これは「02-02: 第二艦隊による蹂躙」に対応したコメンタリーです。
携帯端末に飛び込んでくる臨時ニュース。マリオンはヴェーラの情報を探している時でしたから、かなりドキッとしたと思います。が、そうじゃなかった。「戦闘開始」の情報だったのです。戦闘。
歌姫(候補生)たちに通達される戦闘は、歌姫艦隊、つまり、第一艦隊・第二艦隊いずれかの戦闘のみです。現在、第一艦隊司令官であるヴェーラ・グリエールは意識不明の重体にありますから、今動けるのは第二艦隊司令官レベッカ・アーメリングだけということになります。今、レベッカは第一艦隊と第二艦隊を兼務している状態なわけです。過労死どころじゃねぇぞ。
こと、マリオンたちが入学してからというもの、戦闘がない日は殆どなかったということをマリオンが言っていますね。常にどっかそっかでアーシュオンとの戦闘が発生していたということです。それもそのはず、ヴェーラが不在の今を好機として、アーシュオンは襲いかかってきているわけです。
その報せに、アルマは表情を険しくし、マリオンは自虐します。
でも、私は少し安心した。安心してしまった。薄情だなって、我ながら思う。「ヴェーラが死んだ」という報せではなく、「レベッカが人を殺す」という報せを受けて、安心したんだ。そしてたぶん、この国のほとんど全ての人が私と同じように安心しただろう。いや、違う。それどころか、人々は期待している。レベッカが人を殺すことを――。
この辺から「静心風味」が濃くなっていく感じですね。ヴェーラとレベッカを想うマリオンの気持ちに嘘はないんだけど、それ故にマリオンはますます自分を「薄情だな」と思ってしまうわけです。
で、ここで、「戦闘の中継映像」がどんなものかが描写されます。
生中継なんですね。ライヴ。
彼女の携帯端末の上では、仰々しいテロップが踊っている。
こんな具合に、さながら安っぽいYoutubeの映像でもあるかのように「レベッカ出撃!」とか「歌姫圧勝間違いなし!」みたいな俗なテロップが踊っているわけです。国民はそんなアジテイションにも似た文字列の装飾に熱狂するわけです。熱狂するから煽るような映像・文字列は加速する。結果、この時点ではかなり毒々しい画面になっているはずです。でも、人々はセイレネスの発する音(歌)に中毒ともなっているために、誰もがこぞってその映像を求めるのです。グロテスクな社会――ですが、我らが日本国もほんの数十年前までそんなだったはずです。ヤーグベルテの英語綴りはJagberte、頭文字は「J」ですからね。
そしてレベッカが連日のように戦場に馳せ参じなければならない理由が次。
「第五艦隊が、第二艦隊に戦場を明け渡したな」
「また超兵器かな?」
「いつものナイアーラトテップだろうな」
「今はレベ……アーメリング提督しかいないのに」
超兵器が出てくると通常艦隊では手も足も出ません。実際に、潜水艦「ナイアーラトテップ」が出現した当初は、一隻~二隻のナイアーラトテップによって一個艦隊が易々と撃滅されてしまっていたりします。通常兵器は効果がないんですね、こいつら。後に出てきますが、このナイアーラトテップ、「無人潜水艦」と言われているんですが、実際には「素質者」と呼ばれるアーシュオン版歌姫が乗っています。アーシュオンは彼女らを「人」としてカウントしていないので「無人」なわけです。後々、もっと「非人道的なもの」が出てきますが、それがイザベラ様の怒りに油を注ぐことに。
ナイアーラトテップですが、巨大な艦体に幾本もの触手が生えたような形をしてます。現在出ているE型、M型には、遠距離攻撃兵器の搭載は確認されていません。高速で艦隊に接近し、水中に引きずり込んだり触手で叩き割ったりしてくるという攻撃をします。先述の通り通常兵器は効果がないので、爆雷だろうが対潜ミサイルだろうが核魚雷だろうが効果はないのです。それはひとえに、セイレネスで防御しているから。これはレベッカやヴェーラも同様です。ヴェーラたちにも通常兵器は効果を上げません。が、セイレネスはセイレネスで対抗できるため、さしもの超兵器ナイアーラトテップも、力ある歌姫の前ではただの潜水艦です。C級歌姫でも、三人一組で行う完全調律コーラスという技を使うことで、十分に対抗できたりします。
……という事情もあって、歌姫を擁する第一・第二艦隊はでずっぱりです。なにせ、敵に一隻でも超兵器がいたら、通常艦隊では負け確定だからです。「負けちゃうんだからしかたないよね」っていう軍の都合、政治の不手際であるにも関わらず、超過重労働をレベッカたちに強いているわけです。しかも、エディタたち一期生が配備されるまでは、ヴェーラとレベッカがたったの二人きりで広大なヤーグベルテの海域を守っていたというわけです。ヴェーラ、レベッカは遠距離でもセイレネスを発動させられるので、全ての海域に出向く必要はなかったんですが、それでも連日戦闘行動、つまり、一方的殺戮行為を強いられていたというわけですね。この辺は静心本編でも繰り返し登場します。
