持ちを吐き出せて、すごく楽になったって」
このレニーのところは、#05-01のお風呂シーンですね。レベッカの「私に不満や不安をぶつける権利がある」というセリフから、「贖罪の気持ち」があった、「責めてほしい」という思いもあった、罪悪感から逃げられなかったということの発露でもあるんですね。
「なら、あなたにはレオナがいる」
「じゃぁ、レオンは? レオンのつらさはどうしたらいいんです?」
「あなたが受け止めればいい」
お互いに癒やしあえばいいと。お互いに助け合えばいいと。しかし――。
「そう。私はヴェーラを支えきれなかった。私はヴェーラの心を守り切れなかった」
ずーーーーーーーっとレベッカの心にはこの一点の事実が突き刺さっていたわけです。私のせいだ、私があの時――そういう思いがずっと心にたまり続けていた。そしてこの時点でその思いはほとんど限界だったんですね。あふれる寸前にあった。
「私もずーっとそうだった。ヴェーラを守りたくて、ただその一心で戦って、泣いて、笑って、苦しんでいた。そのつもりだった。だけど――」
レベッカの献身は、しかしヴェーラのそれには及んでなかった――レベッカはそう信じてしまっているわけです。どうすれば罪を償えるか、どうやったら贖えるか、そればかり考えているんですね、レベッカは。それを忘れるためにまたがむしゃらに動き回り、冷徹に振る舞い、心の中に澱をためていく。不幸な生き方だなぁ……。
「私はヴェーラの顔を見たい。あの美しい顔を、もう一度見たいの」
「しかし、火傷は……」
「そう。あの子は、全身を再建したけど、顔だけは触らせなかった。別人として生きる覚悟だったのかもしれないわ。でも、私はヴェーラとまた生きたい。歌姫としての役割から解放されて、何でもない普通の人として、二人で生きたいの――それが、夢」
ヴェーラもといイザベラ様、顔は焼け爛れてるんですね、これが。イメージイラストは「顔が無事だったら」という感じで描いてあるのでアレなんですが、実際にはエディットのそれよりひどい。完全に焦げてますからね。勿論、再建手術はそこまで難しくない。だけど、ヴェーラは顔を触らせなかったんですね。それはヴェーラなりの「戻らない」決意と、エディットへの憧憬のようなものを表しています。
レベッカはそれを「かなうはずのない夢」だと理解している。なぜなら彼女は、「近い将来、何が起きるのか」を知っているから。
「儚い夢、でしょう?」
つら……。
というところで一度おわり! 待て、次号!