会議は未だに終わらない。終わる様子もない。
ルフェーブルは腕を組み、人差し指で二の腕を叩いていた。あからさまな意思表示だ。だが、当の演説中のアダムス少佐は、それを気にも止めなかった。ルフェーブルはその明確にすぎる悪意を感じ取ったが、それに対するリアクションは行わなかった。こういう手合いは相手の反応を見てつけあがる。無視するに越したことはないが、それにしたってもういい加減うんざりだ――ルフェーブルは口を開きかける。
その瞬間に、会議室のドアが開けられて、青白い顔をしたプルースト少尉が飛び込んできた。いろいろな入室手続きをスキップしてきたということは――ルフェーブルは瞬時に立ち上がり、プルーストに近付いた。
「どうした、少尉」
「クロフォード中佐より、緊急通信です」
クロフォードの名前を聞いた途端、ルフェーブルは立ちくらみを覚えた。何かおぞましい、恐ろしいことが起きていると、彼女は直感した。プルーストから携帯端末を受け取り、ルフェーブルはその場で通話を開始し、その足で会議室から抜け出した。
「よろしいのですか」
「舞踏会に興味はない」
ルフェーブルはそう言って、携帯端末の向こう側にいる胡散臭い男に声をかける。
「どうした、緊急通信とは」
『士官学校と連絡がつかなくなった。どんな手段を使っても、だ』
「……論理回線が? まさか……!」
『そのまさかだ。明らかに何者かによる高度な破壊工作。絶対に使えなくはならない論理回線が落ちているということはな』
そこまで聞いて、ルフェーブルは隣に並んで歩いているプルーストを見る。
「少尉、私の名前で緊急事態コード発令」
「はっ、ただちに手配します」
プルーストはそういうなり、自らの携帯端末を手にして何事か手続きを始める。それを見届けて、ルフェーブルは再び携帯端末を耳に当てる。
『参謀本部長には、俺から緊急支援の要請を……今、出した。俺にできるのはここまでだ』
「十分だ。恩に着る」
ルフェーブルは通信を切り、プルーストを伺う。若い参謀はうなずいて少し緊張気味に報告する。
「緊急事態コード発令を確認しました。第六課、全リソースを当該コードの解消に」
「ご苦労。いい仕事だ、少尉。次は」
「車ですね。手配済んでます。私が運転しますので先に行きます」
「……いい仕事だ」
走り去る部下を見送り、ルフェーブルは再び携帯端末を手に取った。
「ハーディ、私は今から士官学校へ向かう。情報を――」
『すでに収集を開始しています。ヘリの手配もしておりますが、中佐は先に車両で現場へ向かってください。途中でピックアップさせます』
「……いい仕事をする、相変わらず」
『恐縮です』
腹心の部下であるハーディ少佐の落ち着いた声を聞いたことで、ルフェーブルは自分が思っている以上に動揺していたことに気が付いた。一度足を止めて大きく深呼吸をし、脳の温度を低下させる。
「そうだ、ハーディ。海兵隊――」
『論理回線破断の際の対応マニュアルに従い、すでに中佐の名前で展開を開始しています。今から……七分後には合流できます。ただし海兵隊の指示には従ってください、くれぐれも』
「わかっている。コードAAAで進行中だな?」
『肯定です。今全課に緊急事態コードが発令。参謀部全リソースでコード解消に動きます』
「君にはフルコースを奢ろうか」
『ジョークを言っていられる状況ではありません、中佐。考えられる状況は最悪です』
ピシャリと叱られたルフェーブルは「それもそうだな」と短く応じて、走り出す。
『中佐。近隣の住民たちからの情報はありませんが、激しい銃撃音のようなものが聞こえる、といった証言が集まりつつあります。かなりの規模の襲撃があった可能性が』
「あそこにはかなりの数の兵士を常駐させていた。それでもか」
『状況は不明です。が、良い状況であるなら部隊の一つ二つがどうにかして物理手段で情報を伝えてくるでしょう』
「……だな」
時計を見れば十七時二十八分。事態が発生してからどれほどの時間が経過したのか。ログからしてまだ三十分そこそこのようには思えるが。
駐車場に出ると、そこにはすでにプルースト少尉が車を回してきていた。
「中佐、乗ってください」
「頼むぞ、プルースト少尉」
ルフェーブルは後部座席に乗り込むと、シートベルトを装着する。間違えても安全運転にはなるまい。
「出発します」
プルーストは手動運転モードを確認すると、思い切りアクセルを踏み込んだ。