08-01-01:君が彼女を愛しているのと同じように、彼女も君を愛してる。

静心 :chapter 08 コメンタリー-静心
第八章ヘッダー

これは「#08-01: 愛するからこそ、汚れたい」に対応するコメンタリーです。

第八章。いよいよ最終章。コメンタリーも佳境です。

そしてウラニアは沈みます。レベッカも死にます。至極あっさり死にます。イザベラたちは静かに立ち去り、マリオンたちは

マリオンは第一艦隊(の出撃しなかった歌姫と艦船)および第二艦隊で構成される「歌姫艦隊」の司令官に任ぜられます。といっても、マリオンにそんな指揮能力があるわけでもなければ経験もないので、いわば「外向け」のパフォーマンスです……今は。

そしてマリオンは部屋に戻ります。アルマレニーとマリオンの部屋ですね。士官学校の寮をまだ引き払ってないのもすべてマリアの工作の結果。

レニーを失ってしまったアルマは感情を殺して座っています。ただ涙を流すだけです。大きすぎるショックを受けると人間の感情と行動ってちぐはぐになりますよね。アルマは寒い部屋の中で身じろぎ一つせずに泣いていたわけです。

アルマは「すべてを目の当たりにした」んです。レニーが死んだの状況は、セイレネスにいなかったからわからなかった。しかし、「死んだ」事実はアルマに、文字通り光の速さで伝わっていたはずです。そしてイザベラがレベッカを殺すに至るまでの言葉は、全て聴いていた――セイレネスを通じて。

「レニーのことも聞いた。でも、誰が殺したかは問題じゃない」
「うん……」
「今ここにいないことだけが問題なんだ」

アルマの言葉は憎しみとかそういうのではなくて喪失感なんですね、ひたすら。誰がとかなぜとか、そういうのじゃないと。そんなことどうでもいいと。

アルマはマリオンのおかげでようやく少し体温を取り戻し、自分の中にある怒りに気が付きます。

「マリー、ねぇ、どうしたらいい? 誰を責めたらいい? 誰に怒りをぶつけたらいい? 誰にこの苦しさをぶつけたらいい? レニーがもう二度とここに座ってくれない現実を、どう受け止めたら良い?」

その問いをぶつけられたマリオンは、我と我が身に置き換えて、激しく嗚咽します。マリオンの心も傷だらけだったんですね、当然ですが。

「なんで、どうして、マリーが泣いてるんだよ……」
「ごめんね、アルマ。ごめん」

アルマは、やれやれとマリオンを撫でます。マリオンも涙を止められないんですよね、色んな思いがないまぜになって。そして結局、アルマのほうがお姉さんなんですね。自分の悲しみをこらえてでも、目の前で泣いてる人を放っておけない。面倒見が良いって言葉だけでは足りないのが、アルマです。

「泣いて良いんだ、マリーだって。悲しみは相対論じゃないって、あたし、レニーに言ったことがあったでしょ?」
 自分が泣きたいと言うのなら、泣かせてやれと、そんな言葉だっただろうか。

そう、これは#05-01ですね。レニーと付き合うきっかけになった言葉です。多分コレを口にした時のアルマの心は、鋭く痛んだんじゃないかな。

そしてマリオンに明かされる「査問会」の話。何も知らなかったアルマにはとても理不尽に過ぎる、精神的拷問でもありますよね。愛する人を失ったばかりの人間を犯罪者のように取り扱い、詰問し……。理不尽。その事実上の拘置から救い出したのはマリアだったと。この時のマリアの行動も計画の上だったのか、それともマリア自身の心からの行動だったのか――はわかりません。

そして査問会の衝撃も抜けないうちに、マリオンたちの所にV級歌姫ヴォーカリストが勢揃いします。レオンについで入ってきたエディタ・レスコ中佐は、マリオンに尋ねます。

「事ここに至って、きみたちは何をしたい? 何を成し遂げたい?」

これはエディタがマリオンを値踏みしているんですね。ちょっと後で出てきますが、エディタたちはイザベラが反乱を起こすことを知っていたんです。イザベラの想いを取るか、レベッカの大義を取るか。その選択を迫られていたわけです。エディタは同期のクララテレサとの別離を選ぶことになり、一期生としては一人ぼっちになってしまった。このへんは「セイレネス・ロンド」第三部で詳細に描かれていますが、エディタにとってはあまりに大きな傷になっている。だから、「マリオンが司令官です」と言われて簡単に「はいわかりました」とは言えなかったというわけです。