そう。艦隊司令官であるレベッカは一人だ。その疲労心労は想像を絶するだろう。だけど、人々は――私たちも含めて――信じていた。レベッカがいる限り負けることはないと。圧勝に決まってると。
レベッカだって、エディタたち四天王だって消耗して摩耗していく。そんなことは当然わかっているはずなのに、誰もが見て見ないふりをする。そんなだから――。
マリオンさん、この辺の状況把握・認識力はとても繊細にして精確です。主人公ですからね。
一人二人の英雄に依存して、しかも戦争をやめる努力もしない。勝利の凱歌の恩恵を受け続けることにだけ躍起になる。
そんな人々の本音を、歌姫は、まして、力あるヴェーラやレベッカは見抜いてしまうのです。
そりゃ、うんざりもしますよと。
「ヴェーラがあんなことをしたのも、きっと人々に目を覚ましてほしかったからだろうね。だけど――」
「誰も目覚めなかった」
「あたしたちを含めて、な」
アルマさん、ド・シリアスモード。本質は真面目でとても思慮深い子なので。
その鋭い指摘に私は唇を噛む。逃げられないのだ。歌姫の歌い上げるサウンドからは、なんぴとたりとも。戦闘システム「セイレネス」を通じて放たれる音からは逃げられないのだ、私たち歌姫以外は。あの歌には絶望的なまでの快楽と依存性がある。ヴェーラとレベッカが初めて最前線に出て以来、人々はずっとずっと、強い中毒症状に陥っている。
この「音」というのは、「耳に聞こえる音」と「そうじゃない音」の両方を含みます。前者は「わかりやすい」もので、人々はそっちに依存していると思っている。けど、実際には後者なんですね。本質を覆い隠すのが「音」あるいは「歌」と呼ばれるサウンド。実際にはヴェーラもレベッカも歌ってはいないんですね。彼女らの脳波(のようなもの)がセイレネス・システムによって増幅されて、それがさらにセイレネスの増幅器を通じてヤーグベルテ国民の皆々様に届くわけです。いわば大規模洗脳装置ですね。
『全艦、セイレネス発動!』
表示されている現地時間は真昼の頃。青く揺蕩っていた海が、セイレネスによって生み出されたオーロラグリーンの粒子に染まっていく。陽光にすら負けない輝きが、第二艦隊の全艦艇から生み出されている。
セイレネスが発動するとどうなるかっていうと、周囲が緑にぶわーってなるんです、光が(語彙力
とにかく、ものっそい眩しく輝く。
で、レベッカが指示を出します。
『エディタ、指揮を』
『了解。全艦、我に続け!』
ここ! この「レイズ・ザ・カーテン」が私のお気に入りポイント。
「幕をあげよ!」という意味ですが、これをして「戦闘行動開始」の号令にしているわけです。
あと「ユー・ハヴ」「アイ・ハヴ」のやり取りもこの後何度も出てきます。文字通りの意味ですね。
そしてここで、一個艦隊が約50隻の戦闘艦艇で構成されることが判明します。
通常艦隊の場合、これに様々な艦種が10~20追加されますが、歌姫艦隊は全てが戦闘艦。
「戦艦」「重巡洋艦」「軽巡洋艦」「駆逐艦」他小型戦闘艦(フリゲートやコルベット)のみで編成されています。
輸送艦とかは機動力や戦闘力で足手まといになるので、必要に応じて合流することになります。また、航空母艦がいないのも歌姫艦隊の特徴です。この時代、ヴェーラ、レベッカの台頭によって、航空戦力は完膚なきまでに叩き落されたりするんですが、それでも通常艦隊同士では航空戦力がやっぱり花形。実際、最下級C級たちにとっては航空戦力は未だ脅威。ヴェーラたちが規格外に強すぎるという話なのです。なお、V級であるエディタ、トリーネ、クララ、テレサたちにとっては、「油断しなければうざったいだけ」の存在なのが航空戦力。もちろん、アーシュオンにも超エース級はいるので、そういうのは例外。セイレネスの防御をもっても防げないような飽和攻撃を仕掛けてくることもありそうなるとなかなか単艦では防ぎきれない可能性もある――と言われています。というのは、いまだかつてV級の艦艇が損傷せしめられたことがないから。あくまで理論的に、という話ですね。エディタの重巡洋艦アルデバランとか、ビーム砲も搭載してるしなー。しかも拡散するやつ。普通に正面から撃ち合っても通常艦艇では手も足も出ない。エディタの段階ですでに鬼に金棒です。
そんなエディタは現場の指揮官。レベッカもエディタに全幅の信頼をおいています。まだ配備されて間もないというのに、この時点で最低でも十数回の実戦は重ねているわけで。もちろん士官学校在学中にも実戦サポートとかには従事していたので、エディタたちは配備の時点でかなりハイレベルな状態だったというわけです。
そして戦闘は続く!
――待て、次号!