これは「#05-04: レベッカの述懐」に対応したコメンタリーです。
さてさて、新型艦「制海掃討駆逐艦」、アキレウスとパトロクロスを与えられたマリオンとアルマ。二人は「大きな艦」を想像していただけに、350メートルしかない艦、しかも駆逐艦の派生艦を見て、ちょっとだけショックを受けたんだと思います。が、この350メートルというサイズは、正規空母と同じですからね。言わば巨艦なんです、本来ならば。ただ、「セイレーンEM-AZ」とか「ウラニア」あるいは「ヒュペルノル」という500メートルを優に超える艦船を見慣れているマリオンたちにとってみれば「小さい船」なんですね、これが。
しかし、性能は戦艦に匹敵する、あるいはそれを超えるというのですが、まぁ、信じられませんよね。論理観測方程式というもののガジェット解説が入りますが、要はエネルギーを作る、方程式として観測する、方程式として送信する、受信側が方程式を解釈し(再観測)エネルギーを得る、という仕組みです(わかんねぇよ わかってないのはマリオンも同じですが。この「フォーミュラ」という仕組みによって、事実上無限のエネルギーを得られるようになったというわけです。これ、カティの戦闘機・エキドナにも搭載されています。鬼に金棒、女帝にエキドナ。
このフォーミュラについては、マリオン以外は理解しています。マリオンさんは結局「アルマSUGEEEE」と思っているだけです。だいじょうぶかな、この子。
で、時間と空間はすわっと移ります。
訓練航海に出ているマリオンさん、ふらふらです。レベッカの訓練が鬼のように厳しいのです。「鬼も哭く」と言われるほど厳しいレベッカさん、そしてその腹心であるエディタさん。歌姫たちからはどっちも鬼か悪魔のように思われています。「訓練に制限なし!」という太平洋戦争当時の某国海軍のようです。その中でも常に味方を叱咤するエディタはなぜか元気。これ後に出てきますけど、義務感によって絞り出した元気なんですよ。厳しい訓練を課しているのに、自分が安穏と座ってはいられない、休んでなんていられないという。エディタもまだ22か23歳。大卒社会人1年目くらいだと思ってください。無茶することも多い年齢ですし、周囲の人間にも同じような努力奮闘を求めてしまう頃合いでもありますね。
で、「レオン~」とか思いながらフラフラとブリッジにつくと、そこにはなんと、レベッカが遊びに来ているではありませんか。これにはマリオン、心臓が口から飛び出すほど驚いたはずです。完全に気が抜けていたはずなんで。
そしてここで、この艦の艦長・ダウェル中佐が登場。彼はレベッカのウラニアで一等航海士を務めていた男ですが、「イザベラの計画」に備えて強引に異動させられています。これは単に同情とかそういうのではなく、レベッカは「ダウェルになら次世代の子たちを任せても良い」と思ったからなんですね。他にもウラニアからは多数の人員が異動しています、書かれてないけど。また、同時にウラニアやセイレーンEM-AZは一層の自動化が進められていて、搭乗人員は当初の半数にも満たない数になっています。ので、異動させてもそんなに運用上の支障はなかったわけです。
さてさて、そんなレベッカの訪問の目的は「マリオンと二人で話をすること」でした。
そしてマリオン、あろうことかベッドルームの方にレベッカを導きます。大胆ですね!! ってそうじゃないですけども。
「す、座る場所はベッドしかないのですが、どうぞ」
「お邪魔するわ。あなたも隣に座って」
私は手を引かれてレベッカと隣り合わせに座る。雲の上の人と同じベッドに腰を下ろしている。奇跡か、奇跡なのか――と、私は疲れも状況も忘れて興奮している。
女性二人がベッドに腰掛ける。いいじゃないですか、実に良い。百合な感じが良いですね、ええ。でも、レベッカにはそんなつもりはないし、マリオンは舞い上がっているしで、そういう空気にはならんのです。残念。
そして二人は話し始めます。
「人を殺す人の名前よ、アーメリング中将というのは」
いきなりこんな事を言うのがレベッカらしい不器用さと言うか。でもその後で、ふと本音を吐き出します。
「はぁ……昔みたいに、士官学校にいた時みたいに、楽しくやっていたかったなぁ……」
「ヴェーラやメラルティン大佐と?」
「そ。カティとね。あとは、エディット。楽しかったのよ。でも、あれももう随分昔の話」
過去というのはレベッカにとって決して楽しい時期ではないのですが、それでもレベッカはカティやエディット、もちろんヴェーラのことを愛していたわけですから、そんなつらい日々もまた美しい思い出になっているわけですね。そうして強く昔を思ったレベッカの意識がマリオンに伝わります。
まだ幼いヴェーラ、大人びた赤毛の女性、顔に大きな火傷のある軍服姿の女性――その映像のようなものが頭の中に入ってくる。これは、レベッカの視点だろうか。
こうして「見える」のがセイレネスの能力なのだとレベッカが言います。テレパシー、あるいはニュータイプ的な感応というか。しかしその能力をもってしても「相互理解」こそできても「相互受容」には結びつかないと言うレベッカです。シビアでドライな価値観と判断力を持ったレベッカには、それが痛いくらいわかっちゃうんですね。
「あのね、実はさっき、イズーとマリアから叱られたのよ。訓練が厳しすぎるって」
こんな愚痴をこぼすレベッカ。ジョンソンさんやタガートさんはこういうのを聞かされていたわけです。でもレベッカが厳しいのにはちゃんと理由があるんだってことが語られますね。しかし、マリオンは何故かしゃきっとしてキツイことを言います。
「レベッカ。ちゃんと説明して、ちゃんとわかってもらわないと。エディタだってそうです。何の説明もないまま、訓練プログラムだけ進めている。私たちはモノじゃないですよ」
