これは「#08-07: To Be.」に対応するコメンタリーです。
ヴェーラの戦艦・セイレーンEM-AZを撃ち貫いた瞬間、マリオンは見知らぬ空間に放り出されます。ここは「LC領域」と呼ばれる空間で、元はと言えば論理戦闘で用いられていた領域です。ヴェーラやエディタ登場時からしばらくはこの領域が超兵器たちとの主戦場だったんですね。でももうほとんど使われてない。
その何の手がかりもない純白の空間で状況を把握しようとステータスオープンならぬ、ログを表示させようと頑張るマリオン。セイレネスで作られた空間だということは直感しているので、システムログを見れば何かわかるかなと思ったわけです。ログ確認は基本です。
で、そこにアルマも現れます。アルマもよくわかってない。そりゃそうだ。
そしていよいよ登場するのは「ヴェーラの姿のヴェーラ」。
ヴェーラだった。ヴェーラ・グリエールだった。私の大好きだった、あのヴェーラが今目の前にいた。
息を呑むほどの美女で、しかも憧憬の人です。マリオンはもうぼんやりですね。
そのヴェーラは、私たちの頭上、それも遠くに視線をやって、微笑んでいた。
ここのシーン、カティに向かって手を振ってるんです。この場所に一直線で向かってきている「空の女帝」カティ・メラルティンに向けて「やっほ!」と言わんばかりに。カティがなぜセイレネスの領域にいるのか――というと、カティもまた歌姫だからです。
「セイレネス・ロンド」ではこの前の段階でブルクハルトによって明かされているのですが、「静心」では明らかになっていません。ちなみにカティは、D級歌姫です。ただ、振れ幅が大きいので、普段は殆ど能力が発揮されません。が、超兵器を前にするとヴェーラやマリオンたちをも凌駕する威力を発揮します。実はカティ、「静心」のあとにも物語は続く予定だったんですが、その後の歴史を見てもNo.2の力を持っているんですね。
最強の歌姫というのは、マリオン編からバトンを渡される予定だったキリス・オヴェロニアです。残念ながら続きの構想自体がなくなっちゃいましたが(笑) ちなみにカティは、短編「アブストラクト・ストラトスフィア」で主役を張っていますが、このときに「ナイトゴーントD型」という最強の超兵器数十機を相手にしています。エキドナ一機で。この「D型」っていうのは、アーシュオンの「技術で」作られた素質者を搭載した機体で、その人体改造レベルは「D級歌姫」を量産する所に至っているんですね。つまり、「ナイトゴーントD型」は全機ディーヴァ。カティはそれを一人で相手取って戦うわけです。覚醒モードのカティはもはや女帝をこえて神の領域にいるわけですな。瞬発的な出力でいえば、最強の歌姫キリスを凌ぐのです。女帝はどこまでいっても女帝だから。
で、話を戻してヴェーラ。
「そうか、LC空間のわたしはこっちの顔なのか。ふむ……」
ヴェーラも久々に来たんでしょう、この空間に。自分の姿が以前のものであることに、ちょっとホッとしたかもしれませんね。
「ヴェーラ! ヴェーラ、だよね?」
「やれやれ、マリー。きみはわたしの顔を忘れたのかい?」
「忘れるわけない!」
マリオン、たまらず抱きつきます。離さない、絶対に離さないという思いで、抱きしめるわけです。
「やっと、あの日の約束が叶った」
「そうだね、おまたせ、だよ」
「待っててくれなかった!」
もうね、説明不要と思います、ここ↑
ヴェーラを抱きしめ続けるマリオン。ヴェーラはアルマも呼び寄せて抱きしめます。ここは08-04でレオンがしたのと同じハグですね。
「二人には……辛い事をさせてしまって、ごめんね」
「まったくです」
私とアルマの声が重なる。
セイレネスでは嘘はつけないんですね。だから、三人とも本音しか言わない。言おうとしない。
「きみたちの時代を良くしようと、わたしはがんばったつもりでいるんだ、これでも。だけど、わたしは……何もできなかった。ただ哀しみを増やしただけだったね」
この時点でヴェーラはもう意識しか働いてない状態です。即死級のダメージを受けているのです、身体は。
「マリー、わたしはもう痛みを感じてはいない。だけど、死は眠りにすぎないんだ」
死は眠りにすぎない――というのは、ハムレットが出典です。
この辺をざっくり翻訳すると「死とは眠ることであり、それだけだ。眠れば心の痛みも肉体につきまとう無数の苦しみをも終わらせられる。それこそ正に本懐である」みたいな。超ざっくりなのでちゃんとググってください(゜¬゜) また、このフレーズのあとに、To be, or not to beが出てきます。
原文はこちら:
To die: to sleep;
ハムレット
No more; and by a sleep to say we end
The heart-ache and the thousand natural shocks
That flesh is heir to, ‘tis a consummation
Devoutly to be wish’d.
