これは「#05-03: 優しい毒」に対応したコメンタリーです。
さて、パーティ会場を合法的に(やや強引に)抜け出したマリオン御一行。イザベラとレベッカ専用のでっかい車両(リムジンだと思ってくだされ)に乗ります。後部座席は向かい合わせになってるんですね。で、運転席と助手席には、イザベラ及びレベッカの警護官、ジョンソン&タガートが座っています。このジョンソン&タガートは常に二人セットで動いているんですが、実は「セイレネス・ロンド」シリーズの皆勤賞。第一部の終盤に登場してからずっとヴェーラとレベッカに付き従う騎士のような男たち。ただし気質はアメリカンな感じで、とても陽気。ちなみにこの二人、最初はFFの「ビッグス&ウェッジ」のノリで作られた人たちなんですが、シリアスからコミカルまで何でもいけちゃう万能おじさんズなんです(セイレネス・ロンド第一部の時点ではまだ「青年」なんですけどね) もちろん「セイレネス・ロンド」主要人物の例に漏れず、超優秀な警護官です。
で、ジョンソン&タガートは言わばSPなんですが、多分ヤーグベルテで最も有名なSP。マリオンが言うように「伝説の警護官」とすら呼ばれている男たちなのです。実際に戦闘するのは第一部の終盤のみなんですが、ものすごーーーく強いです。二人で二ダースの男を相手にしても負けないんじゃね? みたいな感想をヴェーラとレベッカは持っていたりします。まぁ、ガチ戦闘経験の豊富な軍人ですからね。そりゃ強いよ。しかも胆力も相当なもので、ヴェーラが家に火を放ったときにも、タガートは単身家に突っ込んでヴェーラを救出してますからね。……というようなことが語られてますね。
そんなジョンソン&タガートですが、突如降って湧いてきた軍の異動命令のようなものについて疑問を呈します。これ、マリア(とイザベラとレベッカ)が手を回した人事なんですね。「これから起きる事」をこの三人は知っているので、十数年の付き合いにもなるジョンソン&タガートを巻き込むまいとしての人事異動というわけです。士官学校に行くか、マリオンたちに警護対象を変えるか。その二択をせまったわけですが、これはアレです。ジョンソン&タガートが選びやすくするための配慮なんですね。士官学校に行け、だけでは二人にわだかまりが残る。マリオンたちを守れというのもこの後の事を気取られる可能性があるし、やっぱりわだかまりが残る。そこで当事者の二人に選択権を与えることで、その感情を緩和すると。
そしてイザベラたちは、二人が「士官学校の教官」なんかになるはずがないことを知っていました。マリオン、アルマという次世代の歌姫の頂点に立つ二人を守ってほしいという願いがあったというわけですね。
まぁ、この辺も二人のナイスガイは悲観的にならずに笑って対応します。ヴェーラが火を放ったことすらネタにしてしまう二人と、イザベラたちの信頼関係は相当に深いものだと言えますね。
「もうありとあらゆるお転婆には免疫があるつもりですが、家に火をつけるのだけは本当に勘弁して欲しいですねぇ」
「え、ちょっとタガートさん。それブラックジョーク?」
イザベラも完全にヴェーラになってます。
「というわけでさ、二人のことを本当によろしく頼むよ、ジョンソンさん、タガートさん」
「なんか今生の別れみたいで嫌ですよ、その言い方」
「あは、ごめん、ジョンソンさん」
ジョンソン&タガートほど付き合いの長い人物が、ここで「不吉な予感」を感じなかったはずがないんですよね。でも二人はそこに突っ込まない。ここもまた、二人が歌姫たちを信頼しているということの現れでもあります。
そしてこの四人の信頼関係は、立場を超えたものであることが↓でも分かると思います。
「あ、でもそうだ。給与明細に、お二人の愚痴聞き料っていうのがあるのですが、それは担当変わってももらえるんですか?」
「愚痴聞き料!?」
