これは「#08-03: レイズ・ザ・カーテン」に対応したコメンタリーです。
理不尽回。ちなみに「レイズ・ザ・カーテン」は#01-01で出てきていますね。幕を上げるという意味です、文字通り。
アルマとマリオンはともに「査問会」に呼び出されます。その理不尽さに、温厚なマリオンですら
本当にくだらないものだった。
――と「怒り」を覚えています。現場で苦労している若者を、現場を知らない戦力にもならない口だけオッサン軍団が詰問するわけです。理不尽な、いってしまえばリンチですよね。陰湿な。そしてマインドコントロールにも似た「従順な兵士」を作ろうという目論見もあります。どの組織にも多かれ少なかれ存在するものだと思いますが、軍はヴェーラやレベッカが世代交代する今こそ「より従順な切り札」を作ろうとしています。だから執拗なのです。
しかし、もう一段も二段も成長したマリオンとアルマは、そんなものには怯みません。
「反乱軍の殲滅の見込みは」
この馬鹿げた問いに、アルマは応じます。
「参謀部にご確認ください。戦争は個人でするものではありません」
馬鹿なことを訊いてるんじゃねぇよと。そういう意図ですね。怯むオッサン軍団は、しかしまた言い募ります。
「戦っているのは君たち歌姫ではないか」
今度はマリオンが毅然と応じます。
「国防と娯楽を両立――つまり、パンとサーカスを国民に与えるために、私たち個人に終わりのない戦争を続けさせている。そういう理解でよろしいですか」
マリオン、成長したなぁと。またも怯むオッサンですが、その減らず口はまだ止まりません。
「君たちに頼らざるを得ないのだ。超兵器には通常艦隊では手が出ない。君たちにしか奴らは倒せない」
なんと勝手な言い分だろうかと。しかし、マリオンさんは厳しい口調で応じます。
「私たちも将兵に無駄死にしろとは言いません。言いたくありません。ですから、超兵器については百歩譲って認めましょう。しかし、あなたたちは今、どこで何をしているのでしょうか。私たちが命を賭けて戦い、同期や先輩と殺し合い、そしてやっとで帰ってきた私たちを、このような場に呼び出して責め立て、挙げ句自らが招いたイザベラの反乱の責任まで私たちに求めて」
ここで引き下がっていたら、マリオンはヘタレで終わっていたはずなんです。が、マリオンは友を失い、友を殺し、あこがれの人を目の前で死なせてしまった傷の痛みに突き動かされ。そして、もうひとりのあこがれの人に、あんな行為に踏み切らせた物事のすべてを、マリオンは憎んでいます。そして自分が負けてしまうことは、それらすべての人達の思いを無碍にすることだと。
「口を慎め、シン・ブラック」
「そうおっしゃる権利があなた方にありますか」
かーっ、マリオンさんかっけぇ。自分の二倍三倍の年齢の高級将校相手に啖呵をきってますよ、マリオンさん。泣き虫マリオンさんが輝いている。
「あなた方は手を抜いたんです。私たち歌姫に頼り切り、何年もヴェーラとレベッカを使い続け、摩耗させ、その間、何らの対抗手段も措置も講じなかった。外交は政治の仕事、私たちの原則は文民統制――知っています。しかし、そのことと、軍が全くの無策であったことは完全に別物です!」
「無策ではない! レスコやヨーツセンら、V級を始めとした歌姫たちを増強したではないか!」
「なぜ限られた者しか戦わなくて良い体制になってしまったのか。私はそれを訊いています。あなたたちがこうしてのんびり査問会などを開き、参謀部、情報部、保安部で足を引っ張り合っていられるような、享楽的な体制を作ったのか。私はそれを訊いています。血を流し、死に続けるのは私たち第一、第二艦隊ばかり。あまつさえ、断末魔すら悦楽の素材として搾取される現実があります。そんな体制を、誰が作ったのですか。いったいどなたが望んだのですか」
マリオンさんの本音がドバーッと出ています。同時にこれは、無意識ではありますけども、レオンやエディタたちの言葉でもあり、そして、イザベラやレベッカの想いでもあるわけです。取り憑かれたようになっているんです、マリオンさん。
そしてアルマがトドメを刺します。
「ネーミア提督の艦隊は、あたしたちが対処します。厳しいものとなるでしょうし、当然、ネーミア提督は手加減などをして下さるような方ではありません。ゆめゆめ忘れないことです。あたしたちが壊滅した折には、ヤーグベルテは終焉ります。セイレネスは、大量殺戮兵器ですから」
十八歳の女子二人が、将官を含むおっさんたちを圧倒しました。この二人はやっぱり最強の二人なのです。
おっさんたちがキレかけようとしたとき、登場したのはエドヴァルド・マサリク大統領! 言わずとしれた、ヤーグベルテの最高権力者です。
さすがにこの人の乱入にはマリオンたちも気勢を削がれます。