なので、「死は眠りに過ぎない」だけでも意味は通るのですが、その後に続くところを知っていると三倍くらいは意味が深くなったりします。
ヴェーラは微笑みます。痛みもなにもない、愛しい人にまた会えるという喜びがあったのかもしれない。
「この期に及んでも、きみたちはわたしの生を望むの?」
「あたりまえです……」
そして、こうも自分を想ってくれる人もいるんだと。罪の自覚に苦しまないことはなかったと思うんですね、ヴェーラも、レベッカも。それがどうあれここで終わる。終わらせられる。そして(心苦しいのは確かなれども)後を託せる人がいると。もう自分たちの時代は終わった。舞台から降りても良いんだと。そういう歓喜があったのだと思うのですね。
私の視界が歪んだ。膝から力が抜ける。白い地面に崩れ落ちる。アルマが私の背中に触れる。初めて会った時と同じだった。失われていく体温が、アルマの手によって繋ぎ止められている。
これは#01-03、ライヴ会場であった光景ですね。その時には奈落に落ちていくような感覚だったんですが、ここではあまりの眩しさに眩んでいる――というような感じです。
ヴェーラはそんな二人を抱きしめるんだけど、もう力が入ってないんですね。精神の限界が来たと。
「私という、ヴェーラ・グリエールという一人の人間の生き様を、覚えていて欲しいんだ。頼める?」
これは「いつでも一緒にいるからね」という言葉の言い換えです。その約束が果たされるかどうかはわからない。けど、ヴェーラは「いつだってきみたちのそばにいるよ」と。そういう約束をするわけですね。
ヴェーラは静かに言うわけです。
「きみたちの中に、少しだけ居場所をもらうよ。ありがとう」
と。ヴェーラが最期にマリオンたちに遺したのは、「感謝の言葉」だったわけです。
「ああ、時間がないなぁ。ここにきて、もう少し時間があったらって思う」
ヴェーラは私とアルマの頬に、その冷たい手で触れて、目を細めた。ヴェーラの右の頬を涙が伝い落ちた。
死にたくないというわけじゃなくて、もっと色々言い遺せたらなぁと。そして「右の頬を涙が~」ですが、これは「左」じゃないのに意味があったりします。科学的な根拠までは辿っていませんが「右目からは嬉し涙、左目からは悲しい涙」が出るそうです。なので、ここは「右目から」というのが重要なんです。先述の通り、ヴェーラの中には歓喜があったというわけですね。嬉しかったんです、ヴェーラは。
ヴェーラ(イザベラ)の罪咎はうず高く積み上げられているけど、そんなことよりも未来に希望がある、ここにマリオンとアルマという希望がいる、そしてカティも、そしてマリアもまだいてくれている。そのことがヴェーラの安らぎになったのは間違いないのです。
そしてヴェーラは力を振り絞って、大切な人――カティへの伝言を託します。
「カティにね、伝えて欲しい」
――ほんとにごめん。いままでありがとう。
言葉になってないんですね、最後。だけど、ちゃんと伝わっている。「言葉」というのが何度も出てくる本作ですが、最後の最後で「言葉にしなくても伝わっている」んですね、メッセージが。そしてやっぱり、言い遺したのは「感謝」だったということです。
そしてヴェーラは失われ、白い世界は闇に落ちるのです。