これは「#03-06: 参謀部第六課の会見」に対応したコメンタリーです。
さて、ハーディ中佐のターンはまだ続きます。
『提督方は、新しい時代の戦い方にシフトすることを決めた。作戦参謀長カワセ大佐と共に、アーメリング、ネーミア両提督が決めたことです』
『しかし、多くの人命が――』
『それがなにか?』
この部分で、イザベラたちの考え方を完全に理解して受け入れていることがわかりますね。ヴェーラとレベッカは、ハーディに対して極めて複雑な、マイナス方向の感情を持ってはいますが、それはそれ、これはこれ。通すべき筋は通し、お互いに感情抜きに理解し合ったという背景があります。
『一期生はまだ新米ではないですか。にもかかわらず――』
『彼女らは軍人です。戦う以上、死もあるでしょう』
『しかし、以前は……』
『新しい時代の戦い方、と、申し上げましたが?』
食い下がる記者に「それがなにか?」と言わんばかりの反応を返すハーディ。ハーディはハーディの決意を持ってこの記者会見に臨んでいるので、「怖いものなし」に見えていたりします。そのへんは第四章で分かる感じで。
『一期生の歌姫たちを見捨てるような戦い方を――』
『その発言は訂正、あるいは取り消していただきたい』
ハーディ中佐は丁寧に圧力をかけた。記者は黙りこくる。
『それが御社の意志ということでよろしいですね。貴方は会社の代表でしょう』
『それは……』
『違うというのならば退出してください。自社の看板も背負えぬ方のために、私たちの貴重な時間を使う義理はありません』
こういう正論と論理と理論を結晶化させたような指弾は大好物。戦争というのは対外的な争いであるのと同時に、国家内・組織内のイデオロギーの戦いでもあるので、こういう物言いができる人がいないとおかしな方向にいっちゃうんですよ、と私は思っています。
しかしここにきて、「さすがに不穏すぎんだろー!」ってんでマリオンさんが先輩であるレニーに尋ねます。
「ハーディ中佐、どうしたのかな」
「ネーミア提督か……あるいはカワセ大佐と何かあったのかしら……」
きた。きました、カワセ大佐。マリア・カワセ大佐は実は軍人ではないのですね、これが。ホメロス社という兵器開発企業のおえらいさんなんです、彼女。ホメロス社っていうのは、なにあろう、セイレネス・システムの開発元。歌姫計画進行役(あるいは旗振り役)として、また、ヤーグベルテへのお目付け役として派遣されてきたのが、カワセ大佐です。民主国家ってなんだろうねっていわんばかりの横暴っぷりなわけです、ホメロス社。
ホメロス社もまた、ジョルジュ・ベルリオーズを頂点にした軍産企業複合体ヴァラスキャルヴの一構成要素であるわけなのですが。ヴァラスキャルヴはヤーグベルテのホメロス社、アーシュオンのアイスキュロス重工など、世界各地に大軍事企業を保有しているんですね。そして戦争をすればするほど企業が潤う。当然、ヴァラスキャルヴ全体が潤う。ジョルジュ・ベルリオーズに富が集中し、世界のパワーバランスが取り返しのつかないほどに傾いていく……というアレです。歌姫計画の成就こそ、このジョルジュ・ベルリオーズの最終目的であって、そのために全てが動いていく(動かしていく)というわけです。
その重要なファクターとしてマリアがいたり、ヴェーラがいたりするわけです。マリオンたちもまたその一つです。マリオン、アルマが8都市空襲の被害者であることもまた、ジョルジュ・ベルリオーズのシナリオなわけです。あの時に聴いたISMTから発された「音」という「歌」、それがマリオンたちの歌姫因子を開花させたりしたわけです。
閑話休題。
で、アルマが考えながら言うコレ↓
「中佐、軍を辞める、とか?」
実はこれ、当たらずとも遠からずで。ハーディはマリアとの対立関係をどうにかしようとしているんですね、この時点で。それはともすれば命を失いかねないほどの闘いになることを、ハーディは知っているんです。もちろん、マリアも。
それに対して、レニーは言います。
「中佐は、よほどのことがない限り投げ出さないわ。あの逃がし屋、ルフェーブル大佐の右腕だった人だもの」
ルフェーブル大佐――今は少将か――は暗殺されたんだっけ……。その事件は、何となく記憶にある。
この「暗殺」ですが、犯人は「不明ということになっている」事件なんです。ヴェーラ、レベッカはその真相を知っています。事情は非常に複雑ではあるのですが、エディット・ルフェーブルを射殺したのは、このハーディなんです。ここにはものすごーーーーーーーく複雑で悲しい事情があったりするんですが。一つ確かなのは、ハーディは望んでエディットを殺したわけじゃないということです。二人は理想の上司と部下にして代え難い親友だったわけですから。しかし、その事情を知ってもなお、ヴェーラとレベッカの間には、恐ろしく深くて広い亀裂ができてしまったわけです。で、その亀裂を埋めるべく、マリア・カワセ大佐がやってきたと。そこにももちろん、陰謀というやつがあるわけなんですが。歌姫計画とはかくも残酷なりや。