どうしたマリオン。「私たちはモノじゃない」とか完全に上官に啖呵切ってますな。でも、凹んでいるレベッカは別に苛立つこともなく溢します。
「ちゃんと説明――か。イズーにもいつも言われてるの。きみは言葉が足りないって」
イザベラもといヴェーラって、結構キツイんですよ。言葉が。で、割とレベッカにはズバズバ言うんですね。「セイレネス・ロンド」に於いては「君の言っているのは主観的な未来予報なんだ」とか言われてます。
で、レベッカさん本題に。セイレネスでの戦闘の現実について。レニーから聞いていることは承知の上で「自分の言葉で」伝えようとするわけですね。不器用だなぁ、レベッカさん。
「迷いも苦悩も、何もかもが見えてしまうの。一度戦いが始まれば、たちまちその情報が膨れ上がる。破裂しそうになるほどの情報に曝される。明るいものなんて何もない。悲嘆、怨嗟、苦患、苦痛――そんなものに意識が塗り潰される」
あー、酷い。むごいなぁ。酷いシステムだ! 殺せば殺すほど心が毒で満たされていくシステム、それがセイレネスなわけです。そうとわかっているから、レベッカは意を決してマリオンの手を握ります。それを受けたマリオンさん、「一生手を洗わない」なんて言ってます。マリオンにとっては、レベッカはやっぱりトップアイドルなわけです。そりゃそうです。幼少期、物心ついたときからずーっと憧れてた人なわけですからね。たとえ鬼司令官であっても、それはそれです。
「ヴェーラとカティ以外の手をこんな風に握ったのは……初めて」
レベッカさんの告白ですね。レベッカは人との距離を縮めるのが苦手な人なので、スキンシップなんてましてや、という。レベッカなりに意を決したアクションだったということです。
そしてレベッカさん、マリオンを抱きしめて言います。そこで言う内容がかなりえげつない。
「私たちは大量破壊兵器です。誰が何と言おうと。全ての苦しみを引き受け、代わりに命を奪う。そういう兵器。私とヴェーラは、ずっと二人でそれをしてきた。敵も味方もない。ありとあらゆる罵詈讒謗を受け、呪詛を受け、毒の刃のような文脈を浴びせられ、それでもヤーグベルテのためにと戦ってきた。他の誰にもこんな思いはさせまいと思っていたのに、あの日、私たちはあなたたちに出会ってしまった」
WMDというのは、”Weapon of mass destruction”のことで、文字通り「大量破壊兵器」ですね。いわゆるABC兵器の類だというわけです。ここでは「セイレネス・システム」のひどさだけじゃなくて、それを取り巻く人たちのありようについて強烈に非難しているわけです。で、そんな日々を終わらせると思っていたさなかに、マリオンたちと出会ってしまって、軌道修正をしてしまったのだという告白です。
「あの日?」
「あなたたちがまだ十歳の頃――。ライヴ会場の最前列中央にいたでしょう? はっきり覚えているわ」
士官学校入学前の、最初で最後のライヴ。
「その時に、私とヴェーラは希望を持ってしまった。この子たちなら、私たちを解き放ってくれるかもしれないって。だから、その」
ごめんなさい、と続くこの告白を受けて、マリオンはレベッカの背中に腕を回します。抱き合ったということですね。
「レベッカ、私たちは同じ歌姫でしょう? 私にとっては、あなたもヴェーラも憧れの人なんです。そんな人たちに人殺しなんて、して欲しくない。たとえそれが明確な殺意を持った敵相手だったとしても。代われるものなら代わりたい。そう考えるのは普通じゃないですか。まして――」
「あなたはヴェーラにそっくりね」
「えっ……?」
「ヴェーラはその思いが強すぎた。誰かが手を汚すくらいなら自分がやると。アーシュオンに核を落とすのは、本当は私の役割だった。だけど、途中からヴェーラが計画の全てを乗っ取った。だから私は、ヴェーラの苦しみを知らない」
ここで「#01-01:セイレネス・ロンド」の――
『ベッキー……覚悟はできてる?』
『あなたこそ、今度こそ私の手を汚させる覚悟はできた?』
が具体的に記述されているわけです。お互いにとって大きなトラウマとなった作戦です。ちなみにこの作戦の指揮を執ったのは、第六課ではなくて第三課のアダムスでした。それは第三課が手動となって行っていた敵地焦土化作戦とも言える「T計画」の一環としての作戦でした。あまりといえばあまりの作戦ですが、(作戦全体としての損害は大きかったものの)結果としてプラス方向に戦果が上がったので、アダムスはその地位をますます強くしたということでもあります。そして現在第三課は空軍主幹になっています。気に入らないことに、第三課統括アダムス大佐は、指揮系統的にはカティのボスということになります。カティはガッツリ無視して動きますけども。女帝だからね。
で、レベッカはマリオンがヴェーラに良く似ているというわけですが、その理由が、「正義」にあると言います。
「ヴェーラは……正義の人よ」
「私は正義の人……なんかじゃないです」
「それでいい」
レベッカは首を振る。
本当の正義の人は、自分がそうであることを肯定しない。だからレベッカは本当はここは「かもしれない」くらいに肯定してほしかったのかもしれない。だからこその次のセリフですね。
「強すぎる正義は、人を焚くわ」
と。これ、第八章でカティが言う、
『正義感は自分を焚くぞ』
との並立です。同じような内容を二度言わせて、印象に残そう作戦。これはヴェーラ(イザベラ)を見守る中で二人がたまたま偶然に同じ知見に辿り着いたという話です。
そしてこのダイアログが終わるのを待っていたかのように――。
「敵が来ます」
そして事態はどんどん奈落へと……。