07-03-01:誰が、彼女を、殺したのか

静心 :chapter 07 コメンタリー-静心
第七章ヘッダー

これは「#07-03: 静かな夜に光る空」に対応したコメンタリーです。

そしていよいよ、第一艦隊と第二艦隊があいまみえます。いざ戦闘かと思ったら、「なんかへん」だとマリオンたちは感じるのです。

 指数関数的に、不快感が膨れ上がってくる。ナイアーラトテップI型のものよりもっと強い。歪んで纏わり付いてくるなにか粘液質なもの――単純に言うとだ。
 その気配は、アーシュオンの艦艇から感じられた。駆逐艦だろうか。それが……五隻もいる。
『凄まじいひずみ。不協和音ディソナンス。なんなのかしら? 頭がおかしくなりそう』

ディソナンスとかいう音楽用語をさらっと入れました。とにかく気持ち悪い感覚なんですね、鋭敏な彼女らには。

そこでイザベラ様登場。

そして言います。

『きみたちにこのを見せるためだけに、今の今までアーシュオンの有象無象うぞうむぞうたちを生かしておいてやったんだよ』

音の正体。それは――生首となった少女たちだった、と。脳にだけ用があったから、とりあえず首切断してという。その結果生まれたのが、生首歌姫だったと。

 それは、頭髪も胴体もない、首から上の人間だった。目を見開き血走らせ、笑っている。何の感情もなく劇薬のような笑い声を垂れ流している。首の断面から伸びた無数のケーブルが、彼女を生きながらえさせているのだろう。頭に突き刺さった何本もの細い何かが、彼女を狂わせているのだろう。これはいったいどんなフィクションなんだよ――私は意識の中で舌打ちした。
 きゃははははは!
 ……と、それは笑い続けている。肺も横隔膜もないのに、笑っていた。胃がえぐれそうだ。吐きそうだ。

この辺の描写は、実は小林泰三やすみ氏を強く意識したところです。私がホラーの達人として崇拝しているのが小林泰三氏でした。残念ながら亡くなってしまいましたが。小林氏は私が何かと影響を受けた作家さんです。

そのあまりの鬼畜な政策、そしてその結果生み出された壊れた歌姫。それらを見て怒りに震えるレベッカとマリオン。それに対してイザベラは氷のような冷たさで、それらの「兵器としての有用性」を語ります。そして、

『ヤーグベルテの首脳陣が知ったらどうするだろうね、この技術。C級クワイアV級ヴォーカリストにバージョンアップできるんだよ、これ』

と、恐ろしい予言のようなものを口にします。

レベッカが「そんなことは誰も許さない」と言いますが、イザベラは懐疑的。

『敵が次々V級ヴォーカリストを送り出してきても、外道だ畜生道だと言っていられるものかな? 自らの安全が脅かされるとして、隣人を生贄に差し出さない人がそこまで多いとは、わたしには思えないなぁ!』

これ、マジな話マジなことだと思うんですよ。「自分が犠牲になる可能性を低くできるなら、自分から遠い人を犠牲にすることを厭う人が果たしてどれくらいいるか」という。で、多分このイザベラの未来予報は極めて確度が高い。

マリオンは「こんなの、おかしい!」と拒絶します。が、イザベラは全く揺らぎません。

『おかしくてもね、許さない国民は少数派マイノリティさ。自らの身が危険に晒されるとわかれば特にね。人道性なんて、危機感の前には、いずれは無視されるようにできているんだ。マスメディアが言論の自由の下に振りかざすがある限り、人々の過半数くらいなら簡単にころっと意見を変えるのさ――自覚なき罪人つみびと、無垢なる咎人とがびとってやつだね。そしてこと民主国家においてはね、多数派マジョリティこそが、すなわち正義なんだ』

「報道しない自由」。もう若い人は知らないかな~。この発言がものすごく物議を醸した事があるんです。Wikipediaを見てみると、

国民の知る権利のために報道機関が有する報道の自由に対して、時には報道機関が報道しないことによって国民に知らせないことも自由になってしまうという危険性を示す用語である

wikipedia

とあります。イザベラは正にこのことに言及しているわけですね。そしてこのイザベラの主張もまた、物語の中の話じゃなくて、我々のリアル世界についての言及です。最近のコロナ報道とかもそうですし、とにかく人々は簡単に騙される。騙されてもそれに気づかず、メディアの主張がさも自分たちの主張であるように錯誤し、正しさ・正義は多数派にあると思いこみ、自身がそこに所属しているというだけで簡単に思考を停止する。……ように私には見えます。そして実際にこういうシチュエーションになった時には、多分世の中はイザベラの予想通りになるだろうとも思っています。

『アーシュオンの記録ログによれば、この子たちは戦災孤児。身寄りのない子でできてるんだ。マリー、きみやアルマと同じようにね』

刺さりますね、マリオンには。そしてアーシュオンの非道っぷりといったらない。

『わたしは世間知らずにも、我が国ヤーグベルテこそが世界で一番愚かで残酷な国だと思っていたんだ。ついさっきまで。だけどね、アーシュオンはレベルが違ったよ』

イザベラ様、怒りMAX。

マリオンは「こんな非人道的兵器を暴いたんだから、それをもってすればもしかしたら」とかそういう儚い可能性を口に出しそうになりますが、イザベラ様にはお見通し。

そして「レニー」と衝撃の事実を明かします。

『レニーを殺すはずがないだろう、わたしが』
 イザベラはいかっている。
『レニーはアルマの護衛として退避させるつもりだった。なのに、なぜか第七艦隊がすぐそこに現れてしまったんだ。だから、レニーを逃がすことができなかった。口実が立たなかった。レニーをていよく逃がすことができなかった……!』

そう、第七艦隊がそこにいたんです。リチャード・クロフォード提督率いる第七艦隊が。第七艦隊は空母ヘスティアによる超隠蔽スーパーコンシーラ能力を有しています。で、隠れていたんですね。そしてレニーのヒュペルノルアルマパトロクロスを曳航している所に現れて「レニー、お前は戻れ」と。

で、レニーとしてもイザベラの支えになりたかったわけで、一も二もなく戦場に戻るわけです。そこに、この潜んでいた「生首歌姫」の五隻の駆逐艦が襲いかかったのです。不意を打たれた、しかもV級ヴォーカリスト相当が五隻。となれば、いくらS級ソリストのレニーと戦艦の組み合わせ効果シナジーでも耐えられなかった……。というのが顛末です。

そしてマリオンたちが見た、セイレーンEM-AZがヒュペルノルを撃沈する映像は、精巧に作られたフェイクだったという。実際に、技術的に映像はいくらでも捏造できます。今でいえばyoutubeでゲーム実況動画を作るのと同じ程度の労力で精巧なCGを作れたりするはずですし、また、AIが跳梁跋扈する時代ですから、人間が作るものより遥かに精巧な映像を作ることもできます。情報操作も。

レベッカがどうだったかは触れられていませんが、マリオンについてはそれをコロッと信じてしまったわけです。イザベラの反乱というあまりにも大きな事実の前に、「誰がレニーを殺したか」という疑問に至れなかったと。

レニーを直接的に殺したのは確かにアーシュオンなんですが、実際に「死ぬ状況」に導いたのは第七艦隊なんですね。で、その第七艦隊の手引をしたのは誰かという話になるんですけど、それは一体誰なんでしょうかね……?

それもこれも「歌姫計画セイレネス・シーケンス」なのです。戦争継続のメソッド、というわけなのですなぁ。

→次号

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