レベッカが真顔になる。いやいや、これはジョークだろうと、思わず心の声で突っ込む私。なるほど、イザベラのおもちゃになるわけだ。
「わたしはともかく、ベッキーの愚痴聞き料は高そうだね」
「ちょっ――」
「それが全然割に合わなくて」
ジョンソンさんとタガートさんが笑っている。
「もう、嫌いです。ふたりとも!」
行動を共にすることが多い四人ならでは。ベッキーも「愚痴」を否定してないところをみるにしばしば愚痴ってるみたいですね。レベッカは悩み多き人(主にヴェーラ/イザベラ関係)なので、まぁ、愚痴るんでしょう。
そんな四人のコメディドラマに翻弄されるマリオンとアルマですが、やがてアルマが真面目に訊きます。マリア・カワセ大佐のことを。
するとイザベラは濁すことも何もなく、「歌姫計画の事実上の親玉だよ」と明かします。すべて了解済みということなんですね。
「推測なんだけどね、わたしたちにとっても。彼女との付き合いももう十年くらいなんだけど、彼女は何でも知っている。そして、どこにもいない」
これはハーディ中佐が言っていたことと同じことで。マリアは「普通の存在じゃない」というわけです。しかし、その忌むべき「歌姫計画」のトップを張る人間の一人であるにも関わらず、イザベラもレベッカも「恨んだりはしない」と断定します。
「私たちをより完全にするために、彼女は送り込まれてきた。それは事実だと思う。でもね、たとえ本当にそうであったとしても、わたしたちはマリアのためなら何だってするだろう」
「その結果、多くの犠牲が出るとしても?」
私は多分、渋い顔をしたのだろう。イザベラは軽く顎に手をやってから、その栗色の髪の先端を弄んだ。
「あのね、マリー。この世界は善悪二元論で語れるほどに単純なものじゃないんだ。仮にわたしたちの全ての行為がマリアの作った手順書に従ったものでしかなかったとしても、そんなことはわたしたちにとっては、本当にどうだっていいことなんだ。マリアが今までわたしたちにしてきてくれた献身には、嘘も偽りもない。背景だの思惑だの、そんなことは些末な問題なんだ」
ヴェーラ(イザベラ)もレベッカも、マリアのことを「愛している」と言います。マリアは確かに「悪いやつ」かもしれない。けど、マリアがしてきてくれたことは間違いなく「本心からの献身」だったと。だったら拒絶する理由も断罪していい理由もないと、そういうわけです。
そしてイザベラはマリオンたちに言います。
「マリアによってね、わたしたちは守られているんだ。彼女と、その背後にいる途轍もなく巨大な力によって、わたしたちは守られている。敵も味方もない、ありとあらゆる悪意の文脈から守られているんだ」
この「ありとあらゆる悪意の文脈」との戦いは、第八章のマリアのブチギレシーンでわかりやすく明らかになります。このイザベラの言葉に対してマリオンは「毒をもって毒を制すると言っているように感じた」というような過激な発言をするんですが、それに対してイザベラは「ならばマリアは優しい毒さ」と返します。「毒であること」は否定しないのがイザベラらしいと思うんですよ。
「そうさ。忘れるなよ、ふたりとも。今はきみたちもまた、その甘くて柔らかい毒に守られている。でもそうだなぁ。きみたちはいずれ、その毒をも制するようになるかもしれないね」
これ、「静心」の先の話をしています。実は。セイレネス・ロンドの「09:ザ・フォーマルハウト」の話をしてるんです、これ。マリオン編のあとのキリス・オヴェロニア編の話なので、このイザベラの予言はちょっと外れるんですが。
マリオンはそれに対して懐疑的。D級歌姫であるイザベラたちにさえできなかったようなことが、D級歌姫ではない自分たちにできるのか、と。
それに対して、イザベラは……。
「わたしたちはね、きみたちには本当に期待しているんだよ」
と。
もう完全に「何か起きるぞ」という予兆を隠そうともしてない感じですね。怖い人達だなぁ。