そしてそれに対してマリオンは応えます。

「ただ、イザベラと話をしたい」

と。この答えに、エディタはもう満足していたりするんですが、ハンナロラパトリシアたちの手前、まだ下がりません。そこでマリオンはレオンに勇気を分けてもらって言います。

「たとえイザベラを討ち取らなければならないとしても、私たちはイザベラのその声、イザベラのその言葉をみんなに伝える義務がある。たとえ皆が舞台から下りてしまっても、人々の心に刺さった剣は抜けない――私はそう信じたい」

ここはイザベラとレベッカの最後のやり取りを受けています。マクベスの「消えよ消えよ」のところですね。イザベラたちは敢えて言わなかった、

その役者の出番が終わった後は、もはやなんぴととて耳も貸さないのだ

の部分です。

だから、エディタに向けた言葉は、マリオンの祈りなのです。

エディタはすぐには納得せずに確認するように問います。会話文だけダイジェストしますが。

「十億の国民は理解するかな? 女神の怒りを」
「百人とか二百人かもしれない。イザベラのもたらす言葉の意味、未来への憂い、現在への怒り、過去への後悔――そういうものを理解できる人は」
「その極少数に意味はあるのか?」
「確かに極少数でしょう。でも、ゼロじゃないです」
「なるほど――そういうわけか」

その答えを聞いて、エディタはマリオンを「同志」と認めるのです。部下とか後輩として、あるいは新司令官としては認めていても、「同志」とするか否かは決めかねていたところがあったわけです、エディタは。

だからこそ、エディタは明かすのです。

「私たちはね、この日が来ることを知っていた」

と。

「ある日提督に呼ばれて言われたんだ。クララやテレサも。そして選択を迫られた。ネーミア提督に付くか、アーメリング提督に付くか。私たちはアーメリング提督を選んだが、全面的にそうしたかったわけでもない」

エディタは決めかねたんですね。イザベラの言うことは、その思いは、理解できる。しかし――と。イザベラもレベッカも、「自分に味方しろ」とは一言も言わなかった。ただ「自分で選べ」と言っただけで。だから、エディタは言い訳もできず、結局は自分の「正義のようなもの」に流された――と思っているわけです。正義、ではなく。正義のようなものに。

「しかし、私は……悪役ヒールにも道化ピエロにもなれなかった。この国に、そこまでの献身はできなかった」

臆病な自分――というものをエディタは感じているのです。

「だが、君の言葉で、提督方がなぜ君たちに次世代をたくそうとしたのか、わかった」

エディタは自分にはない強さというか、真っ直ぐな思いをマリオンに見たわけです。それは多分、イザベラやレベッカの視点と同じだったと思いますな。

エディタは言います。

「きみとアルマは、ネーミア提督を頼む。ただし」
「ただし?」
「クララ、テレサ、そしてC級歌姫クワイアたちのは私が取る。君たちだけが返り血に染まる様を眺めていたのでは、私たちもこの国の人間と同じになってしまう」

マリオンたちだけに「友殺し」はさせないというわけです。そんな責任は負わせないのだと。マリオンは「あんな思いをするのは私だけでいい」と主張しますが、エディタは「ならん」と一言で拒否します。

「そんなのはただの自己犠牲だ。そんなものは正義となんか言わないんだよ、マリオン・シン・ブラック。君は耐え難い痛みを一人で引き受けて、傷付いて、苦しんでいる。誰の目から見ても明らかなくらいに君はズタズタに傷ついている。
 想像してみるといい、マリオン。君のことを心から愛する人が、そんな君を見たらどう思う? 君の苦しみを完全には知ることができないでいることに、どれだけ悔しい思いをすると思う? どれほど無力感にさいななまれると思う?」