大統領、何しに来たのかと思えば、なんとマリオンたちを労うではありませんか。そしてオッサン軍団を激しく一喝。実はこの部分からマリアのシナリオが始まっているのです。一字一句、マリアの書いた脚本に沿って展開していく、大統領の演説。
「我々はこの十数年、国家の安全をヴェーラ・グリエール、レベッカ・アーメリング、および、イザベラ・ネーミアによって保障させてきた。その現実を否定できる者はいるだろうか? この子たち歌姫は、自らの生命を賭して国家への献身を貫いてきた。そして実際に、あの卑劣なるアーシュオンの攻撃によって幾人もの友人を失いながら、この子たちは我々のために戦ってきてくれた。そして常に我々の期待に応え、希望を繋いでくれていた!」
「我々はありとあらゆる意味で、歌姫に依存してきた。それなのに何だ、諸君たちのその態度は。不遜不逞の態度は。仲間、或いは憧憬の人との戦いを事実上強制され、それを立派に成し遂げようというこの子たちを、どの口が糾弾できるのか。いったい、どの程度の立派な人間がそれをしているというのか!」
「私はこの少女たちにありとあらゆる権限を与え、そしてこの状況を打破することを願う」
この部分って、「マリアが大統領の口を借りて吐き出したマリア自身の本音」なんですね。彼女はまぁ色々制約があってあまり本音を吐露できない立場なので。しかし、よりによって大統領の言葉にしてしまうわけですから、マリアの力の凄まじさを感じますね。また「どの程度の立派な人間」という表現。これはもっと堅苦しく言うこともできたわけですが、「敢えてバカでも分かる表現」を使っています。マリアの毒の部分の現れです。
「文民統制は曲げてはならない国家の信念である。だが、であるにしても、この子たちに大統領たる私の誠意を伝えることが過ちであるとは到底思えない。今まさに。そう、まさに、今。命を賭けているのは我々ではない。剣を取り、命を賭けているのは我々ではない、傷ついた歌姫たるこの子たちだ。
その若い命を我らがために使ってくれと言うのに、何故諸君らは頭を下げようとしないのか! なぜ守られるのが当然と、事ここに至ってなおも思えるのか。矜持ある行為というのは、何の意味も持たない権威を盾にして、この子たちのような献身の体現者を罵倒することでは、到底ない! 必要とあらば手を取り頭を下げ、あるべき未来を手繰り寄せようと努力することだ!
私は言おう。諸君らは愚かな人間であると! イザベラ・ネーミアという怒りの女神を生み出してしまった一因であると! 無論、ヤーグベルテ国民もまた、その責を負うべきであると、私はここに明言する!」
何度も出てくる「シビリアンコントロール」。これは我が日本国でも大大大原則となっているもの。決して犯してはならない原則なんですね。しかし大統領は「今はそれどころではない」と明言するわけです。「亡国の危機」であると。国民のいくらかは、この言葉で危機感を覚えたでしょう――マリアの望み通りに。あと、最後の1フレーズはガンダムのギレン・ザビな感じで。
そしてさらに、大統領は言います。
「大統領命令として、軍にはイザベラ・ネーミア艦隊の撃破を命ずる。その一方で、私は、一人の人間として、ヤーグベルテの人間として、この若き歌姫たちに、救国を希う」
「ありとあらゆる権限」を与え、と前述していますが、その上で「撃破を命ずる」と言っています。つまり「手段は問わないからイザベラを殺せ」と言っているんですね。この部分のシナリオを書いたときのマリアの気持ちはいかばかりか。しかし、これを言わせないと演説は終われない。意味がない。つらいなぁ、マリア。マリアは全てにおいてつらい人ですよ。その存在意義と、自分自身の思いとの矛盾に苦しまなければならない人だし。望む望まざるとに関わらず立場と役割を演じなければならないわけだし。シリーズ全体通して考えると、一番救われない人なんだろうなぁ。愛する二人の姉を見送らなければならないということは、ほとんど最初からの決定事項だったわけで。しかもそれには、二人の死には、少なからず自分が関わっていて。
そして大統領は言うわけです。
「私たちは、この不幸な歌姫たちの輪舞曲を終わらせなければならない。そのためには私はあらゆる権能を振るうだろう!」
ここで「セイレネス・ロンド」と出てきてるのはマリアによるさりげない演出。2088年、つまり#01-01のときにヴェーラが
「これよりセイレネス・ロンドを開始する」
と言っていますね。ここではコレを受けて「ヴェーラたちのロンドを終わらせよう」という文脈になっているのです。実にマリアらしい脚本ですなぁ。
ここまではマリアは裏方に徹するわけですが、次回はいよいよマリア様のブチギレ回となります。