それまでは言わば「通常艦隊」による戦闘が続いていたアーシュオンとヤーグベルテ。そこにはある程度の均衡、言わば予定調和のようなものがあった。駆け引きがあったし、純粋に知略のぶつかり合いもあった。
しかし、この「ナイアーラトテップ」の出現により、その均衡は完全に崩れ去る。敵味方問わず「クラゲ」と呼ばれるこの兵器は、分類上は「特殊潜水艦」あるいは「特殊潜水空母」となっている。
あらゆる物理攻撃を無効化し(光学兵器、核兵器すらも)、その触手で艦船を叩き割り、海中に引きずり込むそのさまは、まさに邪神。余談だが、ナイアーラトテップは別名ニャルラトホテプともいい、出典は他の超兵器同様にクトゥルー神話である。ともあれ、ファーストコンタクトに於いては、ヤーグベルテの艦隊はたった一隻のナイアーラトテップの前に全滅の憂き目を見る。
それ以後もナイアーラトテップは神出鬼没にヤーグベルテを脅かし続ける。この時のナイアーラトテップは「E型」──アーリータイプである。相当数が建造されており、ヤーグベルテの艦隊に大ダメージを与えた。
なお、ナイアーラトテップはアーシュオン版の歌姫である素質者搭乗艦であり、それゆえに通常艦隊に対して圧倒的な威力を誇った。……のだが、ヴェーラやレベッカの前には鎧袖一触だったようである。また、「静心」ではカティによって撃沈されてもいる。これはカティが特殊能力者だからなのだが。
ナイアーラトテップは基本的には単艦運用、独立での奇襲攻撃を行うのが主。艦載機搭載タイプもいる(すべてではない)ため、同じE型にもいくつかバリエーションかあるようだ。なお、搭載している艦載機は、同じく超兵器であるところのロイガーかナイトゴーント。搭載機数は少ないとは言え、対抗手段の限られるヤーグベルテにとっては極めて重大な脅威である。
このE型の後に出てきたのが「M型」。文字通り建造コストを下げ、建造効率をあげたタイプ。E型に比べると性能は大きく劣るが、集団運用を基本とし、しかもセイレネス搭載艦であることはかわりないため、通常艦隊にとっては恐るべき敵である。また、歌姫艦隊にしても「無視」できるような手合いではないため(量産型とはいえC級歌姫には十分に脅威である)、数が多いと苦戦させられることもあり得る。
そしてナイアーラトテップの最終型がI型。「ナイアーラトテップ改」などとよばれるが、実際のところは、潜水艦型ISMTである。ISMT同様に、亜音速魚雷すら超える超高速で突っ込んできて自爆するという単純明快な兵器である。その威力はすさまじく、有能なV級歌姫であるトリーネを乗艦の重巡洋艦レグルスもろとも消滅・即死させている。
自爆を前提とした運用をされる本艦だが、このタイプもまたアーシュオン版歌姫素質者が搭乗している。その能力は上位のV級並であるため、確実に迎撃するにはS級レベルの力が必要である。実際にS級であるレニーは、このI型を容易く撃破殲滅しているが、それができる人材が迎撃可能な位置にいるかどうかは運、ともいえる。
ヤーグベルテにしては幸いなことに、このI型は建造コストが恐ろしく高い。そのため、無計画な戦闘には配置できず、いざ必要なときには参謀部の読み通りとなっていることが多く、初戦以降は歌姫艦隊には大きなダメージを与えることは出来ていない。
「セイレネス・ロンド」ではさらにこの派生型である「マイノグーラ」が出てくるが、「静心」ではその存在からオミットされている。