マリオンさんは頭がぐるぐるしちゃっています。
私の心の中ではいくつもの「正しいこと」がぶつかりあって渦を巻いている。
でも、そんなもんだと思うんですね。自分が漠然と信じてきていた「正しさ」が、イザベラやハーディによって次々と否定されていく。その一方で、その反定立となっているはずの記者たちを正しいとも思えない。そんな迷いというかモヤモヤというか、そういうもので混乱しているわけです。
そこに登場、サムさん。
『アエネアス社のディケンズって言います。お見知りおきを、中佐』
『存じております、ディケンズ記者。何でしょう』
開口一番のこのやりとりで、このサミュエル・ディケンズ記者がハーディとは懇意なことがわかります。実際に彼はすごい人で、ヴェーラとレベッカの取材をはじめて敢行した人物であり、同時に歌姫とは何かについて極めて正確に理解している男なわけです。ヴェーラ、レベッカからの信頼も厚く、二人はサムになら何でも話せたと言います。
彼の変人ぷりはここでもわかります。
『もう時間です。他の記者も――』
『お仕着せメディアの有象無象の質問なんざ、時間の無駄ですよっと』
変な人が出てきた! 私は少し興奮する。こんな変な記者は見たことがない。
マリオンさん大興奮。「変な人が出てきた!」とズバリ言っちゃってます。ちなみにこのサムさん、この「静心」のいっちばん最初のバージョンでは、「語り手」として主役を張っていた人なんです。彼の語りで物語は進んでいたんですね。「エースコンバット5」方式とでも言うか。個人的にはすっごく好きなんですよね、エスコン5方式でシナリオが進んでいくパターン。
そのサムさんは続けます。
『で、ええと、イザベラ・ネーミア提督のデビュー戦。参謀部としてはどの程度評価してるんです?』
その問いに、ハーディ中佐は目を細める。何を考えているかはよくわからないが、不愉快ではなかったらしい。
他の記者が言ったとしたら「はぁ?」くらいの反応を返していたと思いますが、やはりハーディの中ではこのサムは特別な人物であるとわかります。サムはあのマリアさえ懐柔してますからね。凄腕です。
『先程も申し上げたとおり、被害は小さくありませんが、戦果はそれを遥かに上回りました。戦略地図的には順調に推移、万事想定の範囲内です。現時点、アーシュオンの新兵器を踏まえても、未だ国防に関しては圧倒的優位にあると言って良いでしょう。つまり、トリーネ・ヴィーケネス中尉の戦死は、戦局には――』
『直ちに影響はない、ですか』
『イエス』
この「直ちに影響はない」は、まぁ、政治家のお馴染みのセリフですね。誰がどこで連呼したかは敢えていいませんけど、もちろんそのへんを意識したセリフです。
で、「断末魔」。キーワードでもありますね、断末魔。その対策には軍も本気で取り掛かっているものの、一枚岩とは言い切れない軍ですから、なかなかはかどらない様子。それに対してハーディは相当苛立っていて「私の管轄ではない」と言い放って消えていきます。ハーディは歌姫たちのことは、とりわけヴェーラとレベッカのことは本当に大切に思っています。それはエディットの忘れ形見のようなものでもあるからです。だから、その「断末魔」が「娯楽」のために消費されるということに、憤懣遣る方無い思いを抱いているのです。
さて、記者会見が終わると、アルマがぼんやりリズムゲームを起動します。
が、アルマはゲームをするのではなく、「クリア特典の映像」を見せてきます。難易度「神」で全曲フルコンボでダウンロードができる……という究極のボーナスです。また、ダウンロード数は「1」。つまり、世界で唯一人、アルマだけがクリアできたということです。すごいぞアルマさん。
その映像には、「セイレネス・ロンド」の主だったメンツが勢揃い。すなわち、ヴェーラ、レベッカ、マリア、そしてカティ。ここで初めてカティの容姿が語られてますね。
燃えるような赤毛に、純白と言っていいほど白い肌の女性
という具合に。カティは有名人なので、その容姿を知らない人はいないのですが、雑誌とかニュースでは「キリっとしたマニッシュな人物」という感じで露出しているので、この特典映像の中のカティの表情や振る舞いに「違和感」を覚えたのでしょうね。印象が違う、みたいな。実際に「その女帝の表情は、びっくりするくらい柔らかい」と言ってます。
そしてこの中でヴェーラが歌っているのですが、その歌こそが「セルフィッシュ・スタンド」。ヴェーラの遺作となった歌なのです。
というわけで#03-07に続きますよ!