エディタはこんなふうにまっすぐに言います。エディタだって無念だったはずなんです、先のイザベラとの戦いは特に。無力感を死ぬほど味わったはずなんです。しかし、エディタはマリオンを気遣う事を選んでいる。大人なんですよねエディタは。

マリオンとは3つしか違わないんですが、幾度もの戦闘経験を経て、また実働部隊指揮官としての経験もあって、精神年齢はかなり上がっているんです。だから自分を放っておいてでも、マリオンや他の後輩たちを気遣わずにいられない。気難しくて怖いと言われているエディタですが、その実際のところはものすごく面倒見のいい(ちょっとコミュ障)のお姉さんなんです。「セイレネス・ロンド」第三部ではエディタの出番がたくさんあるので是非。

エディタの言葉を受けて、マリオンは言います。

「それは、でも、愛してるから、その……汚したくない」

これはマリオンの本心ですね。しかしエディタはそれをやんわり否定します。

「君が彼女を愛しているのと同じように、彼女も君を愛してる。だろ?」

レオンに同意を求めるわけですが、そこにやってきたのがアルマさんです。

「あたしはレニーの苦悩を知らない。レニーの痛みを理解できてない。そんなあたしの、今の唯一の希望を教えようか?」
「アルマ――」
「汚れることさ。レニーのように、美しく真っ赤に汚れたいんだ、あたしは」

復讐とは違うんです、ここでのアルマの言葉は。こんな状況になっていることに対して怒ってはいても、復讐とかそういうのではなく。ただ、レニーと同じ世界を――たとえそれがどんなに忌まわしいものであっても――見たいと。

そしてレオンも言うわけです。アルマの言葉とレオンの言葉を合わせて、一つの文脈を作っています。

「マリー。私はこの手を汚すことに躊躇ためらいはない」
「レオン……」
「マリーのため、なんての気持ちじゃない。これは私の意志だ。私の力はマリーには全然及びはしない。だからマリーを守ることは出来ない。マリーの代わりにイザベラを討つことなんてできない。だったらせめて――そういう無力な私のささやかな希望だよ」

でました、おためごかし。直後に「私の意志だ」と言っていますから、ここの文脈は分かりやすいですね。レオンもまた悔しいんです。戦えなくてもせめて同じ辛さを。同じ苦しみを。同じ痛みを。そういう思いですね。「その辛さ、私が変わってあげたい」という表現がありますが、レオンの場合はそれが言葉だけじゃない、本気なんです。苦しみのすべてを引き受けたっていいとすら思っているのが騎士の心得。

そのレオンの言葉を受けて、エディタは微笑みます。超美人との誉れ高いエディタですから、さぞ美しい笑みだったのでしょう。

「レオナの言葉は、私たちの思いでもある」

誰も彼も悔しいし虚しいし。そういう心理状態なわけです。その中でもエディタは毅然としてなきゃならない。誰もエディタを支えられないし、変わってもあげられないし、そしてエディタは誰も頼れないわけです。頼れる人がいない。多分、この中で一番つらくて苦しくて厳しい立場にいるのはエディタなんじゃないかなぁ。多分、部屋に帰ったら一人で泣いているタイプです。

エディタたちはそう言ってマリオンたちの部屋を後にします。

そして残されたマリオンとレオンは、長いキスをして別れるのです。ここでレオンが出ていくところがちょっとミソです。いつもならレオンとマリオンはソファに座るなりしていちゃついたりするところだと思うんですが。ここは、「レオンもマリオンも、一人で考える時間が欲しかった」というのがその理由です。二人の間では、もう言葉はいらなかったと。

手を振って別れた。

ここで敢えて「手を振って」と入れてるのは、本作のメイン劇中歌である「セルフィッシュ・スタンド」を意識した部分です。ここのね。

 微笑わらうだけなら お気に召すまま
 声をあげたら 叫んでしまうよ
 だから今 笑いながら手を振るよりも
 みっともないほど 泣きわめきたい

ここは主題として何度も出てくるので覚えておくように!

次回は再び戦場に。

→次号

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